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思い描いた筋書きの通りに進み止めを差すための外堀が埋まっていた。
「うむ」
「わたくしはウィシャマルク王国王妃のマセフィーヌよ」
形が変わり開くことのできなくなった鉄扇を口元に当ててさらに笑みを深くした。
マセフィーヌが味方だと本気で思っているルシャエントはマセフィーヌの笑みを合格と判断していた。
「ベラ、よくできたな」
「これくらい簡単なことよ」
「ベラが優秀なんだよ。僕はベラを迎えられて嬉しいよ」
子どもの挨拶よりも拙い挨拶をよくできたと褒めているうちはマセフィーヌの思惑に気づくことはない。
王国の家臣たちも話に入りたいがマセフィーヌの眼光が強く動けない。
「でもあの小父様は名前を名乗っていないわ。名乗らないのは失礼なのよね?」
「もちろんだ。ベラの言う通りだよ」
「かの方はガンディアルニア帝国の皇帝ジョゼフィッチ陛下よ」
皇帝に真正面から喧嘩を売ったルシャエントとベラの様子に家臣たちは顔を青を超えて白にして立ち竦んでいた。
さすがに不敬だということに気づいた。
でも二人は止まらないというよりも自分たちが正しいと思って突き進む。
「帝国として挨拶を受け取りました。皇帝から二人に贈り物をしたいのですが受け取っていただけるかしら?」
「贈り物?もちろんいただこう」
「まぁ素敵。帝国のドレスはとても綺麗だと思っていたのよ」
贈り物だというだけで祝福されていると信じている。
マセフィーヌは最後の手札まで出していない。
あとどれだけの切り札を持っているのかはマセフィーヌ自身にしか分からない。
鉄扇を司教の方に向けると正確に意を汲んだ司教が前に進み出た。
「残念ながらドレスではないのだけれど」
「えぇドレスではないの?ドレスが良かったわ」
「それよりももっと良い物ですよ。愛する者と添い遂げられるように帝国から贈り物をしましょう」
「かしこまりました」
司教の妹はかつてマセフィーヌの元でマナーを学んでいた。
そして妹からはマセフィーヌの人となりを聞いている。
だから最低限の言葉だけでマセフィーヌの望みを推測することができた。
「ロカルーノ国第一王子ルシャエント様、ベラ様に婚約の宣誓をお贈りいたします。神の名の下に魂が巡りても再び添い遂げんことを」
「うむ、感謝する」
「ありがとう」
教会で婚約の申請をするときは婚約の宣誓を告げられる。
そのあとに続く言葉によって色々と変わる。
神の名の下に愛することを。
これならば離縁することも再婚することも可能だ。
神の名の下に死を迎えんことを。
これは離縁することはできないが死別した場合にのみ再婚することが可能だ。
今回告げられた言葉には離縁することも死別しても再婚することができない。
さらに言えば王族であっても側妃や愛人を持つことも双方に許されない。
死を迎え魂が新しい命となり生まれても愛し結婚することを誓うことだからだ。
この宣誓の意味に家臣も王も気付いた。
何も気付かずに喜ぶのはルシャエントとベラだけだ。
「司教!何という宣誓をしたのだ!取り消せ!」
「わたしも神の名に誓い宣誓を贈っております。取り消すということは司教として神に仕えた全てを否定することになります。そのようなことはできません」
完全に王の目論見は潰えた。
あとでイヴェンヌを側妃に迎えることも考えたが、神への宣誓がある以上はできない。
「これで僕たちは夫婦だ」
「帝国でできるなんて夢みたいね」
「帰りはパレードで結婚の発表をしよう」
「そうね。嬉しいわ、うっ」
「ベラ、嬉しくて泣いているのかい?ベラ」
顔を真っ青にしてベラは蹲った。
ときどきコルセットを締めすぎて気分を悪くする令嬢はいる。
だがベラの場合はそれだけではなかった。
このまま何かの病気で倒れられたら帝国の威信に関わる。
気絶したままの王妃とともに医療班に身柄を預けた。




