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鉄扇を閉じるとこれで話は終わりだと終焉宣言をしようとした。
性質が金属であるから床に落とせば大きな音が出る。
マセフィーヌの怒りが最高潮のときに見られる行動だ。
そのことを知らない王は話を続けた。
「何を勝手に、王家はイヴェンヌ嬢に幼い頃から教育を付けてきた」
「伴侶となるはずの方から婚約者として扱っていただいていないだけで教会への申請は十分ですけれども。そうですわね。ではお聞きしますけれども」
「何だ」
「それは王城で、ということですの?」
鉄扇の形が変わるくらいに握り絞めて怒りを隠す。
それに気づいたジョゼフィッチは顔をわずかに青ざめさせた。
「もちろんだ!王妃になるに苦労はせぬようにと三つになると同時に王城にて教育をした」
「ますます不思議ですわね」
鉄扇で顔を隠し、最後の止めとばかりに沈黙を作る。
これも王は気付かないが家臣の一人が気付いた。
ロカルーノ王国では男女共に十才になるまで登城できない決まりになっている。
それを王自ら破ったことを宣言した。
「何が不思議なのだ!他国の者が口を出すな!」
「わたくしは確認をしただけですわ。お披露目も済んでいない三つの子どもがどのように王城に入ったのか不思議でしたので」
「そんなものは招き入れれば簡単に」
「そうでしたの。警護の目を掻い潜って忍び込んだのかと思いましたわ。まぁ王城の警備が甘いものではありませんものね。わたくしの杞憂でしたわ」
「何だと」
「王自らが招けば問題は全て解決いたしますものね」
思うがままに話していた王だが漸く気付いた。
自分が言ってはいけない言葉を言ったことを。
王が戒律を破ったことを。
誤魔化すことはできない。
ここには帝国のほとんどの貴族が集結している。
口止めをすることもできない。
「そう言えば、ご紹介していなかったのですけども司教をお呼びしていましたのよ。わたくしはてっきりイヴェンヌがロカルーノ王国第一王子ルシャエント様に嫁ぐためだとばかり思っていましたので祝福を授けてもらおうとお呼びしていましたの」
「それはどういう意味で」
「でもこうなるとイヴェンヌとロカルーノ王国の婚約契約の破棄の宣誓の方がよろしいかしら?どう思われます?司教」
「マセフィーヌ様のお考えの通りでございます。人が作りし契約でも神との約定と同じであります。ロカルーノ王国は神との約定を違えたも同義であられます。ここに婚約契約の破棄を神の名の下に宣言いたします」
司教の宣言が終わると共に王は崩れ落ちた。
宣言の意味が分からないほど無能ではない。
反対にイヴェンヌとの結婚が破断になったことを理解したルシャエントは喜んだ。
話の流れは分からないが司教が婚約破棄を宣言したことだけは聞き取れたベラは急いでルシャエントの下に駆けつける。
「ベラ!ようやっとイヴェンヌが婚約者だと言い張っていた嘘が認められたよ」
「本当!嬉しいわ。これでルーシャ様の王妃になれるのね」
「長い間、我慢をさせて済まなかった。これからはずっと僕の傍にいてくれ」
「もちろんよ」
手を取り合い子どものように喜ぶ二人を余所に家臣たちも顔を青ざめさせていた。
皇族の血を持つイヴェンヌを蔑ろにして教養のない娘を寵愛している第一王子の姿を見せられて帝国側が黙っているはずがなかった。
「気を失っておりますけれど王妃は帝国への挨拶ができれば王家へ迎え入れる準備をするとおっしゃっていたそうね」
「そうだ。ベラ、あの人が皇帝だ。挨拶をできるかい?」
「もちろんよ。練習したもの」
「たのもしいな」
「第一王子ルシャエントの婚約者のベラです」
ぎこちない淑女の礼と五歳の子どもでももっとできるというような挨拶を皇帝に向かって披露した。
挨拶をさせることが目的であったマセフィーヌは笑みを深くした。




