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イヴェンヌを探すために廊下に出ると皇太后であるアーマイトがいた。
マセフィーヌが他国の王の妻になったことを喜んでいる。
「マセフィーヌ、元気で良かったわ」
「御機嫌よう、アーマイト皇太后」
「どうしたの?どうして母上と呼んでくれないの?」
「わたくしはウィシャマルク王国の王妃でございますから親子の縁はございませんわ。ドラノラーマ様もロカルーノ王国の側妃でいらっしゃいます。立場というものをご自覚くださいませ」
「そんな。寂しいこと言わないで」
「アーマイト皇太后は後宮から出ることは許されておりませんよ。どうぞお戻りになられてくださいまし」
護衛として付いている兵がアーマイトを連れ戻す。
勝手に抜け出すから何度も連れ戻すことになる。
そのためにアーマイトの付き人は侍女ではなく兵になっていた。
「お母様にも困ったものですね」
「来年には修道院に入ることになっていますよ」
「大人しくしていれば良いのですけども。こればかりは神にお願いするしかありませんわね」
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。レオハルク様」
「構いませんよ。見ないフリは得意ですから」
ヴェールの向こうでは微笑んでいるのが微かに分かる。
その違いを知るのはマセフィーヌを除けばドラノラーマくらいだろう。
男女が二人きりになるのは問題だとしてマセフィーヌを口説く席にドラノラーマを同席させていた。
この無口な男がマセフィーヌに対してだけ饒舌になるのを知っている。
まさか口説くときもヴェールをしたままなのは驚きだった。
「イヴェンヌですが、おそらくは書物庫にいると思いますわ」
「その前にドラノラーマから見てイヴェンヌ嬢はどのような令嬢だと思いますか?」
マセフィーヌでもイヴェンヌ嬢の人となりを知ることが難しかった。
自分の教え子から聞けるのなら簡単だが、その教え子がまったく近づけないのだから知りようがない。
一番傍で見ていたのがドラノラーマだ。
「そうですわね。恐ろしく不安定な娘だと思います。周りを見て判断する能力が長けているからこそ幼い頃より子どもであることを奪われた不憫な娘です」
「そうですか」
「もともとの能力が高いのでしょう。年相応以上のことが簡単にできてしまった。わたくしの元に呼べたときには心だけを置き去りにして、そうまるで人形のような印象を受けました」
「年相応以上のことができるからと言って心まで大人になれるかとは別問題ですわね。心だけは時間をかけて育てなければいけないものです」
能力だけで言えば三姉妹は神童と呼ばれるくらいには高い。
だが心に関しては年相応の子どもらしさを育んでも来れた。
廊下を歩くと兵たちが会釈をして通りすぎる。
書物庫の近くではイヴェンヌを囲むようにして側室の子が我先にと話しかけていた。
その筆頭はロックベルだ。
それに負けじと綺麗な花や美味しそうなお菓子を持って話しかける。
「ドラノラーマ様、何かございましたか?」
「そのままでけっこうよ、イヴェンヌ」
「ですが・・・」
「わたくしの姉とその夫を紹介しようと思ったのですよ。マセフィーヌ姉上とレオハルク義兄上の夫妻です」
優雅に立ち上がり流れるような淑女の礼をとった。
名前だけでドラノラーマの姉夫妻ではなくウィシャマルク王国夫妻だということは分かった。
「イヴェンヌ=カレンデュラと申します」
「話は聞いておりますよ。ドラノラーマが可愛い娘ができたと手紙で知らせてくれていましたからね」
「姉上、余計なことは言わないでいただきたいですわ」
「ふふふ、今日は挨拶だけにしておきますわ。明日にでもお茶をしましょう」
「はい、楽しみにしております」
本当はこのまま連れて行くつもりだったが、思いの外、子どもたちからの視線が痛かったため断念した。
それだけイヴェンヌが好かれているということだろう。
それに子どもたちがいることで護衛にもなっている。




