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「ようやく部屋に戻れたな」
「そんなことを言ってはダメよ。きちんと反省しているって分かってくださったから部屋に戻れたのだから」
「そうだな。悪かった」
「それよりもお茶をしない?喉が渇いたわ」
侍女がお茶を準備している。
通常の用意をしているが、侍女は王妃から命じられたことしかしない。
王妃からは第一王子の世話をするようにと言われたから第一王子の分しか用意しない。
ベラの世話については命じられていない。
さらに言えば、公式のお茶会でもない限り婚約者は自分の家から侍女を連れて来なければならない。
王妃の命令は至極全うで間違っていない。
これは貴族に生まれた者なら常識であると言われることだ。
「お茶の用意ができました」
「待て、一人分しかないのはどういうことだ」
カップもお菓子も一人分しか用意されていない。
「王妃様より第一王子のお世話を仰せつかりました。婚約者であられるベラ様につきましては御実家より侍女をお連れくださるのが王家の仕来りにございます」
「ベラは貴族では無いから侍女はいない。お前が用意しろ」
常に身の回りを世話されてきたルシャエントにとって侍女は命令をすべき相手であって自分に苦言を呈してくる存在ではない。
気に入らないという一言で首にしてきたから職を失いたくない者は機嫌を損ねないように対応してくる。
「私は王妃様の侍女でございますので指示は全て王妃様に確認をさせていただきます。しばしお待ちください」
「第一王子である私が命令している。今すぐお茶を用意しろ」
「王妃様の確認ができましたらお聞きいたしますのでお待ちください」
侍女は王妃の元に戻り第一王子の指示に従う必要があるか確認した。
ある程度までは独断で動くことが許されているが王妃は自分の与り知らぬところで侍女が動くことを良しとしなかった。
全て確認することになる。
独断で動く場合は王妃の機嫌が必ず良い方向になるという勝算があるときだけだ。
「なんという侍女だ。首にしなければならないな」
「簡単に首にしてはいけないわ。下の者をきちんと教育する環境を整えなければいけないと思うの」
「ベラは聡明だな。王になった暁には王宮内の侍女のレベルを上げるための政策が必要だな」
「今はきっと王になったときに必要なことを学ぶための時間なのよ」
「そうだな。王になれば国を運営していかねばならない。今なら学ぶことができるな」
王妃に確認を取りに行った侍女が戻って来ないことに気づくことなく二人は久しぶりの柔らかいベッドで寝ることを楽しんだ。
侍女は王妃に確認をすると第一王子の指示には従わなくても良いという返答を貰った。
よって第一王子の分だけの食事と着替えを用意して戻ることにした。
「・・・第一王子」
「なんだ、茶を持ってくるだけでどれだけ時間をかけている」
「王妃様より指示は王妃様からのみ従うようにと命令をされましたので、これからは第一王子の分のみ用意をさせていただきます。ベラ様は御実家より手伝いの者を派遣するかご自分でされるかをお選びください」
「ベラは僕の婚約者だぞ。王家で丁重に扱うべきだろう」
婚約者であっても王城で住むということはない。
王家の者のための侍女はいても婚約者まで世話をする侍女はいない。
「侍女を一人、王子がお雇いください。王子の個人資産で賄われる分には王妃様も拒否できません」
「ならお前を雇ってやる」
「わたしはすでに王妃様に雇われております」
この侍女は王妃に雇われているわけではないが第一王子のわがままに付き合いたくないから嘘を吐いた。
侍女を雇うには身辺調査から素行調査まできちんと時間をかけて調査される。
王宮内のことに精通することになるから王家に不利にならないように親戚にまで調査は及ぶ。
手間と時間さえかければ雇うことはできるが誰もしなかった。
王家にいる侍女に命ずるだけで十分だからだ。




