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「面倒だな。さっさと王国を潰してしまえば簡単だろ」
「事の次第を知ったマセフィーヌ姉上から簡単に潰すなという手紙を受け取りましたのよ」
いつから考えていたのか不明だが読んでいた本の間から出てきた。
栞代わりにしていたわけでもない。
「マセフィーヌが?というかどこから出した」
「えぇマセフィーヌ姉上からですわ。お見せしようとお持ちしていただけのことですわ。何を驚かれていらっしゃるのかしら?」
「いや、うん、続けろ」
ジョゼフィッチの心をわざわざ抉る言い回しを選ぶドラノラーマの後ろに高笑いをするマセフィーヌの幻影が見えた。
外交面では笑顔でお淑やかでマナーに厳しいマダムという評判だが兄弟だけになると相手の心を的確に抉る言葉を選んでくる。
幼いころに読んだ絵本に出てくる高飛車な令嬢に感銘を受けたとかで定着してしまった。
被害者はもっぱらジョゼフィッチだった。
「それでも待たずに戦争を仕掛けるというのでしたらマセフィーヌ姉上への説明は兄上にお任せしますわ」
「分かった。待とう」
マセフィーヌはマナーについて厳しいが、それは立ち振る舞いだけではない。
外交に対するマナー。
その点にも厳しいため、少しでも外交でミスをすると大変なことになる。
間違いを指摘し、何故間違ったか、正しい選択は何か、改善策は何かを懇々と諭す。
少しでも反論しようものなら長くなる。
それだけなら耐えられるが心を抉られたあとに立ち直るために時間を必要とする。
幼いころの習慣でジョゼフィッチでも相手にはしたくない。
「ただ姉上が自分も参加するから勝手に動くなと手紙に書いていたことが気になりますわ」
「マセフィーヌが?」
「ええ、何でも長年の願いを叶えるためにと、詳しいことは来週あたりに里帰りしたときに話すとも書いていました」
「マセフィーヌが?」
「何度も確認されずともマセフィーヌ姉上の手紙の話をしていますもの。他の方の手紙の話などしませんわ」
「それもそうだな」
かすかに高笑いの幻聴が聞こえた気がした。
相変わらずの几帳面な字で読む人のことを考えている文面だった。
そこからは背筋に走る悪寒の原因は読み解けなかった。
「あとレオハルク閣下も一緒とのことですわ」
「ドラノラーマ、手紙に書いていることを小出しにするのは止めろ」
「情報は最大限に使ってこそ、ですわ。力技だけでは足元を掬われましてよ」
ジョゼフィッチが読む速度に合わせて先回りして話す。
それなら最初から最後まで話せば良いのだろうが、そうしないのがドラノラーマだった。
妖艶な笑みを浮かべて着物の袖で口元を隠す。
長い髪を簪で結い上げた装いは男を手玉に取る悪女にしか見えなかった。
「イヴェンヌは王国で政治の駒として扱われていましたわ。政略結婚が悪いとは申していませんけれども」
「王国は帝国の血を持つ公爵家令嬢であればイヴェンヌで無くとも良かった」
「そうですわ。肩書や血だけが必要でイヴェンヌという人格は必要で無かったのですよ」
「肩書や血を重視するのは間違っていないが、人格というものを否定することはできないな」
いくら為政者だとしても人である以上は心を持っている。
蔑ろにすればするだけ苦労するのは自分だ。
そこは一番に肝に銘じていることだった。
「責任だけを負わされて、蔑ろにされ続けたイヴェンヌを少しの間でも解放させてあげたいのです」
「それがお前の望みか?」
「そうですわ。イヴェンヌがヒュードリックの婚約者だと兄上が宣言されれば、あの子は相応しい婚約者であろうと努力するでしょう。わたくしは普通の令嬢という立場を経験させてあげたいのです」
生まれてすぐに婚約者という立場になり、知識はもちろんのこと年齢以上の振る舞いが求められた。
少しでも出来なければ婚約者として不適格だと言われた。
イヴェンヌの振る舞いは全て完璧を求められた。
外交では、イヴェンヌが失敗をすれば、国の権威というものに繋がった。




