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「ドラノラーマ」
「何でございますか、兄上」
ジョゼフィッチがそろそろ質問してこようするのを予測していたドラノラーマは気づいていないフリで答えた。
あの短気なジョゼフィッチがよくぞここまで黙っていたと感心していた。
年を重ねて忍耐というものを欠片ほど身に着けたのだろうと思う。
「お前たちが帝国に入ってから一週間が経過した」
「そうですわね。母上も相変わらずのご様子で来年が待ち遠しいですわね」
「それよりも王国から何も連絡が無いのはどういうことだ?」
王国の対応次第ではすぐにでも挙兵するつもりのジョゼフィッチに苦笑しながら宥めるように答える。
「簡単に言えば、わたくしとイヴェンヌが帝国へ釈明に向かったから何もしなくて良いと思っているということです」
「はぁ?」
「王の中では皇帝の妹が釈明しているのだから問題ないと、いくら好戦的な皇帝でも妹の嫁ぎ先の国を攻撃することはない。そう考えているのですよ」
軽快にハンコを書類に押していたジョゼフィッチは手を止めた。
公人として最も排除しなければならない私情というものが入ってきたからだ。
ドラノラーマは優雅に書物を読みながら答えた。
もともと自室で本を読んでいたところを呼び出された。
それならと本を持ったまま執務室に入り、会話をしながら読むという荒業に出た。
「妹がいる国だからだと温情をかけるようなマネはしないがな」
「そうですわね。その温情が欠片でもおありでしたら夜分に急いで出国する必要はありませんでしたもの」
「嫌味か?」
「さぁ?」
「まぁいい、何とも悠長なことだな」
国の尊厳を守るために時期を見誤ることは許されない。
動くべき時に動くのが国を治める者の務めだとジョゼフィッチは教えられた。
短気な性格もあって動くのが早いときもある。
「王と王妃は帝国が攻め入るとは思っていないようですから」
「それでいつまで待てば良い?」
「最低でも一月は待つべきですわね」
「何とも悠長なことだな」
「それだけ待てば両国の間だけの醜聞で止まらないことをしてくれますわ」
「何をすると予想している?」
「おそらくはパレードですわね。それもそのまま国境を越えて来ますわね」
本を読むことを諦めて閉じた。
あまり片手間に話していると機嫌を損ねてしまうことを長年の経験によって知っている。
「パレードだと、戦争で勝利した訳でもないのにか?」
「そうですわ。目立ちたがりの王と王妃ですもの。建国祭と見間違うようなパレードをおこないます」
「それは他国へ知られても良いということか?」
「パレードをおこなうにはお金が必要です。国庫を使用することと王と王妃が揃って帝国に入国することで他意は無いことを示しているつもりなのです」
「そうか。それなら黙っていよう。祝い事でも無いのにパレードなどすれば諸外国から爪弾きになることを理解していないのか?」
「していませんわ。王族とは納められた税を使って贅沢をするのが義務であると教えるような国ですもの」
「まぁ王国に対してのことは良いとして。ドラノラーマ、なぜイヴェンヌ嬢と顔合わせが出来ていないのだろうな?」
書類を読みながら片手間で話す内容ではなくなったのだろう。
机に肘をついてドラノラーマに尋ねる。
「そのことでございましたか。わたくしではありませんわ。次期皇帝の計らいです」
「ヒュードリックか」
「気づいていたようですよ。イヴェンヌを自分の皇妃に据えると兄上が考えていることを」
「問題なかろうが」
「問題だらけですわ。少なくともイヴェンヌはロカルーノ国王の命により第一王子の婚約者ですわ。それを他国が横取りしたとなれば外交問題です」
「だが、婚約破棄を宣言したと聞いたが?」
「それでもですわ。婚約契約書がある以上、第一王子の戯言です」
帝国という大国であり、権力を持っているからこそ思い通りになると思っている弊害だ。
冷静に考えれば他国の令嬢を簡単に嫁には出来ない。
相思相愛や政略結婚であったとしてもそれは婚約者がいない自由な身の場合だ。
物語のような略奪婚などできるはずもなかった。




