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「・・・まったく無能な貴族には手を焼かされる」
「王様、お耳に入れたいことがございます」
「手短に」
「王妃様が執務室でお待ちです」
「用向きは?」
「重大なことであるようで申されませんでした」
「うむ、ご苦労」
用向きを伝えるときは王の機嫌を損ねないように伝える。
余計なことは言わない。
王の機嫌を損ねて辺境の地へ飛ばされた貴族も多い。
執務室では王妃がお茶を楽しんでいた。
「頭の痛いことですわ」
「どうした、王妃」
「ルシャエントですわ。わたくしに手紙を寄越して来ましたの。読んでくださる?」
「・・・ふむ、反省をしていたようだと思っていたが間違いであったか」
二通の手紙を王へと渡す。
見比べながら読み進めた。
「側妃が戻って来たら部屋から出そうと思っていましたけど止めたほうが宜しいかしら?」
「しかし謹慎の間に長くおいてはルシャエントを差し置いて、フィリョンやオーギュスタが立太子してくる可能性がある」
差し置くも何もフィリョンやオーギュスタは王の弟たちの子だがルシャエントより年上だ。
王が王になったのは、弟たちが権力というものに固執せず、別の立場で国を支えることを望んだからだ。
そのことを理解していない王は自分が王になれたのは、第一子だからと思っている。
ルシャエントの継承権が低いのは分かっているが、王の第一子が次期王であるべきという考えは根付いている。
王妃も王に子がいなければ甥が立太子することに異論はないが王に嫡男がいる以上は継承権を放棄すべきだと考えている。
「今のところ王の座を望んでいる節はないがルシャエントの王権を盤石なものにするには少しの隙も許されない」
「そうですわね。だからイヴェンヌを婚約者にしてあげたというのに」
「とにかく帝国に攻め入られては困る。ここは盛大に帝国へ他意はないことを示すことが必要になる」
「側妃に帝国に留まるように言いましょう。ルシャエントがイヴェンヌを迎えに行けば丸く収まりますわね」
「そのためにルシャエントには言い聞かせなければならないな」
王と王妃が色々と考えているが、帝国は最初から許すつもりなど無い。
攻め入るための口実を探しているだけだ。
自分で自分の首を絞めていることに気づかない王は最悪の手段を選んだ。
「おい、ルシャエントを呼べ」
「ルシャエント様だけでございますか?」
「どういうことだ。他に呼ぶ必要がある者がいるのか?」
「婚約者の方でございます」
「イヴェンヌが戻って来たのか?」
「もう一人の婚約者の方です」
ルシャエントの婚約者が二人いると通達があっても名前までは伝わって来ない。
さらに名前については箝口令を布かれたときにしか名乗っていないから知らない者も多い。
ようやく光が見えてきたというところに面倒しか起きない庶民の娘がいたことに王と王妃は思い至った。
このまま居座られてはイヴェンヌを迎えに行く意味がなくなってしまう。
早々に修道院に送る算段を考えた。
「ルシャエントだけで結構です。娘の方は留め置きなさい」
「かしこまりました」
王も王妃もイヴェンヌへの言い訳のために庶民の娘を婚約者だと宣言しただけに過ぎない。
言いくるめることは簡単だと思い込んで何もしなかった。
その娘が後々、問題を引き起こすのだが、今は誰も気づかない。




