6
「待ってください。謝ってください」
「・・・・・・」
「何を黙っているんですか。都合が悪くなると黙るなんて卑怯です」
「・・・わたくしは公爵令嬢です。名乗りを受けていない者からの問いかけに答えることは通常いたしませんわ」
これには貴族たちからの無言の同意が得られた。
身分の下の者から名を名乗り、発言の許可を得てから話すのが常識である。
これは本人の家格というものが重要なため相手が罪人であっても変わらない規則だ。
だからイヴェンヌが自分から名乗らなければいけない者は、王族と公爵家の年上だけだ。
他はすべて名乗りを受けることを待つ。
「わたしはベラです」
「そうですか。では、何故、わたくしが謝らなければならないのです?」
「名乗ったのだから、そっちも名乗るべきです。こんなこと子どもでも知っています」
「イヴェンヌ=カレンデュラですわ。これでよろしくて?」
「そういう上から目線、良くないと思います。わたしに謝ってください」
「先ほどから謝ることを望んでいらっしゃるけれど、わたくしが何に謝れば良いと言うのです?」
イヴェンヌが名乗り返さなかったのはベラが家名を名乗らなかったからだ。
家名を名乗らないということは、貴族に仕える使用人か出入りをする商人という立場で、個人を識別するためだけの名前ということもある。
だからイヴェンヌは名乗らなかった。
名乗らなかったことでイヴェンヌを責める者は集まった貴族にもおらず、不遜な物言いをするベラを煙たがる者まで出始めた。
イヴェンヌが家名を名乗ったことに対してベラという令嬢は家名を名乗っていない。
家名を持っているのに、名乗っていないという、それだけでも貴族としての礼節に欠ける行為だ。
そんなことは貴族の子どもとして生まれたのなら一番に教えられる。
それが身についていないのなら家から出さずに幽閉すべきだった。
貴族としての在り方を完全に無視しているベラという令嬢は場を無視して言い募る。
「そんなことも分からないんですか?婚約者でも無かったくせにルシャエントに贈り物を強請ったそうじゃないですか」
「婚約者で無いと言うのはルシャエント様のお言葉だけですよ。わたくしが生まれた年に王の御璽付きの婚約契約書が作成されておりますもの」
「そんな無理矢理な婚約に意味なんてありません。ルシャエント様のお心を何だと思っているんですか?ルシャエント様は物じゃありません」
「つまりは、王のお言葉が偽りだったというのですか?」
「そうは言ってません。貴女が王の言葉を都合の良いように解釈して婚約者として振る舞っていただけじゃないですか」
ベラもなかなかに頭は回るほうのようだ。
イヴェンヌを悪者に仕立て上げ、愛し合う自分たちが引き裂かれてしまう被害者であると仕立て上げてしまった。
これが庶民なら通用した。
だが、ここは貴族階級の話で政略結婚や婚約者が小さいときに決まっていることも珍しいことではない。
恋愛結婚をできた夫婦もいるが、それは婚約者として顔を合わせてから気持ちが恋愛に変わっただけだ。
自分で相手を決めて恋に落ちた者はいない。
そして、王ならば可能だ。
あの女性が気に入ったと言って側妃や愛妾にしてしまえば良い。
王にとっての恋愛結婚という条件は付くが可能だ。
相思相愛で相手を自分で選ぶなど、夢物語で作り話でしかない。
そんなことが現実にあると信じているのならルシャエントもベラも貴族の世界では居場所はない。




