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ルシャエントが書いた王と王妃への二通の手紙は確かに手元に届いていた。
二通とも王妃のもとへだったが。
同じ内容だが王妃のものにはベラにとって必要なものを用意することを願うことが書かれていた。
「ルシャエントは反省をしていたのではないのですか?」
「はい、この部屋に籠られたときは俯き何かを考えていらっしゃるようでしたので反省をしていると判断しました」
「そう。では、この手紙はいつ書かれたのですか?」
「書かれた時間は不明ですが、食事窓から差し入れられたのは先ほどです」
先ほどではないが、時計がない部屋で正確な時間を知るすべはない。
王妃に正直に時間が経っていることを伝えて機嫌を損ねる必要はない。
兵たちも我が身が大事だった。
「何と、王に指示を仰ぎます」
「はっ」
ルシャエントが書いた最初の手紙は宛先が封筒になかったため老中たちの手に渡った。
そして無かったことにされた。
このあとに何通か書いているが全てに宛先がなかったから老中によって捨てられている。
王族の手紙を勝手に捨てることは言語道断だが誤魔化すことが可能だと老中たちは考えた。
全ての手紙を読み終えた王妃はため息とともに項垂れた。
「あの子は何を考えているのかしら。ベッドを変えろとか食事を豪勢にしろとかイヴェンヌと婚姻が結べなければ全てが水の泡だと言うのに」
「王妃様、お声を静めくださいませ。王妃様のお好きなお茶を用意いたします」
「わたくしは侍女の采配で好きな茶のひとつも飲めないというのですか?」
「けしてそのようなことはございません。申し訳ございません」
侍女は平身低頭謝罪したが王妃の怒りは収まらなかった。
まだ湯気の立つお茶が入ったカップを侍女に投げつけた。
頭から被ることになった侍女は顔と手に火傷を負った。
「わたくしは王妃です。侍女ごときが指図してよい存在ではありません。新しいカップとお茶を用意なさい」
「は、はい、かしこまりました」
「それとお茶を用意したら貴女は下がってよろしい。暇を出します。わたくしに仕えるに値しません。お好きなところにお行きなさい」
火傷した侍女を気遣うことなく自分のことを優先し、自分の感情だけで簡単に侍女を首にした。
首にされた侍女は貴族の娘であるから食うに困ることはない。
痛む手でお茶を淹れると急いで部屋をあとにした。
顔の火傷はあとになるくらいには酷かった。
「お茶を淹れるくらいしか能がないくせに出しゃばるから天罰が下ったのです」
ゆっくりとお茶を楽しむと部屋の外にいる兵を呼びつけた。
「衛兵」
「何でございましょう、王妃様」
「王はいずこに?」
「カレンデュラ公爵閣下とご会談中でございます」
「わたくしは居場所を聞いたのです。王がご会談中であることは必要な情報ではありません」
王と貴族との話に王妃が立ち入ることは無いため今は会えないということを遠回しに伝えたが、その気遣いは伝わらず無能の烙印を押された。
兵の人事に関しては王妃に権限が無いため首には出来ないが王妃の機嫌を損ねるのは得策ではない。
「応接間にいらっしゃいます」
「そう。お前の理解力が無いことで余計な手間と時間を労しました。王に報告をします」
「申し訳ございません」
王に報告と言っても大勢いる兵の顔も名前も覚えていない。
報告を受けても誰が無礼を働いたのか特定できない。
いつも書類上で終わる。
代わりの侍女が急いで駆け付けた。
「無能な兵が多いですわね。これでは有事の際に守って貰うのに不安が残ります」
「軍事の強化を王様にお願いされてはいかがでございますか?王妃様は国母であられる身でございますから守られるべき方でございます」
「そうですね。平和にお茶会が出来るのも兵が護衛してこそのこと。王に進言します」
下手に軍備を強化すれば諸外国に戦争を仕掛ける気ではないかと勘繰られる。
最低限の防衛で済ますのが絶対だ。
軍事国家のアンデウニウス軍国に関しては常に戦闘態勢になっているが、他は違う。




