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「お嬢様、お茶でも淹れましょうか?」
「そうね。そうしようかしら」
ソファーに座り心ここにあらずという面持ちで答える。
おそらくは何に返事をしたのかも分かっていないだろう。
「驚いていらっしゃるのですか?」
「驚く?そう、それはそうよ。会ってすぐに求婚だなんて」
「確かに早過ぎることはございますね」
「そうよ。早過ぎるのよ。わたしだって早過ぎなければ」
「早過ぎなければ?まるで早過ぎなければ良かったとマリーには聞こえますが?」
たった数時間ではあったが傍を離れた。
その間にヒュードリックと城を散策し、求婚までされていた。
何かあったのか聞きたいがイヴェンヌの表情が恋する少女の顔をしており、水を差すのは野暮と思われる。
第一王子の傍に居ても貴族の笑みを浮かべるだけで楽しそうではなかった。
その意味では笑っていなかったのかという問いに、はいと答えたのは間違っていない。
王城に住むようになってから心からの笑みというものを失っていくイヴェンヌを見るのは辛かった。
パーティでも儀礼的にダンスを踊ったあとは放置されていた。
「マリー、意地悪を言わないでちょうだい。わたしは、いえ、わたくしは第一王子の婚約者なのよ。王命でも婚約契約書でも」
「今はそうでございます。ですが、あのパーティに出席した貴族はお嬢様を第一王子の婚約者であると思ってはいらっしゃいません」
一人称を言い直したのはイヴェンヌの中で自己というものが溢れ出そうになったからだ。
そうでもしなければ、部屋を飛び出してヒュードリックの元へ駆け出してしまいそうになる。
そんな自分を抑えるために言い直した。
でも抑えようとしている気持ちが何かはまったくと言っていいほどに理解していなかった。
「・・・・・・王が直々に宣言されたわ」
「いくら宣言されてもお嬢様が王家より命令されて嫁いだことは自明の理でございます」
「過去の王妃にも命令された方がいらっしゃるわ」
「王命により逆らえず嫁いだ方はいます。ですが、伴侶の方より不当な扱いは受けておりませんよ」
マリーは昔から第一王子が婚約者であることを望んではいなかった。
いくら政略結婚でも互いに尊重し合うことは必要だ。
蔑ろにしても良いわけではない。
第一王子にしても愛人を持ちたいのならイヴェンヌへ根回しをしていれば良かったのだ。
高位貴族は伴侶が愛人を持つことを情操教育の一環として教えられる。
さらに王妃は側妃を含めて他の令嬢をまとめなければならない。
それを理解せず怠ったのは第一王子が先だ。
「マリーはお嬢様の味方でございます」
「わたしはヒュードリック様のことは良い殿方だと思うわ」
「はい」
「でも会ってすぐに他の殿方に心を移すのは不義理ではないかしら?」
「世の中には、一目惚れという恋もございます。それにお嬢様は第一王子に恋をしていらっしゃったのですか?」
「一目惚れ、そうね。恋・・・第一王子に?ルシャエント様に?恋?していないわね」
イヴェンヌの中で腑に落ちるところがあったのだろう。
深く考えることを止めた。
「マリー」
「はい」
「もう眠りますわ」
「はい」




