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「傷心の令嬢に対して褒められたことではないと咎めるか?」
「一介の侍女が口を挟むべき問題ではございません」
「だがイヴェンヌ嬢の完全な味方はマリー、お前だけだ」
「差し出がましいようですが」
ヒュードリックの問いに対してマリーは答えることばを持たない。
これがイヴェンヌからなら私情を挟むこともできるが仕える主でもなく、ましてや他国の皇族に物申すのは不敬以外の何物でもない。
その場で切り捨てられても文句は言えない。
頑ななマリーを見てヒュードリックは笑みを浮かべた。
「俺は次期皇帝という立場から帝国に利になるように動く。母代わりをしていたドラノラーマ叔母上はイヴェンヌ嬢の意思を尊重はするが、もともと甥のために王国の側妃となっていた。その必要が無くなれば皇帝の妹という立場だけだ。違うか?」
「わたくしには関与できぬことでございます」
「そうか」
「ですが、個人的なことを述べますと、傷心の令嬢を口説くのは紳士として有るまじきことではございますが、屈託のないお嬢様の笑顔を見たのは久方ぶりのことでございました」
これがマリーの最大限の答えだ。
それだけでヒュードリックは満足した。
皇族という立場でも人である以上は道を誤ることもある。
それを誰かが窘めなければいけない。
言葉に耳を傾けるだけの余裕がなければいけない。
帝国では為政者の心得として最初に教えられる。
「マリー、イヴェンヌ嬢は笑っていなかったのか?」
「はい」
生まれてすぐのイヴェンヌが主だと紹介されて毎日見てきた。
三才で王城に軟禁をされるときも付いていくことを決めた。
王城の侍女がいるから大丈夫と言われて公爵家に返されそうになった。
でもイヴェンヌのことを王城の侍女が報告のために公爵家に出入りするのは不審だということでマリーはイヴェンヌ付きのままになった。
「マセフィーヌ叔母上に知られたら大変だな。紳士的な振る舞いを心がけるよ」
「お心遣いをいただきありがとうございます」
「そこは『ぜひ、そうしてくださいませ』だろ?帝国の侍女なら皆そう言うよ。マリーも慣れると良い」
国が違えば文化も違うが帝国の仕来りに慣れるために頑張るのはイヴェンヌだけではなさそうだ。
主の振る舞いを諫めることは幼い頃にはある。
成人してからは家令が役目を引き継ぐ。
それでも仕える家の者だけに限定される。
どれほど目に余る言動であっても他家の者のことに注意をすることはないというか出来なかった。
あんなにも気安く小言を言うなどありえないことだった。
「マリー、もう一度言っておく。イヴェンヌ嬢の完全な味方はお前だけだ。そこを忘れるな」
「はい、有り難きお言葉でございます」
イヴェンヌを守るためならどんな不敬と言われることも許された瞬間だった。
だが付き従うということを優先してきたマリーにとっては大変なことということだけはわかる。
ヒュードリックはマリーの肩を叩いて歩いて行った。
姿が見えなくなってからマリーは部屋に入った。




