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「下位貴族から妻を娶った程度で弱体化するほど皇族は弱くないが、つっぱねるのも体裁が悪い」
「難しいところですわね」
「それで男爵家から娶った。皇妃教育をすることは本人が嫌がったせいで何もしていない。進言した貴族たちの理想的な展開となったな」
「進言した貴族たちは何がしたかったのでしょうか」
「それは今となっては分からない。だがマナーというものを身に着けていないからな。黙認してもらえると有り難い」
帝国の評判を落としたかったのかもしれないが、アーマイトは男爵家令嬢では出来なかった贅沢を楽しむ性格だったから後宮に閉じ込めることが可能だった。
周りの振る舞いを見て学ぶものだが、そんなことは一切なかった。
「分かりましたわ。わたくしも他国の方の振る舞いを咎めるつもりはございませんもの」
「その分というか食事のマナーに関しては大らかだから気負う必要はない」
「帝国の料理のマナーというものに不安がございましたから安心しましたわ」
食堂に入ると誰も座っていなかった。
早く来すぎたのかと不安に思っていると、椅子に座った瞬間に子どもたちが雪崩れ込んで来た。
見慣れない風景に敵襲かと思ったが襲撃した者は思い思いに座って、箸を持って待機している。
「育ち盛りでな。いつも腹を空かしている」
「ヒュー兄、いつもじゃない。ずっとだ」
「威張るな」
ちゃっかりとイヴェンヌの隣に座った少年は、楽しそうにヒュードリックと話しをする。
他愛無いやり取りにイヴェンヌは笑いを堪えることが出来ず噴き出した。
「ヒュー兄のせいで笑われたじゃないか」
「俺のせいか」
「なぁなぁ、僕はロックベル。名前は何て言うんだ?」
「わたくしは、イヴェンヌよ」
家名を名乗らないのは不敬になるがイヴェンヌは名前だけにした。
問いかけてきた少年が幼いということもあるが王国にいたときは礼儀を無視した同い年の子とのかかわりはなかった。
相手を探り合うのではなく純粋に会話を楽しむというのもイヴェンヌには初めてだ。
「イヴェンヌ、イヴェンヌ、よし、イヴ姉だな」
「ロックベル」
「何だよ、イヴ兄だったのか?」
ヒュードリックが咎めた理由にまったく気付いていないロックベルだが、イヴェンヌは気分を害した様子はなかった。
「イヴ姉と呼ばれたのは初めてだわ」
「ほら、イヴ姉であってるじゃないか」
そんな話をしているうちに大皿が運ばれて来た。
一気に戦闘モードになった。
ロックベルもいつもは先に確保するが今日はお行儀よく食べている。
ここには打算が働いたというのもある。
「それで、ロック。なぜこの席に来た?」
「ここなら好きなものが食べられるだろ?」
招かれた客人だと一目見て分かるイヴェンヌの隣なら食事を奪われる心配はないと踏んでのことだ。
いつも戦場で食事の争奪戦を繰り広げているのは伊達ではなかった。
「イヴェンヌ嬢の邪魔はするなよ」
「分かった。イヴ姉、これも美味いぜ」
勝手にイヴェンヌの皿に料理を乗せていく。
座っている席は比較的大人しい子どもばかりが座っているからイヴェンヌが食べ損ねるということになっていなかった。
食事も行儀よく食べる子たちだからヒュードリックも何も言わなかった。
他のテーブルは文字通り戦場になっていた。




