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「そんな事実はない」
「市井の娘が婚約者として紹介された。と」
「次期王になるルシャエントを支えるために婚約者が二人いる。これのどこが問題である?」
箝口令を布くことと事実を隠蔽することは別問題だ。
そのことを勘違いしている王は箝口令を布いたことで無かったことに出来ていると本気で思っている。
婚約者という存在の意味も大いに履き違えていた。
「娘は紺色のドレスを着ていた。と」
「ん?あれは、王家が纏う黒ではなかったのか?」
「王家と同色を貴族の娘が纏うことは不敬になりますので、紺色です。祝いの席に喪服を着て行く令嬢もいません」
王は正しく色を認識できる。
ただ恍けて誤魔化そうとしているだけだ。
いくら娘と向き合う時間が少なくとも公爵は娘を思う父親であった。
「招待された貴族は思うことでしょう。公爵家の娘より商会の娘の方が王家として大切な婚約者なのだと」
「何を言う。今までイヴェンヌには最高の教育を施してやったであろう」
王家が仕立てた流行りの色のドレスを着ているのがイヴェンヌではなくベラであれば貴族は商会の娘であるベラを大切にすれば良いのだと思う。
ベラの方がイヴェンヌよりも優秀なのだと思われる。
それは公爵家を王家が軽んじたという証に他ならない。
「それは娘が三才のときから王城に通っていたと他の貴族に話しても良いということですな?」
「うむ、構わぬ。王家にとって大切な婚約者は誰かということが自ずと分かるであろう」
王家が無能であるということを知らしめる結果にしかならない。
過去に王妃候補として自分の娘を幼いうちから登城させた宰相がいた。
結果的には年が合わず、別の貴族に嫁いだが、聞かれるままに城の内情を話してしまいクーデター寸前の状況を引き起こした。
そのことからお披露目が行われた十才になるまでは城に入らないということは暗黙の了解として貴族の間では守るべき規則となっている。
そのことを王が率先して破ったのだから貴族からは冷ややかな目で見られる。
そんな暗黙の了解があってもなくても三才の子どもを城に軟禁したということは冷ややかな目で見られるに十分なことにはなる。
「そんなことのために登城したのか。私は帝国の返答が聞きたいのだ」
「お言葉でありますが、ようやく帝国に到着したくらいの時刻でございます。また到着したところで皇帝がお会いになるかは分かりません」
娘が生まれてすぐに与り知らぬところで婚約者にされ、三才から王城に監禁されることに怒りを覚えていた。
それをそんなことという些末事にされるのなら心は決まるというものだ。
王の意見に公式であれ非公式であれ逆らえば反逆者の誹りを受けることになる。
家を家族を守るために耐え続けた意味が瓦解した瞬間だった。
「何を言う。側妃は皇帝の妹であろう」
「かつては、ということになります。今はロカルーノ国王の側妃という立場です。外交ということになれば伺いを立てる立場になります」
「そんな小言を聞きたくて呼んだ訳ではない。油を売っていないで動け」
「では、仰せのままに」
オズヴィルムの心はすでに決まっている。
王の命令には従うが、国外に対して言い訳の出来ない何かが起きれば叛旗を翻すと。
政を疎かにしてきた王が敵う相手ではない。
「小言だけを言う無能な男が公爵家では我が国が侮られてしまうではないか」




