32
「庶民の娘との婚約など王と王妃は認めない。でもわたくしは政略結婚としての伴侶すら得られることなく王国の妃として一生を終えるのは出来なかったのです。だから王と王妃の力ではもみ消せないような失態を第一王子に引き起こしていただきたかった」
「次の手はあるのか?遠回しの破棄では甘いだろう」
「はい、わたくしを婚約者としたいがためだけに婚約者を二人にするなどという王命を発布するくらいですもの。完全な言質を取らなくてはなりません」
国内のことなら無かったことにするくらいなら出来るし貴族を黙らせることくらいは簡単に出来る。
望むのは王と王妃の力が及ばないところでの失態だ。
そのために急いで帝国に来たと言える。
決まった策はないがイヴェンヌへ接触しようとすれば外交は避けられない。
手紙を送ってもイヴェンヌの立場上検閲されるから王と王妃の考えが帝国に筒抜けになる。
大きな失態でなくとも良い、王と王妃が火消しに躍起になってくれるだけで十分な収穫だ。
「生半可な手では王命で覆されそうだな」
「そうですわね。策と言っても、わたくしに出来ることは限られていますわ。今は何も打つ手がないのが正直なところですの」
「なら、俺を使え。帝国の次期皇帝という立場だ。王と王妃を焦らせるには十分な駒だと思うが?」
「そのようなことは出来ませんわ!王国のことでご迷惑をおかけしていますのに、これ以上は出来ません!」
「俺にも得するものがあるさ」
「得するものでございますか?」
帝国の貴族の血を引いているからと言っても身分は王国の令嬢だ。
まだという認識だが第一王子の婚約者だということで王国の内情を詳しく話してしまったことに後悔もある。
王や王妃、第一王子が困る分にはイヴェンヌも諸手を挙げて賛成したい部分はあるが民が惑うことになるのは本意ではない。
書物だけの世界でも帝国が好戦的であるということは知っている。
「イヴェンヌ嬢が受けた仕打ちは帝国へ喧嘩を売っているとしか思えない」
「そうですわね。王も王妃もそのつもりなど微塵もお持ちではないでしょうけれども」
「皇帝が知れば意気揚々と宣戦布告をするだろう。だが俺はそこを次期皇帝として動くつもりだ」
「前線に出られるということですの?」
宣戦布告の口実にされるのならイヴェンヌはこれ以上は黙るつもりだ。
少しだけ声が固くなった。
「いずれは出るだろうが全指揮を皇帝より奪うことが目的だ」
「奪うだなんて物騒なことをおっしゃってはいけません」
「言葉が悪かったな。イヴェンヌ嬢が受けた仕打ちに対しての王国への対応指揮を皇帝より委譲してもらうことだ」
「最初からそうおっしゃってくださいませ。心臓が縮みましたわ」
イヴェンヌの驚く様子にヒュードリックは笑みを浮かべた。
悪戯が成功した少年のように声を挙げて笑う。
「父である皇帝に俺からイヴェンヌ嬢の実情を話しても良いが、俺が直接動くことで帝国内の俺が即位することに難色を示している貴族たちを黙らせる口実にもなる」
「ヒュードリック様が継がれることを望まない貴族がいるとは思えませんわ」
「どれだけ凄くても認めない者はどこにでもいるものだ」
ヒュードリックが次期皇帝であることは認められている。
難色を示している貴族はいるが代わりの後継者を示すことができないから従っていた。
側室の子どもの中で優秀な者を担ぎ上げようと暗躍しているが、皇帝が継承権を与えていないため失敗に終わっている。
これはイヴェンヌに気を使わせないための口実だ。
帝国と王国では国力の差から格が違う。
次期皇帝という立場でも十二分に王と王妃を凌ぐことが可能だ。




