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「名目はお茶会ですもの。少しは顔を出すべきでしたわ。まさか一度も参加せずに中庭で一緒にいるとは思いませんでしたけど」
「それは疑ってくれと言わんばかりの行動だな。複数の妻を持つことは帝国でも許されているが礼儀というものはあるぞ」
令嬢の家柄に配慮する必要があるのは国が変わっても同じだ。
それを間違えれば跡継ぎ問題や寵姫の暗殺が簡単に起きてしまう。
帝国では正室は皇帝の寵愛を受けていることが明確だから手を出す愚か者はいない。
多少の嫌がらせくらいはあるが自分で対処できなければ正室など務まらない。
「隠れて第一王子が庶民の娘を王城に手引きするようになり、エスコートはしてくださいますが贈り物は一度もありませんでした。さすがに社交界に王家からのドレスを着ていないのはおかしいので別に仕立てさせていました」
「怪しまれるだろう」
「怪しまれて、側妃様に問い質されてしまいましたわ。側妃様には『ルシャエント様のお心のままに』とお答えしました。わたくしが婚約破棄を申し出ても王も王妃もお認めになりませんもの。ならルシャエント様に決めていただこうと思いましたのよ」
「それで婚約発表パーティで婚約破棄か」
「次期王になるには後ろ盾が必要でわたくし以外になれるものはいませんわ。他の貴族たちは王の甥御様方の派閥に入られるか後ろ盾になるかで王と王妃の味方はいませんもの」
王が正妃に据えたのが伯爵家令嬢であったから多くの公爵家と侯爵家は王家との関わりを最小限に留めた。
礼儀を弁えた伯爵家であれば良かったが野心を持つ当主は親族に王妃がいることを理由に様々なことで優位に交渉しようとした。
縁続きになりたいと婚姻の申し込みが増えるのが通例だが減少したのは初めてのことだった。
味方が少ない以前にいないことで、婚約破棄を絶対に認めない二人であることは予測していたが、イヴェンヌを婚約者に据えるために前代未聞の婚約者が二人存在するという事態を引き起こした。
王族ならば正妻を迎えたあとに愛妾や側妻を迎えることもある。
王であれば側妃が何十人と持っていた者も歴代の中にはいる。
だが、同時に婚約者を持つということはない。
婚約者という肩書はのちの正妻もしくは王妃だけが賜るものだからだ。
「さきほどの話だが、手紙はイヴェンヌ嬢に送られたものではないのなら何故手渡った?」
「手紙には個人名がありませんでしたわ。婚約者へという言葉だけで。それを見て公爵家に親切心から届けてくださったのです。誕生日は迫っていましたし第一王子以外の方から婚約者と言えばカレンデュラ公爵家のわたくしでしたから」
「それなら自分の与り知らぬところで手紙が無くなったことに気付くだろう」
「侍女が間違って捨ててしまったと思ったそうですわ。わたくしは手紙を持って第一王子に待ち合わせの場所に伺えなかったことを謝罪しに行ったのです。そこで手紙についてのことを聞いたのです」
手紙を届けるのも主人の命令があってからだがイヴェンヌの誕生日が迫っていたから気を利かせただけのことだ。
その手紙がイヴェンヌ宛ならば褒められて然るべき行動だが今回ばかりは褒められたことにはならなかった。
手紙を届けた従者は後日褒美を期待していたが待てど暮らせど来ないからイヴェンヌに確認するという暴挙に出たことは誰にも言えない秘密だ。
「そこで気づきそうなものだがな」
「そうですわね。そして手紙のことは誤魔化されてしまいましたわ」
「何と言った?」
「誕生日のお披露目の日に抜け出すなど令嬢としてあるまじきことだから問題ない、と」
「ずいぶんと白々しい嘘を吐くのだな」
自分が送る予定のない者から手紙を見せられれば焦るはずなのに全くその様子がない。
つまりは本当に気を回さなければいけない相手とは思っていない。
浮気相手がいることを知られても問題がない。
むしろ第一王子にとってはベラが本命なのだから他の女性に知られたところで何とも思っていなかった。
王城勤めの侍女は能力が高い者であることが優先される。
手紙を勝手に捨てることなど絶対にしない。
婚約者へという宛名を見て、イヴェンヌが謝っていることを理解はしていない。
イヴェンヌが勘違いをして謝っていると思ったまま話を終わらせてしまった。




