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イヴェンヌの全てを諦めたような笑みを見てヒュードリックは気持ちを落ち着かせた。
「なら何故黙認していた」
「ドレスやアクセサリを選ぶのは王妃教育の一環として本物を見る目を養うためと思っていました。十歳のときにドレスが贈られず果たせない約束が書かれた手紙を受け取ったときにおかしいと思いましたわ」
「なら何故?」
「公爵家の娘として無視できない家柄の方の誕生日に呼ばれ、何人かは婚約者からドレスを贈られたと喜んでいました。そんな姿を見て、わたくしも贈られるのではないかと期待に満ちていましたのよ」
「十歳の少女が楽しみにしないはずはなかったな」
「えぇ。楽しみにして、そして待ち合わせはドレスやアクセサリなどのありきたりの贈り物ではなく、特別な贈り物だと思ったのですよ。そしてお父様にお願いをして手紙の場所に行きたいとお願いしましたの」
「許されなかった?」
「いいえ、許されましたわ。王家の紋章を付けた手紙を無視することはできません。それに数少ないわたくしの我が儘でしたから。お客様へはお父様とお母様が説明してくださいました。その場所にいられるのは一時間だけという約束でしたけど、外に出ることをしたことがないわたくしには最高の贈り物でしたわ」
そこでイヴェンヌは話すのを止めてしまった。
お茶を飲むのではなく、記憶を蘇らせるのを拒むように目を閉じた。
急かすことはせず黙ってヒュードリックは続きを待った。
「あのときは本当に贈り物だと思ったのです。でも違いましたの。そこに居たのは第一王子と庶民の娘が仲睦まじい様子で語らっている逢引の場面でした」
「それは十分すぎるだろう。何故黙った?」
「言えなかったのです。わたくしが至らないから第一王子はわたくし以外の娘と仲良くするのだ、と。至らない娘は捨てられてしまうのではないかと不安になり隠してしまったのです」
「そうか」
「でも本当なのか知りたいけれど、不貞行為を訊ねるなど不敬にも程があります。そう思い初社交界が近づいてきたときに試したいと思ったことを実行に移しました」
第一王子の心が自分にないと疑い、それでも愛妾として庶民の娘を迎え入れるのなら王妃として黙認しようと思い、そして初社交界を前に確かめた。
我が儘という我が儘を言わずに黙って王妃教育を受けてきたイヴェンヌからの希望だ。
それは叶えられた。
「王城の中庭でお茶会を開きながら異国の文化を学びたいと言いました。そこには他の令嬢や庶民の生活も知りたいからと言い商会の娘も同席させて欲しいと望みました」
「祭りでも無いのに良く王城内に庶民を引き入れられたな」
「庶民であってもわたくしのドレスの採寸などに通っている方でしたら身元は確かでした。初社交界を迎えれば友人のように親しくても会話することができなくなります。最後の温情のようなものもあったのでしょう」
「そこまでしてイヴェンヌ嬢を手放したくなかったのだな」
「そのようですわね。そこでわたくしは第一王子に懇意にしている商会の方がいらっしゃるのでしたらお招きしては如何か?と進言しました」
「何も疑うことなく愛人を城に招いたわけか」
その一言がどれだけ確信を持ったものか第一王子は気付かなかったのだろう。
気付かないから愛人を招き、王城内で堂々と愛を語り合ったのだから。
どんなことがあっても王城に庶民が仕事以外で招かれることはない。
その矛盾に気付かずに幸いと愛人との逢瀬に利用したのは第一王子の落ち度だ。




