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「泣きたければ泣くと良い。誰にも言わないと誓おう」
「ですが、淑女たるもの」
「・・・成人していないなら少女だ」
止まらない泣き声だけが部屋を支配し、それだけで時が流れていく。
時折、温かいお茶を淹れる音だけで言葉は何もなかった。
「・・・っ、お見苦しいところをお見せいたしました」
「気にするな。そうだな、俺も帝国を出たことは数えるほどしかないからな。王国ではどのような生活をしていたんだ?」
「それは・・・」
「全て話してしまった方が楽だぞ」
「はい、三歳のころから王城に住んでいました。用意された部屋から出ることも許されず何もしないで閉じ込められていました」
「それは監禁だろう」
他の貴族に取られないようにするために王城に置いておこうという安易な考えだ。
成人したら婚約発表をして婚姻届けを教会に提出し、王妃にしてしまえば死別以外の離縁はそうそうあり得ないから王家の者になる。
そこにイヴェンヌが人であるということは重要視されていなかった。
「いきなり両親から引き離されて寂しかったことを覚えていますわ。それを知った側妃様がわたくしを引き取り、両親にも隠れて会わせてくださいましたのよ」
「叔母なら可能であろうな」
「公には公爵家にいることになっていましたので、外交では一度、家に戻り第一王子が迎えにくるということになっていましたの」
「体裁だけは取り繕っていたということか」
「・・・わたくしの誕生日を祝うために十歳のときには流石に帰省が許されましたわね」
「王国の貴族は十歳になってお披露目があるからな。王城で開くわけにはいかないな」
「一か月ほど家で過ごしていましたときに王城の使者の方が手紙を持って来ましたの」
「手紙?ドレスやアクセサリ、花ではなく?」
通常、婚約者への誕生日には贈り物をするが十歳のお披露目ならば盛大に贈ることも珍しくない。
手紙だけが贈られることはなく、必ず品物がついてくる。
それでも婚約者からの手紙には心踊らされるものがあったのを覚えていた。
「手紙だけでしたわ。内容は誕生日を祝う言葉とドレス姿を楽しみにしている言葉が書かれていましたのよ」
「それだけなら随分と素っ気無い手紙だな」
「そうですわね。でもドレスを贈られていないのですから困ったのです。それに誕生日の当日に郊外の丘で待つと書かれても主役であるわたくしはお客様がお帰りになるまで退席は許されませんもの。一体、どんな意地悪かと疑いましたわ」
「ドレスを贈られていない?」
「そうですわ。わたくしは王家から花以外の贈り物を受け取ったことは一度もありませんわ」
「それはどういうことだ?」
いくらイヴェンヌが初対面であっても帝国の血を持つ者が王国で蔑ろにされたとあれば外交問題だ。
帝国が泣き寝入りしたとなれば周りの国に舐められてしまう。
すぐに対処すべき案件だった。
「ドレスを採寸し、アクセサリの宝石を選んでも、わたくしの手に完成品が贈られることは一度も無かったのでございます。全て第一王子が思いを寄せた庶民の娘に渡っていました」
「すぐに帝国として確認する内容だと思うが、叔母は知っているのか?」
「もちろん知っておりますわ。ヒュードリック皇子と同じことを申されていましたもの」
困ったような笑みを浮かべてイヴェンヌはお茶を飲んだ。
帝国として対処しなければならないというドラノラーマやヒュードリックの言葉は分かる。
だが当時は信じたかったのだ。
政略結婚でも愛を育むことができると信じていたかった。




