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そもそもの始まりは身分の低い令嬢を王妃に据えたいという王族の我が儘から生まれたものだ。
王家からの命令と契約書があるから令嬢には拒否権が一切生じない。
これで媚びを売って王家に取り入ったという噂も出ない。
誰もが婚約契約書というのは王族が好きな令嬢を娶るための勅命だと認識している。
御璽が押されている以上、誰も口出し出来なかった。
「それならルシャエント本人も知っていただろう」
「そこで問題がおきるのです。婚約契約書は王家の婚約者と思っていたルシャエント。あながち間違っていないですわね。教育係もそう教えますから間違っていないのです」
「それで?」
「王家の、ということは、王家の男性でしたら誰のところにでも嫁ぐ婚約者と思ってしまったのですわ」
お茶のお代わりが注がれ、それを黙って啜る。
一体、どうやったらあんな考えに行き着くのか理解ができないままドラノラーマの話の続きを促す。
「王家の婚約者は王家が面倒を見ればいい。そう思い早々に庶民の娘に恋をして婚約者として扱い出したのです」
「王も王妃も気づかなかったのか?」
「次期王としての教育を真面目に受けていましたから問題ないと思っていたようですよ」
「教育を受けるだけでは身に付かんだろう」
「王の命令で即位するまでに身に付けば良い。試すようなことは一切するな。それで授業の息抜きにと下町に行ったりして恋を育んでいたのですよ」
「世話係は何をしていた」
帝国ではありえない。
身に付かないなら身に付くまで教える。
身に付いたか確認する。
生易しい方法ではいずれ国を傾けるからだ。
貴族ともなれば子どもを育てるのは乳母や世話係の役目だ。
両親はたまに顔を合わせて会話するくらいだ。
「その日の授業が終われば婚約者に会うという口実を鵜呑みにして護衛も付けずにいたそうですわ」
「それこそあり得ないだろう」
「あり得なくないのですわ。第一王子以外の者の認識では婚約者はイヴェンヌで王城に住んでいましたもの。王城で護衛を連れて歩くなど戦時中くらいのものです」
「王城内にいる婚約者に会うのに護衛は必要ない。ではどうやって外に出ていた?」
「世話係や教育係には婚約者に会うと言い、御者には息抜きに下町に出ると言って外へ。護衛は後ろからついているのだと思わせていたのです」
「第一王子の中では婚約者は庶民の娘だと思っているだけのことで、婚約者が誰か、ということは周りが勝手に勘違いをしていただけのこと。小賢しいな」
今までのパーティでエスコートしていたのは、王家の婚約者であるイヴェンヌに一番年が近いのが自分だからだ。
王家としての義務を果たすことができると周りに思わせるために。
王も王妃も次期王の座に息子を据えることに忙しく、実際に第一王子が何をしていたかは気にしていなかった。
イヴェンヌに至っては婚約契約書があるから時が来れば結婚するし、側妃に王妃教育を受けているから問題ないと判断されていた。
「さらに言えば、イヴェンヌが自分の婚約者だと周りが思っているとは気付いていなかったのです」
「鈍感という言葉では片づけられんな」
「えぇ、でもイヴェンヌが婚約者として扱われていても王家の婚約者であるから矛盾はしませんのよ。第一王子の中では、ですが」
「王族に面と向かって間違いを質す使用人はいないな」
「そうです。第一王子の言うことに疑問を覚えても従ってしまいますもの」
使用人の在り方としては何一つ間違っていない。
正しい対応の仕方だ。
余計なことを言って職を失いたい者はいない。




