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「先に聞いておきたいことがある」
「何でございますか?消化に悪い話はあとにしていただきたいのですが?」
「イヴェンヌは好きな男はいるのか?」
「いないと思います。次期王妃として結婚するものだと教えられたことと王家から王と第一王子以外の男性との接触が禁じられていましたから」
「そうか」
「イヴェンヌは大変だと思いますわよ。甥で落とせるかは不明なところかと存じますわ」
「・・・何も言っていないぞ」
「言っていなくても顔も見ていない令嬢の男性遍歴を聞かれれば分かることです」
優雅に食事をしているが腹の探り合いになるのはいつものことだ。
思考回路がよく似ているせいで何も言わなくても答えが返ってくることもある。
勝敗はドラノラーマの方が上だ。
社交界で扇の向こうの表情を読み取ることを礼儀としてきただけあった。
「これについてはイヴェンヌに一任します。恋のひとつやふたつさせてやっても良いのではありませんか?」
「無理に婚約させるつもりはない。どうせしたところで飾りの皇太子妃ができるだけだ」
「二人の行く末は天のみぞ知るというところですね。それこそ口実を作って後宮にイヴェンヌを押し込むおつもりではないかと危惧しましたが杞憂でしたわね」
「ぅっ」
「それでは本題に参りましょうか」
兄の考えることなど手に取るように分かる。
釘を差すことは忘れない。
「そうだな。王国への進軍を待つ意味を教えてもらおうか」
「簡単なことですわ」
ドラノラーマは食後に出されたお茶を啜り、笑みを浮かべた。
お茶の入ったカップは取手が無く、緑色をしていた。
「わたくしたちが帝国に入国したことについて王国はもちろん、諸外国も知るところになるでしょう」
「箝口令を布いたようだが、遅すぎるな」
「そこで何があったかを知り、そして、帝国が王国に宣戦布告をすれば、周りは政略結婚で嫁がせた女が虐げられたという理由で戦争をしたと、言うでしょう」
「十分だと思うが?」
「帝国と王国の国力の差を見れば間違ってはいません。ですが、こうも言うと思います。皇帝は妹可愛さに戦争したと。それでは帝国の権力の威厳が下がります」
「多少下がったところで捻じ伏せるだけだ」
「では、政略結婚で嫁いだ女たちは根も葉もないことを吹聴し、帝国に帰る口実にするでしょう。そんなことを許しては帝国の威厳というもの以前に貴族の責務というものを放棄することになります」
第一王子ルシャエントと何一つ変わらない。
子どもが婚約破棄を宣言しただけで国を揺るがす大騒動になるのだ。
同時に起きれば火消しどころの騒ぎではなくなる。
「帝国の女を受け入れた国はいつ帝国の逆鱗に触れ、国を滅ぼされるか怯えることになります」
「帝国は脅威であるが、政治では対等に。こういうことか?」
「つまり攻め入られる絶対的な理由が必要なのです」
今のまま攻め入っても皇帝の妹を蔑ろにしたという理由だけで問題ない。
多少、噂されるが帝国の国力を見れば誰もが黙る。
だが、それでも時を待つということは絶対的な理由を手にすることができる勝算があるということだ。
王国を一番近くで見てきた者だからこそ予測できることだ。
「王と王妃は自分たちの息子を次期王にすることだけが重要です。そのために公爵家と傍系皇族の権力を持つイヴェンヌを婚約者に生まれたときからしたのですから」
「そこまでして息子に拘るか」
「イヴェンヌがいなければ、王の甥や姪の方が優先ですからね。伯爵家令嬢を王妃に据えたことの弊害です」
「それでいてイヴェンヌへの仕打ちはどういうことだ?」
「王と王妃は婚約契約書でイヴェンヌを婚約者にしました。ここで契約書には王家からルシャエントの名前が書かれていたのです」
これは慣例的なもので一番年の近い王族の名前が書かれる。




