20
「お母様、もうすぐ国境ですわ」
「そうですね」
「帝国に入りましたらお母様はご実家に向かってください」
「イヴェンヌはどうするのです?」
「側妃様について行きます」
ヘルメニアは実家に里帰りをしているだけという体裁が必要だ。
側妃とイヴェンヌは今回の婚約発表についての弁明のために向かっている。
この理由づけがなければ王国を黙らせることはできない。
多少強引な手で出国したため、正当な理由を作り上げて時間稼ぎをする。
「わたくしは何も知らない方が良いのでしょう」
「はい、お母様は何もお聞きにならない方がよろしいかと思います」
イヴェンヌが第一王子の婚約者になってから数えるほどにしか顔を合わせていない。
すべての教育は王城でなされ側妃のもとでされた。
もとは側妃の話し相手だったはずのヘルメニアは王国の公爵家に嫁いだことで立場を下げられた。
嫁ぐ前は側妃とともに王城を自由に歩くことが叶ったが嫁ぐと同時に登城することすらもままならなくなった。
一番傍にいたい時期に王家に娘を取られたヘルメニアは娘を愛すると同時に愛し方を忘れた母親でもあった。
「お嬢様、関所に到着します」
「マリー、ランプを」
「失礼します。門兵が理由を求めています」
「すぐに参ります」
いかに門兵と言っても貴族に話しかけることは許されていない。
貴族に話しかけることを国より許可されている仲介人が間に入る。
マリーが素早く馬車を降りるとイヴェンヌを介助した。
外は気温が低く、寒さが身にしみた。
「案内を」
「こちらです」
昼間ならば部屋に通し話を聞くが夜間であれば緊急性が高いと判断して立ち話になる。
これも貴族によっては怒りを買う原因になるから見極めが必要だ。
「こんな夜更けに国境を越える理由をお聞かせください」
「第一王子とわたくしの婚約発表パーティで帝国への弁明が必要と考え、急ぎ参った次第ですわ。カレンデュラ公爵家当主夫人と第一令嬢です」
「・・・緊急事態と判断し、門を開けます。お気をつけくださいませ」
「ありがとうございます」
急ぎ馬車に戻り中に入る。
風が吹き込んだ。
「一時間ほどで帝国の関所に到着します」
「入国が出来れば一安心ですね」
「そのあとは側妃様にお任せするしかありません」
側妃の兄は今でも領土拡大のために尽力している。
今回のように側妃が王により蔑ろにされ、帝国の血を引く令嬢が婚約者から冷遇されている状況になれば牙を向く。
これ幸いと戦争の準備をする様が目に浮かんだ。
側妃たち三人は帝国に戦争をしないように止めるために向かっているが、止められるのは戦争が始まる前までだ。
宣戦布告されたあとでは交渉の余地なく敵国の者として処刑されてしまう。
王国に嫁ぎ、王国に生まれた者としての責任というものは理解している。
王や王妃よりも痛いほどに。
それゆえに無茶な出国をした。
「馬が関所に着くまで持つかしら?」
「難しいですね。普通は途中で替えます」
「速度を少し落としても構いません。わたくしたちが歩くよりは早いでしょう」
「かしこまりました」
天井を三回叩いた。
わずかに速度が緩やかになった。




