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「見た目は従来の焼き菓子ですが、中に使われている材料が異なると聞いております。先入観なく意見が欲しいという料理長の考えから詳しくは聞いておりません。完成品は形も新しくするとのことで鋳物に王妃様に相応しい型を作らせているとも聞いております」
「あとで意見を届けさせます」
「ありがとうございます」
側妃付きの侍女は寝室に入ると、灯りを点けて用意しておいた本を読み始めた。
用意をする側妃がいないのだから準備はできない。
ただの時間稼ぎだ。
王妃が人に会うときは、まず湯浴みをして、ドレスを選んで、髪を結って化粧をして、お茶を飲んで休憩してから会う。
ざっと三時間はゆうにかかる。
しかも客人が変わるごとにだ。
そう日に何人も会えないが、それは王妃というブランドで黙認されている。
「さて、これで夜明けまでは問題なさそうですね」
新しい物と言って出したお菓子とおかわり用のお茶に眠り薬を入れていた。
徹夜をまずしない王妃と昼番の侍女なら簡単に薬が効く。
時間を見計らって応接室に戻る。
椅子や背もたれに体を預けて眠っている王妃と侍女がいた。
「そろそろですわね」
東の空が少しだけ白み、太陽があと少し顔を出すくらいになれば王城内も活動を始めるだろう。
時間的には側妃は馬車に乗って出立する準備をしているころだろう。
「もしもし、起きてくださいませ。第一侍女長様」
「・・・っ」
「大丈夫でございますか?」
「貴女、一体何をしていたのかしら」
「お待ちいただいておりました間に王妃様と侍女の方がお眠りになられていましたので、お待ちしておりました。側妃様からは起きるまで待つようにと指示をされておりまして」
「それで側妃は仕度に時間がかかっているのですか?」
「帝国に急ぎ出立されました」
「つまり、王妃様にお会いせずに出立した、と。王妃様をお待たせして、自分はいなくなったということですね。王妃様を軽んじていると思っても仕方のないことですよ」
「申し訳ございません」
侍女はひたすらに謝罪をした。
もちろん、これも時間稼ぎだ。
「どのような叱責でも享受いたします。王妃様のお仕度のために私は一度退出いたします」
「そうですね。王妃様付きでない貴女が同席しているのは特例です」
「ありがとうございます。失礼いたします」
部屋を出ると、急いで側妃の元へ向かう。
これで役目は終わった。
あとは側妃と共に帝国に向かうだけだ。
王妃が気づいて、王に追手を差し向けるようにと進言する前に国境を越える必要がある。
「・・・失礼します」
「首尾は?」
「問題ありません。これから身支度に取り掛かられると思われます」
「では、出立します。時間との勝負です。影からの話では日の出前にヘルメニアとイヴェンヌは出立したとのことです」
王家の紋章の入った馬車で国境へ向かう。
堂々と国境を越えることで王国にも帝国にも牽制の意味を持つ。




