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「王妃様、お目覚めの時間でございます」
「あと五分したら起こしなさい」
「王妃様、お風呂の用意が整っております」
「わたくしに逆らうな」
ベリセーに向かってクッションを投げつけると丸くなって眠ってしまう。
以前はベッドサイドに水差しを置いていたが、起こされたくない王妃がそれをベリセーに投げつけたことから置くのをやめた。
投げつけられた物を順番に排除した結果、王妃の手が届く範囲には枕とクッションくらいしか存在しなくなった。
寝る前に焚いていた香も時期を見て片付けている。
「王妃様、仕立屋が参ります。御髪を整える時間がなくなってしまいます」
「うるさいわね」
「王妃様、化粧の時間もなくなります」
「わたくしは寝ていたいの。起こすのは後にしなさい」
いつもなら身だしなみに時間をかけることを何よりも大切にしているから眠そうにしながらも起きるのだが今日は起きなかった。
仕方ないから呼んだ仕立屋に待つように伝えに応接室へ向かった。
「王妃様はお手が外せませんので、しばしお待ちください」
「よろしいですよ。王妃様には御贔屓にしていただいていますから待ちますよ」
「では、失礼します」
王妃のドレス一着で今までの一か月の売り上げになる。
しかも一着で済まないから多くが儲けになっていた。
「さてと」
王妃が自分で起きるまでに一時間はかかるだろうから、その間に情報を得られるだけ得ておく。
本来は侍女の姿で帝国に有利となる情報を見つける間者としての一族だ。
「問題は姿すら見ることが出来ない王子二人よね」
城にいることは分かっているが、合同の食事会でも謁見でも姿を見ることができない。
部屋がどこにあるかは分かっているが、そちらには決まった侍女だけが出入りしているから紛れ込むことも難しい。
「王族という身分を享受するだけの放蕩者なのかしら?」
王妃付きになって王妃の情報は嫌というほど手にすることができた。
ついでに言えば次期王妃になるのが貴族の娘ですら無いことに腹を立てた侍女たちが王妃へと聞いてもいないのに話すからベラの情報も手にできた。
「やっぱり決定権を持っている王の情報は欲しいなぁ」
王の周りにはいつも護衛がいるから立ち聞きも出来ない。
さすがに隠密のように天井の裏に潜んだりはできなかった。
考え事をしているうちに王の休憩室の近くに来ていたようだった。
「しまった。さすがにまずいか」
引き返そうとしたが奥の角から王自身が歩いて来た。
急いで礼をして通り過ぎるのを待つ。
「うん?侍女が何をしておる?」
「王妃様より疲れに効くお茶を用意するよう仰せつかりました」
「そうか。休憩室に用意しておけ」
「かしこまりました」
急いで王妃の部屋にある薬草茶を取りに帰る。
場所が分かると王妃の部屋から最も離れているところに迷い込んだようだった。
走るというだけでも咎められるが王を待たせれば問題になるから大目に見てもらおう。
「仕方ないわよね」
王妃が自力で起きてくる心配もあったが他の侍女では起き抜けの王妃の相手をするのは危険だ。
ご機嫌を取るために王からの手紙でも貰っておこうと瞬時に考えた。
休憩室にはすでに王が待っていたが、薄く開いた扉からは別の男性の声が聞こえた。
「王様、執務室へお戻りください」
「何を言う。王妃が疲れているわしのためにお茶を用意してくれたのだぞ。それを飲まずしてどうする?」
「ですからお茶は執務室に運ばせますので」
「お前はいつも口うるさいな。あのときもそうだ」
入る機会を完全に逸してしまったベリセーは音を立てずに話を聞いた。
王の休憩室があるということで人通りもほとんどないことも立ち聞きには最適だった。




