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ヒュードリックが進めてマセフィーヌが絶対と言ったお茶会のための準備が中庭に整っていた。
イヴェンヌが緊張した様子で固くなっているなか簡単な食事が用意されていく。
「・・・唐突にお願いをしてしまい申し訳ありません、マセフィーヌ様」
「構いませんよ。ドラノラーマにとって娘ならば、わたくしにとっては姪のようなもの」
「ヒュードリック様には明日にでもと助言をいただいたのですが居ても立っても居られなかったのです」
「イヴェンヌ嬢、いえイヴェンヌと呼びましょう。婚約破棄が叶った今、貴女を悩ませているものは何ですか?」
答えを急かすことなく優しく問いかける。
王国では次期王妃として望まれることはあっても自分の意志というものを考えたことはなかった。
マセフィーヌの笑みは聖母のような温かさを持っている。
「分からないのです」
「分からない?」
小さく呟いた言葉は本当の気持ちというものを表していた。
「はい、わたくしは第一王子と結婚をして次期王妃となり子どもを産み生涯を終えるのだとばかり思っていました」
「そうなのですね」
「第一王子はわたくし以外の方を愛しく思っていらしたようですが王となるための後ろ盾にわたくしが必要でした」
イヴェンヌは自分の立場というものを嫌というほど理解していた。
そして断り続ければ不敬罪として両親が処刑され、己は幽閉されるであろうという未来が分かるほどには。
「だから婚約破棄をすることはできないと思っておりました。どれほど第一王子が別の女性を愛していても王妃としてのわたくしが必要です。王家に嫁ぐ者として覚悟はしておりましたから側室になられた方に寵愛を授けるのは構いません」
「王妃になれるのは資質というものが必要ですものね」
「わたくしを共に国を支える者として気にかけてくだされば良かった。それだけで良かったのです」
心の平穏のために側室を持つことを許していたし、愛妾であっても良かった。
第一王子の立場上は側妃を持つことが許されていたし、ルシャエントは王として立ち続けられるほど心が強いわけではないのを誰よりも知っていた。
側室にしたい。
愛妾にしたい。
そう申し出てもらえば後宮を管理することに異論はなかった。
そう何度も思っていた。
貴族の娘である以上は夫になった者の甲斐性は許容すべきと教えられていた。
イヴェンヌに限らず高位貴族の令嬢ならば誰しもが知っていることだった。
それでもルシャエントはイヴェンヌを婚約者だと思っていないから話しても伝わらなかったのは間違いないが。
「第一王子はイヴェンヌを大切には扱わなかったのですね」
「はい、あの方は何も分かっていなかったのです。わたくしを捨てるということは継承権すらも放棄するということを何一つとして」
「イヴェンヌは王妃になりたかったですか?」
「いいえ、でも公爵家令嬢として国の命令に従う義務だと思っておりました」
イヴェンヌは正しく理解していた。
公爵家という立場である以上は王妃になる可能性が最も高いということを。
他の公爵家令嬢ではルシャエントを次期王にすることができないことを。
帝国の血を引くからこそイヴェンヌが選ばれたということを。
幼いときから聡明すぎるが故の弊害だった。
「王妃という立場を、そうですね。言い換えましょう王妃という仕事をしてみたいと思いますか?」
「いいえ、責任がとても重くて幼いときより勉強をしても終わらないことをやりたいとは思っていませんわ」
「では王国に戻りたいですか?」
「王国には、戻りたいと思いませんわ。王城で外に出ることも学園に通うこともできない生活があるのでしたら戻りたくありませんわ」
十才から十三才の間に学園に入学するのが一般的だ。
イヴェンヌはそれをすることを許されなかった。
王城で王妃教育だけを受けてきた。
時折、公爵家同士の繋がりでお茶会を開くこともあったが他の令嬢たちから学園の様子を聞くだけで授業を受けることも許されなかった。
時折、昼食を共にするためだけに学園に通うルシャエントの元に行くことはあったが終わればすぐに王城に戻された。
「王家からの契約による婚約者だということを第一王子は理解していなかったことから分かり合うことは初めから難しかったようですわね」




