◇8 即死回避 そして大岩
それから、順調にゴブリンを倒していった。
ゴブリンしか出ないな、ここ。
そんなことを考えながら、進んでいった。
「もうすぐ二層への入り口だ。このダンジョンは三層まであるが、層が変わるごとに敵の強さが跳ね上がる。今回は二層の前で引き上げるぞ」
おお、もう二層につくのか、五時間ほど経っているが、戦闘や休憩も含めているので、移動に使った時間は三時間くらいだろう。初心者用とだけあって短いんだな。
そんなことを考えながら、一歩踏み出した途端……
空気が変わる。
なんだこれは。
異様なまでの緊張感。早く逃げろ、と体中が叫ぶ。
冷汗と震えが止まらない。
ラルフとブラントさんを見るが、特にどうかした様子はない。
何故俺だけが感じている?
俺だけが感じるもの……
俺だけが感じられる力を持っている……?
力……スキル……
「……!?」
ハッとした。
【即死回避】
きっとこれだ。
慌てて俺は考える。周りに特に異常はない。
何かあるとしたら、罠か……死角からの攻撃……?
勢いよく上を見る。
そこにはゴブリンの顔をした怪物がいた。
とっさに右に転がり込む。
俺がいた場所にはその怪物の爪が突き刺さっていた。
物音に気付いたブラントさんとラルフがこちらを見、それぞれ盾とロングソード、短剣を構える。
おそらくブラントさんは一目でこいつの危険性を把握したんだろう。俺と怪物の間に駆けてきた。
ようやく少し落ち着けた。ブラントさんが間に入ってくれたおかげだろう。
改めて怪物を見る。ゴブリンの顔をしているがブラントさんと同じくらい長身であり、手足が長く、そして爪が異様なまでに長い。
長い、長い、長いの三連発である。
こいつは確実に俺を即死させることができるような相手だ。
一体何なんだ?そう考えていると、ブラントさんが叫ぶ。
「ユニークだ!こいつは俺が食い止める!早く逃げろ!!」
ユニーク?それよりも逃げろって……!
「でもっ―」
ラルフが拒否しようとした瞬間、今まで俺らが歩いてきた道と、先へ進む道に結界のようなものがはられた。
ブラントさんは結界を一瞬見て、やられた、というような顔をした。
逃げることはできない……ってことか……?
「ぐおおっ……ッ!!」
結界がはられた次の瞬間、ブラントさんに怪物がとびかかった。
はやい、異常だ。
しかし、ブラントさんもBランク冒険者。盾で何とか受けたようだ。
即座に戦いが始まる。
ブラントさんが右から斜めに振り下ろす。
隙のない、躱されても即座に立ち直ることができる振り方だ。
怪物は難なく躱す。怪物が反撃に移ろうとするが、ブラントさんは剣で爪を弾き、盾で怪物を吹き飛ばした。
怪物は器用にも空中で一回転し、立ち上がる。ダメージは全くないようだ。
そのあとも、ブラントさんの攻撃は躱されているが、怪物の攻撃は盾で防がれる。
何度かその応酬が続く。
ブラントさんが苦い顔をしたということは、俺らは逃げることができないんだろう。
そして、戦いは均衡している。まずい。
ブラントさんは既にバテ始めている。それでもBランクの意地と俺らの存在で、しばらくは均衡を保つだろう。
しかし、いつかは崩れる。おそらくブラントさんには手札がない。
彼はパーティのタンクなのだ。敵の攻撃を捌き、相手の隙をつくりだし、後衛がダメージを与える。
つまり、後衛がいない今だと、決定打に欠ける。
逃げ道はない。俺かラルフのどちらかが、均衡を崩すチャンスを作り出さなければ……死ぬ。
そして、ラルフは素早さと手数で敵を追い詰めるタイプだ。
圧倒的なまでの地力の差。近接職にはこれを埋める手段はほぼない。
そして、アタッカーである彼には、恐らく隙を作り出すこともできない。
ラルフには打開できない。
何故こんなに遠回りに考えるのか。
認めたくないからだ。
この場面を打開するチャンスを作り出せるのは……俺だけだということを。
体中の震えが止まらなくなってきた。
俺が何かをしないと確実に死ぬ。
『うぬぼれるな』
そう言われそうだ。
でも、俺しかいない、そうとしか思えないほど、この状況は絶望的だ。
ここは初心者用のダンジョン。
入るときから、ここにたどり着くまで、人は全くと言っていいほどいなかった。
もし増援が来たとしても、それは初心者。俺らと同じで戦力にはならない。
それ以前に、この結界に入れるかどうかすらわからない。
ああ、覚悟を決めるしかないようだ。
刻一刻と均衡が崩れる時間は近づく。
俺が何かしないと死ぬ。
俺がいないとそもそも死んでいた。
そう考えを変え、怪物を目の前に大きく削がれた自尊心と自信を回復させた。
隙を作れる方法はいくつか思いついていた。
ラルフがやっていた、土を作り出す名前すら定かではない魔法。
それでやつの足元を固定する。
魔力を変換したこともない魔法だ。まったく現実的ではない。
成功する確率なんて無いに等しいだろう。
ならばどうする?……
「雷魔法しかないよな……」
近くにいたラルフがえっ?と驚いた顔でこっちを見た。
声は緊張で出なかったようだ。
俺が思いついた方法……雷で痺れさせる。
至極単純だが、ブラントさんが攻撃する直前、隙を一秒でも稼ぐことができたなら、やってくれるだろう。
一秒も痺れさせることができるか……それは自分の力を信じるしかない。
出来なかったらそもそも助かる可能性なんてなかった。それだけだ。
問題は、使ったこともない雷魔法を飛ばせるか、当てることができるか。
うん、これも考えたってどうしようもないな。
やるか……
体中の魔力を余すところなく手に集める。そう、余すところなくだ。
極限状態だからだろうか、それとも生命の危機を間近に感じる人間の底力というやつだろうか。
俺の手に集まる魔力量は、以前とは桁違いだ。
だが、だめだ。もっと急がなくては。ブラントさんの限界も近い。
それから数秒、なるべく焦りを感じずに、けれども迅速に魔力を蓄え続けた。
突如右腕以外のすべてからくる虚脱感。とうの右腕には暖かい、だが、荒々しい奔流のようなものを感じる。
よし、きた……ッ!
俺は魔力がすべて集まったことを実感する。
腕に集まった魔力を散らさぬよう、最大限の注意を払いながら、断線した回路から放電させる。
手のひらの上には、すでに電気がバチバチとなっていた。
そのまま俺はイメージを行う。脳の使用の連続で頭がパンクしそうだ。
でも、考えることは止めない。
イメージはスタンガン。それもピストル型だ。
敵が-の電気を持っているともイメージ。
俺から出る電気は+だ。
たったこれだけのイメージだが、俺の頭では地球にあるスタンガンが、はっきりと形作っていた。
これならいける。
イメージは完璧。あとは放つだけだ。
大丈夫、自分を信じろ。
そう自分に言い聞かせる。
今から放たれるのは俺にとっての最強の一撃だ。
それが、足止めすらできないわけがない――
そこまで考えた俺は思考を放棄する。
極限の集中状態の中、俺は視る――
俺の作り出した僅かな隙、一秒に届くか届かないか。その隙を使い、均衡を破るブラントさんの姿。
「うおおおおおおあああぁぁぁあああ!」
放つ!
手から放たれた雷属性の魔法は、うねりながら、神速とも言える速さで敵へと迫る。
命中―!
怪物が攻撃を避ける体制に入る瞬間に命中した。
怪物の動きが止まる。その隙を、Bランク冒険者が見逃すはずがなかった。
彼が大岩だといわれる所以、普段は隙を作り出す役割の彼が持つ、唯一の隙をつく攻撃、敵の頭からまっすぐに振り下ろす一撃。
繰り出す瞬間、ブラントさんが、俺に、よくやったと言わんばかりの笑みを見せたような……気がした。
彼の一撃が決まる。
怪物は見事に真っ二つになっていた。
そこで俺の意識は飛ぶ。だが、俺の目には、しっかりと大岩の一撃が見えていた。