◇20 異形との再会
「うああああああああああああああ!」
なんだか叫びたくなった。
俺は神の体を思い出し、行き当たりばったりで思いついたことを試し、生き残ったわけだ。
凄い幸運だな。
ひとまず状況確認だ。
上を見ると、俺が落ちてきた空洞が円柱状に広がっている。
天井は開いていないので、光は差し込んできていない。
どうやら天井付近に転移されて落下してきたようだ。
俺の目の前にはゴツゴツとした、若干下り坂になっている一本道。
そして後ろは岩の壁だけだ。
この一本道を進むしかないらしい。
ああ、ラルフやミルはどうなったんだろう。
転移の罠があったあたりから、この場所がダンジョンなんじゃないかと検討はついている。
飛ばされたのなら同じ洞窟内だろう。
ただ、俺みたいに空中に転移されてなければいいんだが……
考えていても仕方がない。とにかく前に進もう。
俺は出口と再会を求めて、狭い通路を歩き出す。
左右には等間隔にランタンのようなものがおいてある。
火が灯っていないところを見るに、魔法具か何かであろう。
洞窟の壁にがっちりはめ込まれていて、抜き取ることはできないだろう。
距離として一キロメートルくらい歩いたあたりで、遠くに扉が見えた。
それはまるで巨人が通るためにあるかのように巨大。
高さ十メートルはあるだろう。
石でできているようだが、精密な対のドラゴンのレリーフが書かれていて、神秘的にも見える。
丁度俺の頭くらいの位置には、文字も書いてあった。
『記憶の間』。
なんだそれ。説明なんかはどこにも書いていない。
うーん、なんかとても嫌な予感がする。
ゲームでいうボス前の小部屋にいる感覚。
でも、この道しかないんだよなぁ。
引き返すわけにもいかないし……
少し躊躇してしまったが、俺は意を決して一歩踏み出し、石の扉に手を触れる。
見た目からして人が動かせるような代物ではないのだが、魔法が作用しているのだろうか、すんなりと開く。
ギギギ……
扉の動きに合わせてゆっくりと中の構造が見える。
広場のようになっているようだ。
中は照明もなく、この扉から差し込む光だけが明るさを醸し出す。
ん?なにか中央にいるような――
その中央に佇む何かを見たとき、俺は驚愕する。
そこで見たもの、それは――
ブラントさんと協力して倒した、異形のゴブリンだったのだ。
冷汗が流れる。
そうか、『記憶の間』ってのは俺の記憶を再現したってわけか。
それにしてもまずいぞ、あんなのとタイマンはって勝てるわけないだろ!
焦っている俺を見たゴブリンの顔が、醜く歪む。
笑みだ。俺と言う獲物を見つけて喜んでいる。
姿はあの時俺が見たまんまだ。
怪物――その表現がよく似合う。
後ろに逃げることもできるが、結局は行き止まりだ。
逃げ切ることはできない上、狭い場所での戦いを強要される。
戦うならこの広場だ。
やるっきゃないな、先に進み、外に出るためにはここを通るしかない。
俺は死を覚悟し、扉の中に入る。
俺が広場に足を踏み入れた瞬間、扉が大きな音を立てて閉まり、広場の端に設置してあった照明の魔法具が灯る。
一本道にあったものより光源が強い。上位互換のものだろう。
地面はさっきまでの岩だらけのゴツゴツではなく、草原のように草が生い茂っており、壁の岩と相まって不自然だ。
どことなく風が吹く。こんな地下で風が起こるわけがない。
きっとこのダンジョンの”演出”なんだろう。
ダンジョンには最奥に”コア”と呼ばれるものがある。
その実態は不明だが、諸説によると一つの生命体ではないか、ということだ。
その”コア”はダンジョンをゆっくりと成長させていき、時には冒険者を嵌め、時には宝を与え、楽しむ。
もしその説が本当なのだとしたら、今頃このダンジョンの奥底で、ピンチの俺をみて笑ってるんだろうな。
「俺は!絶対にここから抜け出してやるからな!」
大声で叫ぶ。ダンジョンへの決意表明と自分への鼓舞だ。
すぐさま戦闘をする態勢に入る。腰を低く落とし、いつでも迎撃できるように。
奴の強さはその速さ。身体強化をフルに使えば、数回は攻撃を凌ぐことができるだろう。
でも、数回だけだ。
限界が来る前に、決める。
「グギギギギ!」
変なうめき声をあげながらこちらに走り寄ってくる。
速度は――前に比べると遅い!どうやら完全に再現はできないようだな。
腰に掛けている剣は抜かない。
所詮は素人の技。
そんなものに頼るくらいなら、バラムさん直伝の魔法を使うほうが安全と言えるだろう。
腕を前に構える――が、遅くなったといってもユニークだ。
構えたときには既に相手のリーチに入っていた。
俺は体内の魔力を高速で循環させ、身体を強化した後、右に転がり込むようにして回避し、左手をついてすぐさま立ち上がる。
ゴブリンはそんな俺を追いかける。
――止まって打ってたらダメだ。回避しながら決める。バラムさんとの訓練で身体強化魔法を維持しながら他の魔法を構築することなんて、バカバカしくなるくらいやったじゃないか。それを、今決める――!
俺の目線の高さで駆け寄ってきたゴブリンを、今度は姿勢をあまり崩さず、ゴブリンの側面に移動するように躱す。
そして通りすぎる瞬間、火魔法を使う。
イメージは火炎放射器。
火球ではなく、流れ、継続する炎。
俺の手からゴブリンの頭に目掛け、俺の手の平の一点を頂点とした、逆円錐型の炎が近距離で構築される。
半ば爆発のようだったその炎は、見事にゴブリンの頭を焼き焦がす。
だが、まだ倒していない。
今の一撃では致命傷にはなりえなかったのだ。
今の一撃で激昂したゴブリンが、先ほどよりもさらに速い速度で走り寄る。
ワンパターンだが、単純に速いその突撃に、魔法を打ち終えたばかりの俺は対応できなかった。
「あっ、しまっ――」
ズシャッ
肩から腰に掛けて、爪で切り裂かれた後、右足で蹴り飛ばされ、壁に激突した。
斬撃耐性のお陰だろうか、浅く切り裂かれただけで、内臓が飛び出たりといったことはない。
ただ、出血量は馬鹿にならない。
致死量ほどは出ていないが、かといって意識を保っていられるかと言われると、厳しい。
ここで意識を持っていかれたら、確実に死ぬ。
嫌だ、いやだ、死にたくない。
まだ、冒険者になって一か月だぞ。
バラムさんの地獄の訓練にも耐えたんだ。
これからじゃないか。
俺のそんな思いとは裏腹に、だんだんと目の前が真っ暗に――
『いつか名の売れた冒険者になって――』
『ギルたちのパーティに、ワタシを――』
『二人の連携もよかった。これからも――』
『ああ、そうだ。王都に来たときは是非私の――』
『くれぐれも無茶しないようにな。お前さん達なら大丈夫だとは思うが――』
気づいた時には、俺はだらりとした体を起こし、ゴブリンの怪物と向き合っていた。