◆11 狂血と烈火 そして作戦成功
「うおおらああああ!!」
ドゴォッ!
地響きが起こる。
グランの強さは予想を遥かに上回っていた。
速さは辛うじてイオに軍配が上がるが、力ではその限りではない。
イオの焦りと裏腹に、グランは余裕綽々といった顔だ。
グランの剣を、刃をぶつけることで受け流す。
しかし、イオは先ほどから一向に攻撃に移れていない。
(これは不殺を気にしてられなくなってきたでござるな)
暗殺者は”奥の手”と呼ばれるものをいくつか携えておくのが定石だと言われているが、イオもその例に漏れていない。
相手を殺すことを前提に置いたら、勝てないこともないのだ。
イオは苦悩する。
だが、そんな彼の苦悩は必要なかったようだ。
二人が一度距離をとったところで、一つの影が降り立つ。
目を覆い隠すほど長く、手入れのされてない荒れている金と銀の髪。
彼は華奢な体に似合わず、草食動物を見つけた獰猛な肉食動物のような顔をしていて、口には純粋そのものと言っていいほどの笑みを浮かべているが、それが彼の奇妙さを際立てる。
「久しぶり、イオ。ボクは助かったよ。冒険者たちを行動不能にしちゃうんだよね?手伝うよ」
「フェーベ殿。ではそちらにいる四人を任せてもいいでござるか」
「はーい、了解」
そう軽く返事をしたとき――
フェーベが姿を消した。否、姿を消したのではなく、高速で後ろに控えていた冒険者の後ろに移動したのだ。
それもただ移動したわけではなく、攻撃も兼ねている。
冒険者四人の首から血が噴き出し、順に倒れる。
武器なしに相手を傷つけることができたのは、彼のスキル【出血】による力だ。
触れた生物の体に、狭く、深い穴をあけ、出血を施し死に至らしめる、凶悪なスキルだ。
弱点は重装の相手には全く通用しない点であるが、幸い今回の冒険者たちはみな軽装であった。
冒険者四人を一気に倒したフェーベを見たグランは、一瞬理解が追い付かなくなる。
数秒間の沈黙の後、自分の味方が傷つけられたことに気づいたグランは激昂する。
「き、貴様ぁぁぁああああ!よくもやってくれたなぁぁぁぁああああ!」
即座に【鬼人】を最高まで発動し、フェーベに飛び掛かるが、グランはフェーベをとらえることができなかった。
速度の次元が違ったのだ。
グランも首筋に穴をあけられ、血を噴き出しながら倒れる。
あれだけ苦戦したいたのが嘘のようだった。
あまりのあっけなさ。普通の人間にはどうやってもできないであろうこと。
しかし、フェーベとはそれを可能にするだけの逸脱した強さの持ち主だった。
「フェーベ殿!殺してないでござるな!?」
「うん、もちろんだよ。致死量の出血はさせてない。起きても少し貧血になってるだけじゃないかな?一週間も休んでれば元通りになると思うよ」
「そ、そうでござったか……」
フェーベがそう簡単に失敗して人を殺すわけがない、と再確認したイオであった。
彼は言われたことは大抵守ってきていたし、いい意味でも純粋なのだ。
ただ、その長所を見過ごしてしまうほどに残酷なのだが。
ひとまず全ての冒険者を行動不能にしたフェーベとイオは、次の救援先を決める。
「元々ジル殿という新メンバーが敵を行動不能にして回る予定だったのでござるが、まだ向かってこないところを見ると、苦戦しているようでござるな。ジル殿とネレイド殿の手助けに向かうべきだと思うでござる」
「うん、賛成。じゃあそのジルっていう新人をぱっぱと助けに行こうか」
こうしてイオとフェーベは移動を始めた。
残る敵は『大草原の支配者』のリーダー、マグノリアと『紅の不死鳥』、『地獄の番犬』のパーティメンバーである。
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なんだよこいつらは!
そう思った『紅の不死鳥』のメンバーであるアカシアであり、つい先ほど脳筋二人に悪態をついた紫髪の少女でもある。
連続して大きく後ろにステップを踏み、逃げを貫いている。
先ほどまでは一対三で細長い紳士風の毒使いと戦い、なんとか押していたのだが、赤髪の女が来てから戦況が一気に変わった。
その圧倒的格闘技術、そして支援に投げられる強烈な毒。
それらの要素で押され始めたのだ。
自分の攻撃はことごとく避けられる。
成り立てとはいえ、Aランクなんだぞ!こっちは!
そんな彼女の思いは届かない。
暗殺者たちには冒険者の努力など分からないのだ。
「おや、他のお仲間さんは既に行動不能になってしまっていたようですね」
紳士風の男が言ったことが一瞬理解できなかったが、空を飛んでやってくるその人影を見るに、彼女は理解してしまう。
「姉さん、ここの敵以外は全部手足を凍らせてきたよ。後はこの三人を倒して帰るだけだ」
「よくやった。さすがジルだね」
そう、他の冒険者に当てられていた暗殺者が全員集結してしまったのだ。
ああ、死んだ。
冒険者三人はみな一律に思った。
そして、彼女たちの意識は暗殺者たちに刈られてゆく——
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終わった。
僕がAランク冒険者を二人倒した後、ネレイドさんのもとに向かうと、救出されたフェーベさんと、イオさんが救援に来ていた。
その結果、ネレイドさんと互角に戦っていたマグノリアを倒し、氷魔法で地面に張り付けることができた。
後二、三時間は動くことができないだろう。
そのあとにフェーベさんが倒したらしい敵のもとに向かい、凍らせたうえでここに戻ってきた。
カロンさんと姉さんが戦った敵も今凍らせたところだ。
僕の氷魔法で凍らせた人たちは、長時間絶対に動き出すことはない。
相当な怪力で動き出す時間を早めることはできるだろうけど、僕たちが逃げる時間稼ぎは十分にできた。
僕たち暗殺者側は圧倒的で、懸念していた行動不能に追いやることが難しい状況になることは無かった。
故に氷魔法の出番は行動不可能になった敵の拘束時間の延長だけだったが、姉さん曰く、『相手の実力がこちらと均衡していた最悪の場合を想定してこその出番だった』とのことだ。
今回はAランクでも比較的新人と平均より弱い人が揃っていたから出番が無かっただけらしい。
僕は重要な役割についていたことを再確認した。
そのあと、僕たちは速やかにその場を去った。
誰も顔を見られてないし、酷い怪我を負ったわけでもない。
大成功と言っていいだろう。
ログハウスに戻った僕らはレアさんに報告をしたところ、今日はパーティになった。
パーティではひとしきり騒いだ。
こちらの方の戦いはどうだった、あいつは手ごわかった、などと言う話も聞こえてきた。
みんな楽しそうで良かった。
その日の夜、僕は姉さんと話をしていた。
どの料理が美味しかったか、などの他愛もない話だ。
だが、その話の最中、姉さんが一度真面目な表情になって言いかけたことがあった。
「ジル、実は――いや、なんでもない」
僕は、その話の続きが妙に引っかかっていた。
だが、すぐに話を変えた姉さんに今更掘り返すわけにはいかず、結局聞かずじまいになってしまった。
僕がその言葉の続きを無理にでも聞いていたら何か変わっていたのだろうか。
そんなことは今となっては分からない。
名前:ジル=オルクス
二つ名:天才
種族:人間
歳:17
加護:なし
スペシャルスキル:【全知全能】【即死回避】
ユニークスキル:【魔闘術・氷】【韋駄天】
スキル:【格闘術++】【短剣術+++】【二刀流++】【隠密++】【火魔法+】【水魔法+++】【土魔法+】【氷魔法+++】【気配察知】【疾走++】
少し先を焦ってしまった自覚があります。
間に数話入れたり、改稿したりいろいろするかもしれません。
成宮零の話は一旦ここで終わりです。
いくつか章を挟んだ後にまた彼の視点の話を入れます。
次回からは奈落に落ちてしまったギルの章です。
是非お楽しみに。