◆9 鬼人 そして救出
背の高く、並々ならぬ筋肉で覆われた肉体をした巨漢が、同じように武人と呼ぶにふさわしい体つきをしている男と向かい合っていた。
違う点は一つ、『眼』だ。
前者は、暗殺者特有の感情の籠っていない瞳をしている。
後者は、強者と相まみえることができて、嬉しさを隠し切れない瞳だ。
「はっはっは。貴様は、かの有名な『剛力』ではないか!俺様が吹き飛ばされたのも納得というものだ」
「そちらは『怪力』でござるな。会えて光栄でござる。しかし、この度は戦友の救出が最優先でしてな。失敗することはできない故、武人としての決闘はできないでござるよ」
「おう、それは分かっている。だが、貴様も五対一は嫌であろう?ここは一騎打ちと行こうじゃないか」
「ちょ、リーダー!何言ってんすか!」
リーダーと呼ばれた男、グランの暴挙とも呼べる行動に、パーティメンバーである少々みすぼらしい男が言う。
「だまれぃ!俺様が勝てない相手ならば結局は全滅するんだ。それともお前たちは数を積めば俺様と同格、いやそれ以上の敵を倒せると思ってんのか、あぁ?」
グランは声を荒げて言う。その言葉に周囲の冒険者は委縮してしまう。
そう、グランは今回の護衛者の中でも、トップの実力なのだ。
それも、他とは大差をつけて。
その実力とは、彼の持つスキルによるものである。
彼はカロンの【感染】、イオの【衝撃】、ネレイドの【影潜み】に匹敵する、ユニークスキルの持ち主なのだ。
それに比べ、グランの率いる『地獄の番犬』を含めた護衛者は、誰もユニークスキルを持っていない。
この世界でユニークスキルを持つということは、相手と天と地ほどまでに差があることを意味する。
グランで敵わない人間に他が束になったところでどうしようもない。
頭の中でそれを理解している冒険者は、悔しそうに口をふさいだ。
「どんな卑怯な手を使ってくれてもかまわない。それが一騎打ちであるならば、だ」
誰の力も借りず、誰の力も借させずの、一対一での戦い。それが彼の望むものだ。
卑怯な手を使うことも含めてこその戦いだと、グランは思っている。
「分かったでござる。一対一で雌雄を決するでござるよ」
対するイオもその誘いに乗る。
ディオネの情報で、『怪力』が一騎打ちを望むときは、絶対に周りに手を出させない、と聞いていたのもそうだが、その荒々しい言葉遣いの裏に、一つ芯の通ったものを感じ取ったからだ。
それに、イオにとってはわざわざこちらに有利になる条件を出してくれたのだ。
それならば、とグランの正面に立った。
「ふぅ、それではいくでござるよ」
「ああ、その実力、楽しみにしてるぜ『剛力』」
グランが言葉を言い終わると同時に、戦闘が始まる。二人の獲物は同じ大剣。
だが、彼らの戦いは鈍重なものではない。
剣先はまるでショートソードを振っているかのように速い。
互いの剣がぶつかり合う。
回避なんて真似はしない。この戦いで重心を逸らし態勢を崩してしまえば、立ち直る暇すらできないことを二人は理解していたのだ。
グランが右から斜めの振り降ろしをする為の予備動作に入ったところで流れが変わる。
イオの剣速が、一瞬にして比較できないほど上がったのだ。
――コイツ、実力を隠してやがったなッ!
グランは即座に判断する。ただ、不可解なことが一つ。
その位置でイオが剣を振っても、確実に空振りなのだ。
なぜ空振りの時に隠しておいた実力を引き出したのか。グランには理解できなかった。
イオはその事実に、勝利を確信した。
そのまま大剣を振り切る。巻き起こるのは暴風。そう、先ほど冒険者を散り散りにした、嵐だ。
「うっ、ぐ、ぐおおおおおお!」
グランは何とか持ちこたえる。だが、持ちこたえるだけではダメなのだ。
何故なら、その嵐の対象に、イオは入っていないのだから。
あくまでも不殺を貫くイオは、そこで刃ではなく、剣の平らな部分を叩きつけようとする――
「うおらああああああぁぁ!」
グランが叫ぶと同時に、とても暴風にとらわれているとは思えない動きを見せる。
なんと、向かい風に抗い、イオの方に剣を振り下ろしたのだ。
慌てて剣を交える。イオが下の、鍔迫り合いの態勢だ。
イオは驚愕した。この『衝撃』の中で動ける人物なんて今までに見たことがなかったのだ。
いや、それも仕方ないことなのかもしれない。
グランのユニークスキルは【鬼人】。身体に負荷を与える代わりに、戦闘能力を極限まで引き上げるスキル。この状態の彼の身体能力は、イオがこれまでに見た誰よりも優れていたのだ。
グランの肌は、離れた後ろで見ている者にもわかるくらい、赤く染まっている。
筋肉も大きく膨張し、その姿はまるで本物の鬼のようだ。
イオはなんとかグランを弾き、後ろに飛ぶ。
グランは体中で生まれ続ける熱を放出するために、大きく口を開け息を吐く。
活性化による代償で熱が大量に発生しているのだ。
ほどなくして体内の熱を逃がしきったグランは口元を自信と余裕で歪め、言う。
「さぁて、ここからが第二ラウンドだ。さっきまでとは、格が違うぜぇ?」
イオは、自分より上の実力を持つかもしれない相手を前に、焦りを感じていた。
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「な、なんだ!ぐっ、うわあああ!」
「ち、畜生!冒険者どもが簡単に吹き飛ばされたせいで!ぐわああぁぁあ!」
馬車の近くで護衛をしていた、冒険者ではない一般兵士を殴り飛ばす。
こちらは特に強敵というわけでもない。せいぜいが先ほど吹き飛んでいった冒険者の十分の一程度の実力だろう。
すぐに全ての兵を気絶させ、馬車の中を覗く。
普通のものより大きいこの馬車には、計六名ほどの囚人が乗っていた。
それぞれが目隠しと口枷、手枷を付けさせられている。
直ちにフェーベを探し始める。
すると、口枷をはめられた状態で、モゴモゴと何かを必死に叫んでいる人物がいた。
一番奥に、頭を除く体全身を布でぐるぐる巻きにされた状態の人物がいたのだ。
彼女はそれに近づくと、携帯しているナイフで巻かれている布を切り裂いた。
フェーベだ。
目隠し、口枷、手枷を順に外す。
ぷはぁ、と大きく息を吸い、呼吸を整えたフェーベが話しかける。
「助かったよアリエル。ボクだけこんなに厳重なんだ。困っちゃうよね」
それは仕方ない、とアリエルは思う。
フェーベは身長百五十後半しかない小柄な体格な男で、シルバーと金の髪をいつも跳ねさせている。
所謂ボサボサヘアーだ。目元はその伸び切った髪で隠れていることが多い。
その髪型からも感じさせるように、かなりだらしがない。朝起きるのが遅すぎて朝昼の食事を抜くことがしょっちゅうだ。だから身長が伸びないんだ、と密かに悪態をつかれている。
そんな彼が仕方ない、とアリエルに思わせる理由だが、彼は何をしでかすか分からないのだ。
随分昔、ほかの暗殺者ギルドと対立したことがあった。
そのときにレア率いる暗殺者が侮辱されたのだ。
『人殺しもままならぬ能無しだ』と。
それでも彼らは特に気に留めていなかったのだが、ギルドの顔をつぶすわけにはいかない、と襲撃を予定していた。
そんな中、全身を血で濡らしたフェーベが帰ってきたのだ。
「ごめん。なんか殺したくなったから、やっちゃった」
そう、血はすべて返り血。彼一人で総数三十名の暗殺者を全滅させたのだ。
レア率いるギルドは少数精鋭であり、対立していたギルドは数を求めたギルド、という違いはあった。
しかし、数を求めた、と言ってもそれなりの実力があったのだ。
それを一晩で、一人で。
彼の戦闘力は計り知れたものではないし、何より恐ろしいのはこの”軽さ”である。
三十人殺しても何も感じた様子がない。それこそ、友達の家にでも遊びに行ったかのような感覚だったのだ。
彼はあくまでも”純粋な”狂人なのだ。まるで道徳もなにも知らない小さな子供。
そのことから改められた二つ名は『狂血』。
『対象以外の不殺』はまだ破られていないが、彼の心はとても読めたものじゃない。
なにをしでかすか分からない。
まさにその通りだ。
「そんなことより、早く救援に向かいましょ。フェーベはイオの方に向かって。あたしはカロンの方に行く」
「うん、了解。敵は殺さない方向でいくの?」
「ええ、そのつもりよ。でも、わかってると思うけど危なくなったら気にしないで」
「もちろんだよ」
フェーベが純粋な笑顔で言う。
忠告の必要は無かったのかもしれない。
馬車の中から飛び出した二人はそれぞれ別の方向に向かう。
他のメンバーの援護のためだ。
すぐに逃げないのは、フェーベが最重要人物で、さらに懸賞金のかけられた暗殺者ギルドの一員を冒険者が簡単に逃がすとは考えられないからだ。
敵に背を向けて走り続ければ、その過程で必ず誰か犠牲がでる。そう考えての行動。
逃げる時間を稼ぐために一度冒険者たちを行動不能に追いやるのだ。
フェーベが救出され、数分もせずにそれぞれの戦場に新たな影が降り立つ。
『狂血』と『烈火』。
二人の精鋭は戦況を大きく変えていく——