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◆8 決行

夜が更ける。

僕たちは襲撃のために、帝都と街をつなぐ街道の横にある森に隠れている。

ここからさらに移動し、休んでいる馬車を襲うというわけだ。

メンバーは、姉さん、ネレイドさん、イオさん、カロンさん、そして僕の五人だ。

ギルド長であるレアさんと、非戦闘員であるディオネ、会議に参加してなかったエウロパさんは不参加。

つまり一人で三人、捕らえられているフェーベって人を救っても二人以上は相手をしなければならない。


僕たちは、このギルドであることを象徴する、背中に二頭の蛇が刺繍された黒のフード付きコートを着ている。

ギルド単位で行動するときは、その名を知らしめる為に、必ず着ることになっているんだ。

そして、顔には口元を覆い隠すように黒い布を巻いている。


「さて、最後に確認でござる」


”最後に”という言葉に反応してしまう。そうか、もうすぐ実戦なんだ。

それも、Aランクとの。

僕は、意を決して、一つも聞き漏れがないように耳を傾ける。


「ここから一キロ先、フェーベ殿がいる馬車が留まっているでござる。近くには冒険者がパーティごとに見張りをしてるでござるな。そこで拙者が、スキルを使い、テントごと冒険者を三分割するでござるから、決めた通り、ジル殿とネレイド殿、アリエル殿、拙者、カロン殿に分かれそれぞれ敵を無力化することになるでござる。もし敵の無力化が難しいならジル殿の魔法でということでござるが、いいでござるか」


皆は黙って頷く。


「さぁ、時は満ちた。華やかにフェーベ君を回収し、誰一人欠けることなく戻りましょう!」


妙に興奮したカロンさんのその言葉に、皆が立ち上がる。イオさんを先頭に木と木を飛び移りながら、走り出す。

僕も置いて行かれないようについていく。

こんな大胆な動きでも、音は残らない。

彼らは幾つもの修羅場を超えた、熟練の暗殺者なのである。


動き出してほんの数分、右を向くと、テントが見えた。

どうやら僕たちは恐ろしい機動力で移動し続けていたようだ。

見張りは冒険者五人。

囚人を乗せているとあり、厳重に警備してあるようだ。

僕たちが通る森と街道からそれた、草原の真ん中の野営地までは、百メートル近く間隔がある。


「いくでござる!」


イオさんが体をテントの方に向きなおし、飛ぶ。

そして、空中で大剣を抜刀し、地面に叩きつける。

起こるのは、見えない突風。

そう、イオさんのスキル【衝撃】である。


凄まじい暴風が荒れ狂う。

それは百メートルの間隔をものともしない一撃。

テントは吹き飛び、中にいた冒険者も含め、左から五人ずつに分かれるように飛ばされる。

だが、馬車だけは一センチたりとも動かない。そこだけ狙いを外すように調整したのだ。


冒険者が飛ばされたのを合図に、僕たちは走り出す。

姉さんはフェーベさんの救助に向かう。そのあとはカロンさんとイオさんの救援に向かう手はずだ。




冒険者たちを散り散りにした狂気の風が止まったころ、既に僕らは敵と対峙していた。




—————————————————————



護衛を任されたのに、いきなりの襲撃になにも対応できないとは、情けない。

そう思うのは、Aランクパーティ”紅の不死鳥(フェニックス)”のリーダーを務めている、ザザだ。

彼はドワーフ族であり、身長は百六十あるかないかほどではあるが、その身体に秘められている力は計り知れない。

二つ名は『紅蓮斧』である。

そんな彼の周りには、同じパーティの新米――それでもAランクなのだが――が二人と、この搬送任務を共にこなすパーティの中堅が二人だ。


そして、対峙するのは高身長で、赤と灰の色をメッシュにした髪を七三に分けている男。

口元は布で隠していてわからないが、その風格が、どこかの貴族のような雰囲気を醸し出している。

そう、カロンだ。


「ふぅ、どうやら私はかなりの強敵と相まみえてしまったようですねぇ。早く援護が来てくれればいいのですが」


カロンは少し困ったような声を出す。

だが、ザザにとってはそれが挑発に取れた。

敵の前で口を開く余裕があります、と公言しているように見えたのだ。


「はっ、そんな皮肉を言うとはぁ、あんた。この状況が分かっているのか?」


「ふむ、私としては皮肉を言ったつもりは無かったのですが。この状況は分かっているつもりですよ。なんたって私たちが作りだした状況ですからねぇ。むしろ何故こうやってあなた方が圧倒的に有利な状況に置かれているのか、考えはしないのですか?こちらの策と、疑いもしないのは浅はかだと思いますがね」


もちろんはったりである。特に策なんてない。

相手を少し惑わせることができたらいい、程度のものなのだ。

ザザは、この返答を聞いて、チッ、と舌打ちをすると、考える。

確かに策の可能性もあるな、と。

見事に術中にはまっている。頭は弱い方であるようだ。


「ザザのおっさん、そんなこといちいち考えてても仕方ないですぜ。あっし達は圧倒的に有利なんです。もう、数でボコ殴りにしてしまいましょうや」


(はぁ、こちらにはどうやら脳筋どもが集まってしまったようです。相性は悪くないので良いのですが……はぁ……)


カロンは内心で、この脳筋の集まりにため息をついているが、油断は一切していない。

脳筋でもAランクなのだ。侮るべき相手ではない。

それに、彼はたとえFランクでも、依頼になった以上は手を抜かないような人間だ。


「まあ、いいでしょう。さあ、誰からでもいいのでかかってきなさい。相手をしてあげましょう」


「はっ、じゃあワシが先制をかけるから後に続けお前らぁ!」


ザザが号令を出すとともにその太い脚から、重い一撃を加えるべく、踏み込む。

それを見たカロンは即座にコートから麻痺毒の瓶を取り出し、まっすぐに投げる。

何度も言うが、ザザはAランク冒険者なのだ。投げられた瓶を不用意に割るような真似はしない。

走りながら左の手で払いのけたとき――

七三分けの男は黒い布を被っていても分かるほど、不気味な笑みを顔に浮かべた。


それから間もなく、ザザは徐々に減速する。獲物である両手斧は手から落ちかけている。

そして、ついにはカロンの目の前で、倒れ伏してしまった。


そう、これこそがカロンのスキル【感染】。

毒の調合、錬金を極めた彼が手にしたスキルである。

彼が作るすべての毒は、手が一ミリでも触れてしまえば、一瞬で体中を蝕んでしまう。

ザザが触れた瓶の表面には、毒が塗りたくられていたのだ。


【感染】を持つカロンは、このスキルの効果を受けない。

そればかりか、受けるおおよその毒の効果を消し去ってしまうのだ。

とても強力なスキルだと言える。

だが、弱点はある。毒が致死性を持てば持つほど、感染力が下がるのだ。

即死毒などは、よっぽど瓶をべったり触らない限りはかからない。


「おやおや、どうしたんですか?こんなことで倒れていたら、リーダー失格ですよ?」


「ぐ……ぐううううぅぅ!」


ザザは悔しそうにうなるが、体は言うことを聞かない。

そこで、脳筋二号こと、ザザと同じパーティの新人の一人、ブロンクスが走り出す。


「おっさんから離れな!貴族風ののっぽ野郎がよおおおぉ!」


「ああ、脳筋は本当に相性が良いですが……やはり華やかさに欠けますね」


カロンは土の魔法を発動し、ブロンクスの足元の土を隆起させ転ばせ、地に伏させたあと、ザザと同じように麻痺毒瓶をぶつける。


「う、ががが……じびれる……!」


「くそ、あの脳筋二人はなんの考えもなしに特攻しやがってぇ……!」


パーティ内の紫髪のショートソードのみを構えている女がぼやく。


これは、確かに冒険者側の不注意もあるのだが、圧倒的な経験差により生まれる差でもある。

冒険者は魔物討伐を稼業としている者が多い。

つまり対人経験など、皆無に等しいのだ。あったとしても酒場での喧嘩くらいのものであろう。

足元に発生した土魔法に対応できなかったのも、その冒険者の性質に準じるものが大きい。

魔物はこんなに巧妙な手を使うことはないのだ。

故に脳筋でもAランクに上り詰めることができる。いや、逆に脳筋の方が上り詰めやすいと言っていいだろう。


「後ろの三人はそこに転がっている無能どもとは違うようだ。是非、私を楽しませてくれたまえ」


戦慄を呼ぶ、殺気の籠った鋭い声で、カロンはそう言い放った。

即座に雰囲気、そしてカロンの纏うオーラが変わる。

ここからが本番だということが、嫌でも伝わってくる。

この二人は魔物しか相手にできないような者だと見抜き、前座としか考えていなかったのだ。




こうして、暗殺者と冒険者の静かな戦いが、幕を開けた。






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