◆4 模擬戦
「ジルはどんな武器を使うの?」
「あー、たぶん短刀二本……かな」
袋に入れられていたので、たぶんそうだろう。
アリエルは、端にある木箱から、木でできた短剣を二本取り出し、こちらに投げた。
サイズは袋に入ってた短刀とぴったり同じだ。
「あれ?アリエルの武器は?」
アリエルは木箱から自分の武器を持ってこなかった。
「ああ、あたしは格闘主体なんだ。気にしなくていいよ」
なるほど。まあ、あの体術で格闘主体じゃないほうがおかしいか。
「よーし、じゃあ本気でかかってきて。あたしは少し手加減するから」
頭に血が上る。
舐めやがって。僕の目は鋭くなった。
そこでハッとする。
挑発されたんだ。落ち着け、僕。
「一泡吹かせるくらい本気を出さなくてもできるさ」
これは半分自分に向けて言った。余裕を取り戻すためだ。
「ほんとに?」
返事をせずに、僕は走り出す。アリエルは即座に構えをとった。
近距離に入ると同時に、速度を一瞬で消し、相手の上を通り過ぎるように飛ぶ。
後ろに回ったところで、背中を二発蹴る。が、二発とも腕で防がれる。
蹴った反動で少し距離を置いて着地した僕は、短剣を持ったまま手を前に構え、魔法をイメージする。
あの時僕に向けて放たれたものをそのまま放つ。
四つの火球だ。
魔法を打つ感覚はなぜか体が知っていた。【全知全能】の力だろう。
放たれる――!
アリエルはその魔法を、前進しながら低空で飛び、体をひねることで躱した。
着地した後も、速度は全く死んでない。こちらに向かってくる。
アリエルの顔にはまだ余裕がある。
だが、あんまり慢心すると、痛い目見るぞ?
彼女が目の前にきた瞬間、僕は右の短剣を横に振る。
右腕が痺れた。弾かれたのだ。短剣が宙を舞う。
だが、それは構わない。本命は左だ。
左から右に、これも水平に振る。
彼女は僕を戦闘経験など全くない素人だと思っている。
実際そうだ。それを、逆手に取る。
恐らく僕が無策に二連撃を繰り出しているように見えているだろうが、それは違う。
短剣の軌道上に腕がおかれる。普通なら防がれる。
そこで、僕は腕を目いっぱい伸ばし、手首をしならせ、短剣を投擲した。超近距離での投擲だ。
彼女の腕をかいくぐらせるために、僕の手首は彼女の腕を超え、彼女の頭の真横にある。
彼女は突然真横から来た攻撃を躱す。これには驚いたみたいだ。顔からは張り付いていた余裕が消え去っている。
だが僕の攻撃は終わらない。
僕の体は、左足を軸に一歩前に出ていた。
そのまま右足を大きく踏み込み、投擲された短剣を右手で回収する。
殴られた痛みと痺れは消えている。アドレナリンのせいだろう。
その勢いのまま、斜めに振り下ろす―—掠った。
あの状態で掠るだけなんて、なんてバケモノだ。アリエルは大きく後ろに飛び、肩に少し掠っただけだった。
「今のはヒヤッとしたよ。それに魔法も使えたなんてね」
「魔法は初めて使ったよ。今まで使ったことなんてなかった」
「へぇ?やっぱり本物の天才だったってわけだ」
彼女はそうやって笑う。しかしその顔には先ほどまであった余裕と穏やかさは微塵も残ってない。
少なくとも僕を敵と認識してくれたようだ。
「よし、ここからはあたしも本気でやろう。ジルを侮ってたらやられそうだからね」
「ああ、こっちも侮ってもらったら困る」
そう言いながら、僕は落とした短剣を拾う。
「さて、じゃあ行くよ」
僕は何が来てもいいように構えをとる。
彼女はまた、一瞬で僕の目の前に来る。
だから、ワンパターンなんだよっ!
彼女の動きに合わせて突きを放つ。
だが、空振りだ。
目の前から消えた。どこだ、どこに行った。
そこでやってくる激痛。
背中を殴られた。後ろに回り込まれていたのか。
僕はよろけながら前に数歩進み、後ろに振り返る。
既に左の拳が向かってきている途中だった。
咄嗟の判断で地に手をつきながら、右に走り避ける。
だめだ、一度距離をとって――
「距離なんてとらせないよ?」
僕の目の前には、寸止めされた右ストレート。
くそっ、また負けた。今度は地力の差だ。スピードで負けた。
どうやら僕が走った先に回り込まれていたらしい。
「うん、ジルはきっとあたしなんかよりずっと強くなる。鍛錬に励むようにね」
先ほどまでの真剣な顔つきではなく、にっこり笑顔で言った。
「ああ、いつかアリエルを絶対に超えてみせるよ」
僕はふてぶてしく言ってやった。