◆3 天才 そしてギルド長
「な、な、暗殺者ギルドなんて入るわけないだろ!」
「いやぁ、だから無理矢理連れてきたんじゃん」
女は何でもないように言う。
「ああ、言ってなかったね。あたしはアリエル。よろしくね」
「あ、えと、ジル=オルクスです」
あ、つい名乗っちゃった。まあ大丈夫か、路地裏で名乗ったところ聞かれてたみたいだだし。
「うんうん、じゃあ今から登録をしに行こうか」
「いや、だから――」
「逃げることはできないよ」
えっ。僕の体はその一言で凍り付いた。
なんだよそれ。理不尽じゃないか。
「構成員であるあたしの顔を見た時点でもう死ぬか加入するかの二択しかないんだよ。それに悪いようにはしない。直接手を下すのが嫌なら拉致、尋問、毒調合の任務を多く与えるし、このギルドに住むことも許可される。衣食住保証された上に給金まで入る。悪くはないでしょう?」
「それでも……人を殺す奴に手を貸したくない」
「そう。でもよく考えて、これを受けなければあなたは死ぬことになるの。拉致してきたあたしが言うのもなんだけど、人生を棒に振りたくはないでしょ?」
そう言い、アリエルと名乗った女は踵を返し、部屋を出た。
なんだよ、また、拘束されるのか?
いや、違う。この世界では力は正義。なら力をつければいい。ゆっくり、着実に。
僕がこの手でギルドを潰すんだ。
それまでは従順な振りをしていよう。
いつか、機会は訪れる。
この時の僕は、そんなことを考えていた。
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僕はあのまま部屋を動かなかった。勝手に歩き回るのもどうかと思ったのだ。
それに、蹴られた腹も痛かった。
そういうことで、僕は数時間ベッドにこもっていたわけだ。
ガチャ。
扉が開く。入ってきたのはアリエルだ。手には水晶と、白紙のカードのような物を持っている。
「おお、顔つきが変わったね。受け入れてくれるのかな?」
「どうしようもないと思って。このまま拒否し続けていたら殺されるんだろう?そんなのは嫌だからね」
アリエルは、うんうん、と腕を組み頷く。水晶とカードは既に僕の隣のベッドサイドテーブルに移されている。
「じゃあ今から加盟作業をしようか」
アリエルは説明してくれた。どうやらこの水晶は僕の情報を書き出すもので、カードは記録するためのものらしい。普通は冒険者ギルドに置いてあるものだけど、暗殺者ギルドでも必要だということで、盗賊ギルドに依頼して盗ませたらしい。
僕は水晶に手をかざす。
水晶が曇り、何か文字が移る。
そこに、アリエルが白紙のカードを重ねる。
するとカードが一瞬発光し、白紙ではなくなっていた。
すごいな、どういう仕組みなんだ。
「このギルドでは箔をつけるために必ず二つ名をつけるんだ。君にも今与えよう。そうだな、さっきの格闘はセンスだけで戦ってたみたいだし……天才でいいだろう」
そう言い、僕にカードを手渡した。
名前:ジル=オルクス
二つ名:天才
種族:人間
歳:17
加護:なし
スペシャルスキル:【全知全能】【即死回避】
スキル:【格闘術+】
「普通の身分証と変わらないから、門の通行でも使える。ああ、でも逃げようとしないでよ?捕まえるの面倒だから」
「逃げないよ。死にたくはないからね」
「そうだといいけど、ね」
アリエルは僕の心の内を読んでいるような、そんな笑みで言った。
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今はアリエルと廊下を歩いている。
ギルド長と顔合わせのために、奥の部屋へと向かっているのだ。
しばらく歩いていると、前から高身長で、口元に鉄マスクをしている人が歩いてきていた。
「やあ、ネレイド。この子が新しい構成員のジルだ。ジル、彼は影潜みのネレイド。ギルドの中でも上位に位置する実力者だ」
「ネレイドさん、よろしくお願いします」
「……ああ、そうだな。よろしく頼む」
小さい声でそう呟き、ゆっくりと去っていった。
「彼は寡黙なんだ。悪気はないから安心して」
「う、うん」
ネレイドさんと自己紹介をした後、しばらく進むと、つきあたりの部屋につく。
どうやらここがギルド長のいる部屋らしい。
アリエルがノックをする。
中からどうぞ、と声が聞こえたので入る。どんな人なんだろう。
「アリエルちゃん、いらっしゃい」
「ギルド長、彼が話していたジル=オルクスです」
「ふーん。君がか」
笑顔で言って、ギルド長と呼ばれた人は僕を下から上までざっと見た。
ギルド長は、身長百四十センチで、まっすぐな金髪を腰まで伸ばしている。
うん、幼女だ。
これが異世界パワーか。こんな幼女が暗殺者ギルド、それも長をしているなんて。
「私はレア、ギルド長をやっている。ああ、でも畏まらなくていいよ。フレンドリーに接してくれ」
「あ、はい。わかりました」
「うん、よろしい。じゃあまずは戦闘訓練かな?彼はまだ経験が足りないようだし」
「そうですね。才能はピカイチですので、一か月ほどでものになるでしょう」
アリエルが答える。それだけ期待しているってことだろうか。
「おお、それは素晴らしい。是非ともこのギルドに貢献してほしいものだね!」
「はい、早く役に立てるように頑張ります」
会話を終え、退室した後、僕たちは訓練所に来ていた。このログハウスの真下に位置する、所謂地下室ってやつだ。かなりの広さで、壁なんかは一切ない、平らな場所だ。
アリエルは準備運動をしている。
さっそく訓練に入るらしい。
「ジルはまあ、基礎的な要素は足りてるようだから、ひたすら実戦かな。とりあえずあたしと模擬戦してみよっか」
はぁ?またやるのかよ!さっきボコボコにされたばっかりじゃん!
そう思いながらも、模擬戦をする事実が覆ることはなさそうだった。