◆1 重なり そして格闘
目を開けると、そこは薄暗い街の裏路地だった。
周りには誰もいない。どこだここは。
そう思い、僕は歩きだそうとする。
すると、手に袋を持っていることに気づいた。
あーっと……まずは装備確認したほうが、いいよな。
袋を開けてみる。中に入っていたのは銀貨が五枚と、鞘と刀身が黒に染まった、鍔の付いていない短刀が二本だ。
あと、薬のようなものも入っている。
うーん、よくわからないな。この世界は短刀を常備しておかないといけないほど危険なのか?
怪物がでてくるとか?
考えていても仕方ない。そう思い僕は路地裏を抜け出すべく歩き出した。
「ヒッ、や、やめ、やめてぇぇえ!」
二つ曲がり角を曲がったあたりだろうか、道の先を見てみると、見るからにひ弱な男が、借金取りでもしてそうな男たちに囲まれ、殴られていた。
僕は固まってしまった。もう思い出したくもなかった前世を、いきなり思い出してしまった。
種類は違うが、これもイジメ、のようなものだ。
不快な気分になる。
そして、僕には一度自分と重ねてしまったその人を見捨てることはできなかった。
「なに、やってるんですか?」
少し低い声で言う。すると殴っていた奴らがこっちを向き、わけのわからないことを言い出した。
「はっ、誰だかしらねぇが、ケチつけんじゃねぇ。こいつは俺様の足を踏みやがったんだ。許されるわけないだろう」
は?
再び固まる。そして、男の言った言葉の意味を少し遅れて理解した。
何を言っているんだコイツは。怒りがふつふつと湧き上がる。
手に力がこもる。
「止めましょうよ!その人も謝ったんでしょう!?」
「あああ!?謝った程度で許されるわきゃあねぇだろぉ!おいお前ら、こいつもぶっ殺せ!」
リーダーのような男は荒れた声で他の男を僕のもとに行かせる。
あああ、どうしよう!喧嘩なんてしたことないぞ!僕は!
そうやって焦っている僕だが、後悔はしていない。ここでこの人を見捨てるより、一緒に殴られた方が何倍もましだ。
向かってきた三人のうち、一人が僕に殴りかかる―――
えっ?
拳の軌道がわかる、どう躱せばいいのかわかる、どう反撃すればいいのかわかる。
僕は咄嗟に頭だけを左に逸らし、男の右ストレートを避けた後、男の脛を蹴る。
躱されるとは思ってなかったのだろう。重心がずれ、大きく踏み込んだ左足はつま先立ちになり、体が少し浮いていたのだ。そこに蹴りが来る。そんな態勢で躱せるはずもなく、足払いされた男は頭から床に激突した。
恐らく気絶しただろう。
「なっ、よくも仲間をやってくれたなあぁぁぁああああ!」
残り二人がそれぞれ右と左から襲い掛かる。僕はしゃがんで二つの拳を避け、立ち上がる勢いで右の男の顎にアッパーをいれ、左の男の頭を綺麗な右のハイキックで蹴り飛ばした。
「な、なんだとぉ……!?」
リーダー風の男が言う。
僕も自分の行ったことが信じられない。
これがスキルの力なのか……?
「くそったれぇ!あいつらの仇だぁぁああ!」
奴も突っ込んできた。
僕は姿勢を低くし、距離が三メートルも満たくなったところで、一気に踏み込む。
相手の目には僕の姿が消えたように見えただろう。ただでさえさっきまでの僕の淘汰を見ていて緊張しているのだ。そんなときに捉えづらい下方向、それも高速の移動。自分で言うのも何だが見失わないとは思えない。
そして、僕は相手の顎にすかさず掌底を入れる。身長差が十センチ近くあったのと、距離が縮まりすぎていたのもあり、仰角六十度くらいで放ってしまったが、十分威力が乗ったようで、相手はほんの数秒宙に浮き、そのまま僕に足を向ける向きで、倒れた。今は白目を剥き、泡を吹いている。
「あっ、あの!ありがとうございます!」
ヒョロヒョロな男が、服についた足型を落としもせずにお礼を言ってきた。
あれ?僕、なんか涙が……
「えっ?どうされました!?」
「い、いや、すみません。感謝されるなんて久しぶりで……」
服の袖で涙をふく。僕の言葉を聞くと、その男の人はホッとしたような顔をした。
ああ、恥ずかしいな。泣いたのも久しぶりだ。
僕が落ち着いたのをみて、男は話し始める。
「少しドジをしてしまって……あの男を怒らせてしまったんです。奴はあれでもCランク冒険者で――ああ、申し遅れました。Dランク冒険者をしている、ケインです。改めて、助けてもらい、ありがとうございました」
ケインさんは頭を下げる。
「ところで、ここはどこなんですか?僕、気づいたらここに居て……」
「え?えっと、ここはアルバ帝国の帝都、ラートですよ」
「あ、は、はい。そういえばラート?でしたね!少し記憶が飛んでたみたいで……ははは」
「そ、そうですか?記憶が戻ったようで何よりです」
クソッ!僕は馬鹿か!気づいたらここに居て、って怪しすぎるだろ!
うう、でも何とかごまかせたようだし、ここがラートと言う場所だということも分かった。
まあ、いいだろう。少し変に思われたかもしれないけど。
「えっと、お名前はなんていうんでしょうか?教えていただけないでしょうか」
「あ、僕の名前はなる……」
あれ?僕って成宮零でいいの?世界観に全く合わないような気がするんだけど。
そうやって困っていると、頭にふと名前が浮かぶ。
ジル=オルクス
自然と、僕の名前だとわかった。なんだろう、しっくりくると言うか、妙に確信がある。
神が僕にそう思うようにしたのかな?
「ジル=オルクスです」
「ジルさんですね。ジルさんはお強いですが、冒険者なんでしょうか?」
「ぼ、冒険者?」
僕が冒険者を知らないとみると、ケインさんは、説明をしてくれた。
なんでも、所々から集まる依頼を解決する、なんでも屋のようなものらしい。
ただ、普通の便利屋ではなく、この世界独自の魔物という怪物を討伐する、と言うのが主な方向性のようだ。
あー、なるほど。納得した。短刀が入っていたのは、つまりそういう意味だろう。
魔物に襲われるかもしれないのだ。さっきの男たちが素手で殴りかかってきたから、喧嘩で刀を使って殺すまでやる、みたいなおかしな世界じゃないようだし。
ケインさんはかつてAランク冒険者に助けられて以来、ずっと冒険者に憧れてきていたらしい。
今は、冒険者になって三年目で、Dランクという階級で頑張っているらしい。
ちなみにケインさんは二十一だ。十八から冒険者になった、ということだな。
「ジルさん、あなたも冒険者になってみませんか!あなたならきっと大成します!」
冒険者かぁ、なんか危険そうだな。僕はどこかで安全な職業、それも商人か何かをやりたい。
断ろうと思って声を出した、
「すみませ――」
その時。
「いや、その子は冒険者にするには惜しい存在だ。あたし達のギルドに来てもらおうか」
どこか陽気な声が聞こえてきた。上からだ。
シュタッ。
上から降ってきたのは僕より数センチ身長が低い、少しツリ目な女性だ。髪は自然な赤で、腰の少し上くらいの長さであり、顔の内側に向かった癖毛である。若い女性で、豊満な体をしているが、妖艶な雰囲気はせず、サバサバしているように見える。胸周りに毛皮を加工したものを巻いており、ヘソ出し。そして下半身には、その長い脚の端まで届く少しゆったりした白色のズボンをはいている。
その美人な顔には、どこか確信に満ちた笑みが浮かんでいる。
僕に近づいてきた。
「身長約百六十七センチ、ここじゃ珍しい黒髪、それもあたしと同じくせっ毛、そして透き通る青い目、可愛らしい童顔。完璧だ。あたしの弟分で決まりだわ!」
「は?弟分って――……!?」
弟分だとかなんだとか言いながら近寄ってきた女性は、自然体で僕の隣まで歩いて、首を手刀で狙った。
だが、僕もいきなり現れた人に気を抜いていたわけではない。
その手を右手でパシッとつかんだ。
いや、本来なら気を抜いていなくとも受け止めることはできない。
これもスキルとやらの力だろう。
「へぇ、驚いた。あたしの手刀を止めるなんてねぇ。こりゃあ本気で一発入れてお持ち帰りしますか」
「くそっ何が何だかわからないけど、やってやる!」
ああ、なんでいきなりこんなに面倒ごとに巻き込まれるんだ!
三章から書き方を少し変え、会話文多めにしました。意見があれば、元の書き方に戻します。
作者は格闘技なんて素人ですので、おかしい点がありましたらご指摘ください。