◇19 奈落
満面の星空の下、焚火を囲うものが三人。
傍には高そうな魔法具がおいてあり、魔物を寄せないように結界をはっている。
その三人とはもちろん、俺、ラルフ、ミルのことだ。
今は食事を終え、寝る前の談笑の時間、と言うわけだ。
「あー、今日も歩いてばっかだったなぁ」
ラルフがそんな言葉をこぼす。
仕方がない、なんせ三日間も歩きっぱなしなのだ。
魔物ともあったが、ほんの数回。きちんと舗装された道には魔物は寄り付かない。
だが、今日で折り返しだ。あと三日で王都につく。
ちなみに俺らは急ぐ用事もないので、安全なルートを通っている。東周りで南に向かう、遠回りのルートだ。
俺らがよく行っていた森を抜け、その先にある山を二つ超えて王都に行く猛者もいるらしいが、とても俺らにはできそうにない。
「なぁ、王都に着いたら何したい?」
「ワタシは美味しいものがたくさん食べたいぞ!」
「ああ、そうだな。美味いものが食いたいというのはオレもだ。珍しく意見があったな」
「ははは、二人とも食いしん坊だもんな」
二人はよく食べる。いや、ミルはまだ常識的な範囲なんだが、ラルフはとても常識的とは言えないくらい食べる。それも、食べ盛り、じゃ言い表せないほどだ。
ただ、少ない量でも満足はできているみたいで、食べさせたらいくらでも食べるけど、一般的な量でも問題はない、と言った感じだ。
「ギルはどうだ?」
「えっ、俺?」
うーん、考えたことなかったな。いろいろな施設があるから漠然と行きたい、とは思ってたけど、具体的に何をするかは特に考えてなかった。
でも強いて言うとしたら……
「魔闘技大会に出たい……かな」
魔闘技大会とは、トーナメント形式で魔法のみを使い一対一で戦い、勝ち負けを決めるものだ。
優勝者には莫大な金額と、名声が与えられる。
本気だけど殺し合いではない試合を、一度してみたかったし、今の自分の力がどの程度通用するのか試したい。
そして、勝てば賞金ももらえる。最高じゃないか。
地球にいた頃はこんなことは考えなかっただろう。
だが、この世界にきて、ラルフやミルという仲間を作り、一緒に過ごすうちに心まで若返ってしまったようだ。
でも、それが心地いい。
こんなに"今"を楽しく思えたのはいつぶりだろうな。
「ん?おい、なんか音が聞こえる。魔物かもしれない」
突然ラルフが言う。耳を澄ますと、
ドシン……ドシン……
かなりヘビーな音が聞こえてきた。まるで、恐竜の足音のような……
直後、俺が展開していた結界が割れた。
まじかよ、俺の中の最大級の魔力を注いでいるはずだ。そう簡単に壊れるものじゃない。
俺らは何が来てもいいように中腰になる。さっきまでのゆるい雰囲気は既に消えており、みんな真剣だ。
結界を出す魔法具も回収しておく。また魔力を込めなおしとかないとな。
数秒後、体長二十メートルはあろう、大きな竜が近くの森から顔を出した。
「……ッ!走れ!逃げるぞッ!!」
俺の声で三人同時に走り出す。俺たちの焚火に気づいたその竜は、こちらに向いた。
幸い森とこの街道は二百メートル近くは離れている。
今のうちに距離を稼ごう。
竜には、翼はついておらず、四足歩行だ。地竜、そんな名前が頭に浮かんだ。
別に知っていたわけじゃない。直感的にそう感じただけだ。
森と正反対に逃げているが、俺たちが入っていくのもまた森だ。
街道は左右森に挟まれていたのだ。
街道ら丁度離れるような方向に走り出した俺たちは、今は木々の間を走る。
ミルがついて来れていない。そりゃそうだ。俺は魔法主体だが、体もある程度は動かせるし、ラルフは言わずもがな。
それに対し、ミルは純粋な魔法使いだ。
俺はミルをひょいと脇の下に抱える。小さいから軽い。
「ふぇっ?」
ミルが驚いて変な声を上げたが、無視だ、無視。
後ろからはバキバキバキ、と言う木の折れる音が聞こえる。
もう森に入ったのかよ!早すぎる!
「ラルフ!スピードだすぞ!」
「ああ!」
俺らは短く言葉を交わす。
直後、俺は身体強化を発動させる。
加速する。先ほどの二倍の速度はあるだろう。
ラルフも俺の隣を走る。さっきまでは、俺とミルのスピードに合わせていたのだ。
実はラルフ、かなり早い。
木がない、開けた場所に出た。目の前に小さな洞窟がある。
やった!助かった!
そう安心した途端、後ろから大きな音が鳴り、地竜が出てくる。
おいおいおいおい、早すぎるだろ!
洞窟まではあと百メートル。地竜までの距離は二百メートル。
間に合え……!俺とラルフは必死に走る。
あと五十メートル。地竜は百メートルまで迫っている。
あと二十五メートル。あと少しで地竜の射程圏内だ!
「大人しく下がってろ!このトカゲ野郎!!」
俺は後ろを振り向き、地竜の目に向けて雷を放つ。
よし、命中!地竜が立ち止まり、目をつぶりながら咆哮し、暴れる。
「今のうちだ!洞窟に走るぞ!!」
ズザァッ
洞窟の入り口は狭かったため、スライディングで入る。
ふう、助かった。九死に一生を得たな。
ラルフもほっとしたような顔をしている。とりあえずずっと抱えていたミルを下す。
「助かったのだ!正直走るのは慣れてないからな!」
ミルが全く緊張していない様子で言う。
どうやら俺とラルフを信頼して、必ず逃げ切れると確信していたらしい。
「ん?なんだこれ……!?」
俺がミルを降ろして数秒経った後、俺たちそれぞれの足元が、いきなり光りだした。
それは、魔法陣のようだった。
なんだ、なんか嫌な予感がする!
そう思ったときには、既に空中に放り出されていた。
やばい、やばい、やばいやばいやばいやばい!!!!!
高さは恐らく五百メートルを超えている。
周りが壁であることを見るに、どうやらまだ洞窟の中らしい。
何が起こったのかはわからない。わかるのは、足元光ったのは罠による転移かもしれないということと、俺の近くにはラルフとミルはいないということ。
そして自分が落下していること。
くそっ!どうすればいい!?このままじゃ確実に死ぬぞ!!!
俺は落ちながらも必死に考える。
だが考えは浮かばない。
地上まで残り三百メートル。気絶しないのは恐らく、無駄にハイスペックなこの体のお陰だろう。
いや、ハイスペックさなんて、今はいらない。
そう、鳥のように翼でもあれば……
そうだ!翼があればいい!!
俺にはそれを可能にする、魔法という力がある!
こんな状態で集中なんてできるはずがない。でもしないと死ぬ。
あのダンジョンでの光景と同じだ。
しないと死ぬ。したら助かるかもしれない。
そう考えた瞬間、自分を上から見下ろすような視点になった……気がした。所謂三人称視点だ。
集中しすぎてどうにかなったんだろう。
イメージは鳥。……いや、違う。
鳥の翼のような複雑なもの、魔法じゃ再現できない。
いや、そもそも、魔力を皮膚や骨などの生物の一部に変換することはできない。
できるのは火や水などの事象だけだ。
イメージ……イメージが浮かばない……!
俺はそこで、ふと気づく。
神の姿は光の集合体のようなものだった。
その光は光源としての物ではなく、不思議な物質。
だが、確かに実体があるように見えた。
つまり、科学的な光とは全くの別物。
恐らくこの世界独自のものだろう。
一度、目にした俺なら再現できるんじゃないか?
思いだす。
この世界に来たときの、神の動作を、すべて、鮮明に。
神の体には、確かに実体があった。ならば触れることはできるし、揚力も生み出せる。
翼の形にしてしまえばいい。
そもそも俺は神のことを集合体ととらえたのだ。
もし、集合体ではなく、あれそのものが神だったら、事象ではないため変換は確実にできない。
でも、神の体が事象の集合体ならできる可能性もある。
俺は、その何かが魔力で変換できる事象であることに賭けることにした。
やらずに死ぬくらいなら、やってから死んでやる。
イメージするのは光の翼。
神を形作るあの光を魔力で変換できる物質だと仮定する。
神の動作から、実体があり、光源にもなると判断。
そして作り出すエネルギーを翼の形に変換する。
そう考えた瞬間、俺の背中に、大きな、神の体と同じ光の翼が顕現した。
地上まであと百メートル。俺は慌てて魔力を操作し、翼をはばたかせる。
何とか減速をし、無事に地面へと降り立った。
だけどそこは、とても人が生きていけるような場所じゃなかった。
要するに神の体は、火と同じような事象の集合体だったというわけです。
もう少しわかりやすいように改稿するかもしれません。
次回から新章になります。
登場人物がガラッと変わりますが、何卒よろしくお願いします。
※◆マークの話は飛ばしてもついていけなくなる訳ではありません。気になったときにでも遡って読んでください。