◇18 装備新調 そして旅立ち
朝が来た。
昨日は、これまでの二週間の成果のおかげで、Dランクに昇格することができた。
大体のEランク冒険者が三週間でDランクまで上がるので、俺らは特に逸脱しているわけではない。
だが、不満はない。確かに人より優秀になり、賞賛されるのもいいが、ラルフとミルの二人を入れた三人の旅は平凡でも楽しい。それだけで俺は十分だ。
日課の魔力鍛錬を終える。
すぐに汗を拭き、食堂へ向かう。ミルはともかく、ラルフは既に食堂にいるだろう。
俺は二階から一階へと、階段を下りる。
ここに居るのもあと少しだ。街の防具屋によった後、今日の昼には街を出る。
俺は少ししみじみとした気分で食堂の扉を開く。
やはりラルフは既に来ていた。俺とミルを待っていたのだろう、飯を食わずに、だがどこか寂しそうに宿の中を見ている。
「ラルフ、寂しそうだな」
「ん?ああ、ギルか。おはよう。そうだな、少し寂しいかも。なんたってこの街にきてずっと世話になってたからな」
ラルフはそう言う。
「また、戻ってこよう」
自然と口が動いていた。ラルフは少し驚いたような顔でこっちを見た後、いつもの元気な笑顔をこちらに見せ、
「ああ、そうだな!」
と、そう言った。
しばらくして……
ドタドタドタ!
っとミルが下りてきた。
「おはようなのだ!今日から王都に向かうんだろう?ワタシ、とても楽しみだ!」
ミルは来て早々、興奮したように言う。よく見ると、薄っすらとクマができている。本当に心待ちにしていて、眠れなかったようだ。遠足前の小学生かよ!
と、そこで周りの人の少し迷惑そうで、イライラとした視線に気づいた。
そりゃあそうだ、寝起きが悪い人もいるし、さして悪くない人でも、朝からこんなに騒がしかったらイライラする。
俺はミルを注意しておくことにした。
「こらこら、ミル、ほかの人もいるんだ。行儀が悪いぞ」
そういうと、ミルは周囲を見て、視線に気づいたのだろう。少しシュンとして、周りに向かって軽く頭を下げ、席に着いた。
三人揃ったのでこの宿での最後の食事を摂る。
今日は腸詰がなく、黒いパン、スープ、チーズだった。
だが、今日の朝飯はなんだかいつもよりおいしく感じた。
食事を摂り終わり、宿の女将さんにまた来ます、と一言挨拶をし、外に出る。
ああ、いい宿だった。きっといつか、戻ってこよう。
—————————————————————
俺らは街の防具屋につく。前に冒険者が、ここの店がよい、と話すのを聞いて気にかけていたが、大した貯金もなく冷やかしもまずいだろうと遠慮していた店だ。少し古い外見だが、隅々まで綺麗に掃除されており、清潔感を保っている。
俺らは店の中に入る。カランカラン、とベルが鳴る。
すると聞いたことのある、野太い声が聞こえてきた。
「いらっしゃい!……って、おいおい、誰かと思えば雷光じゃねぇか!」
なんと、店主はガーゴイル撃退の時に合った、禿げたおじさんだった。
「おはようございます。ここで店をしていたんですね。他の冒険者が噂をしていたので立ち寄りました」
「おお、噂してくれてんのか、うれしいじゃねぇか。俺の名はビリオムってんだ。よろしくな。で、今日は何しに来たんだ?」
「ああ、旅に出るので防具を買いに来ました」
そういうと、ビリオムさんは、なるほど、とつぶやき、店の奥に入っていった。
すぐに戻ってくると、手には三着の服を持っていた。これは俺、ラルフ、ミルのだな。サイズで分かった。
冒険者は基本、服を下に着る軽装が多いのだが、敵の攻撃で破ってしまうことも多いため、普段着と戦闘用の服を分けている。戦闘用の服は、なにか特別な素材を使っているようで、少し斬れずらかったりする。
「電光、硬貨はどのくらい持っている?俺の店のおススメはこの三着と、そこに立ててある鉄の腕当て、鎧、足当てのセットだ」
そう言って、近くにある防具を指さす。それは、とても軽そうだが、急所を最低限守れるようにできている、重装備を着ない俺とラルフにはぴったりだろう。ミルは完全に後衛で、直接戦うことはないので今までのローブで十分だ、とここに来るまでに言っていたから、さっき見せてもらったおススメの服だけ買って、鉄の装備は買わない。ちなみに硬貨は、俺が現在、金貨一枚、大銀貨三枚と銀貨四枚、ラルフが大銀貨九枚、ミルが金貨一枚だ。ミルは、冒険者になる前に持っていた分もあったのでそれなりに持っていて、ラルフはこの二週間で、狩りを含めて依頼でたくさん稼いでいた。そして、何故俺がこんなに持っているかと言うと、ガーゴイルを撃退した報酬が、冒険者ギルドを通して、領主から渡されたのだ。装備を買いに来ようと思った理由の一つである。それぞれ持っている硬貨を伝えると、ちゃんと全員、服と鉄の装備を買うだけの硬貨は持っていることを教えてくれた。
俺は、鉄の装備をよく調べてみたかったから、ビリオムさんに聞く。
「触ってみてもいいですか?」
「ああ、もちろん」
俺は試しに鉄の胸当てを持ち上げる。うん、やはりとても軽い。これなら動きやすそうだ。
これを買おう、そう思ったとき一つの、深い青色をしたコートが目についた。
なんだろう、このコートからは魔力を感じる。この街の地面に埋まってる魔法具に似ているような……
そう思って聞いてみると、案の定、魔法具だった。いや、厳密に言うと魔法防具というそうだが、魔法効果のエンチャントされた防具らしい。効果は魔力総量上昇と斬撃耐性。
これだ!と思った。魔力の総量が上がってくれれば、純粋にたくさん魔法を使える。
幸い、値段を聞いてみたら、ギリギリ足りる金額だった。金貨一枚だ。そして、店を守ってくれたお礼だ、と大銀貨四枚分負けてくれた。四十パーセントオフだ。気前がいいな、ビリオムさん!
結局、俺はコートと服だけ、ラルフは服と鉄の一式、ミルが服と黒いローブを買った。
防具屋の部屋を借りて、その場で着替える。俺の服は上下真っ黒だ。その上に、この世界にきて、冒険の時にはいつもつけている胸当てをつけ、コートを着ている。
ラルフは、今までのような暗い緑の服の新品を着ている。少しデザインが変わってるな。こっちの方がかっこいい。もちろん、トレードマークの黒いスカーフもつけたままである。その上には先ほど見せてもらった鉄の防具をつけている。ラルフがいつにもまして強そうに見える。うん、かっこいいぞ。調子に乗るから言わないけど。
ミルは、新しいのを買った、と言っても今までとほぼ同じだ。変わったのはローブの形くらい。
ミルはともかく、俺とラルフは最初と比べて、ちょっと腕のいい冒険者みたいに見えるようになった。
満足だ。
「こんなにまけて貰って、ありがとうございます。助かりました」
「いやいや、助かったのはこっちだ。ガーゴイルが店を襲ってたら、今まけた金額の数十倍の損失をしてただろうからな」
そう言って、ビリオムさんは二カッと笑い、俺の頭を撫でた。
手がゴツゴツしてて、頭が痛い。
聞けば、ここの防具は、魔法効果の付いているもの以外自作なんだそう。そりゃあこんなに手がごつくなるわけだ。
「それでは、王都に行ってきます。防具、大切に使いますね」
「おう!くれぐれも無茶しないようにな。お前さん達なら大丈夫だとは思うが、死ぬんじゃねぇぞ」
ビリオムさんからの激励の言葉を受け、俺らは店の外に出た。
この数週間を過ごした街を眺めながら、まっすぐ門に歩く。
門につくと、依頼や、森に行くうちにすっかり友達になった好青年な門番会う。
最後の挨拶を手早く済ませ、また戻って来る、と一言いって、門を出る。
天気は良好、寒くないし、暑くない。最高の出だしだ。
さぁ、王都に向けての旅に出よう。
俺ら三人の足取りは軽く、希望で満ち溢れていた。
その先には危険な冒険が待っているとも知らずに。