◇1 エーオスの街 そして冒険者ギルド
心地よい風が吹く。
目を開くと、緑したたる大地が一面に広がっていた。
「おお……!」
胸が高まる。
いきなり日本では見ることのできないものを見た。
海外に行ってたら見られた光景かもしれないが、残念ながら俺は、海外なんて片手で数えるくらいにしか言ったことが無い。
素直に感動した。
これだけで異世界にきて良かったと思える……と言うのはさすがに浅はかだろうか。
でも、過言ではない。
風に揺られて、服がなびく。
そこで俺はいつものスーツを着ていないことに気づいた。
まぁ、当たり前と言えば当たり前だな。
俺、一回死んだわけだし。
よし、まずは装備の確認をしてみよう。
服は……灰色のシャツ(おそらく羊毛)の上に軽めの金属の胸当てが付いていて、下も長ズボンにブーツを履いている。
うん、なんか普通だな。
ゲームの初期装備みたいだ。
と、ここで手に袋を持っていることに気づいた。
中を見てみると――
「ショートソードとナイフと銀貨と……薬?ポーションの類かな?」
ショートソードは、小ぶりだが、非常に鋭利であり、切れ味が良さそうだ。見た目もシンプルで、かっこいい。
ナイフは恐らく動物とかの解体で使え、ということだろう。
少なくとも他に使い道は思いつかない。
そしてポーションと思われるもの。
手のひらに収まるそれは、中に透き通る、青い液体が入っている。
きっと怪我とかにいいものだろう。
危なくなったら使わせてもらうか。
入っていたのはこれだけだったので、袋の紐をキュッと締める。
確認は済んだ。
とりあえずまっすぐ進んでみるか。街道っぽいのも見えるし。
俺はゆるい下り坂となっている草原の中を歩く。
五分ほどで先程からチラチラと見えていた街道に辿りついた。
そこで俺はどちらの方向に進もうか迷う。
道は、俺から見て右から左へ一直線だ。
うーん、とりあえず右に進むか?
でも食糧とか持ってないし、道に迷ったら酷い目に合いそうなんだよなぁ。
そんな感じで立ち往生していると、運のいいことに馬車が近くを通りかかった。
道を訊きたいので、慌てて声をかける。
「あの、すみません。ここから一番近い街はどこにありますか?」
馬車の中から顔をのぞかせたのは、少々小太りだが、穏やかそうな人物だった。
いかにも商人って感じだな。
その人は俺の格好をみて、何か納得したように頷き、言った。
「冒険者さんですかな?街ならばあちらの方向に二時間ほど歩いたらエーオスという街がありますな。治安がよく、活気あふれる良い街です」
そう言って商人は馬車が今まで通ってきた方向を指さした。
ほう、治安がいいのか。
それは助かる。
海外に行ったら物が盗まれたやらなんやらよく聞いていたが、さっきも言った通り海外旅行なんてまったく行ってない俺には、対策なんて全く分からないからな。
ひとまず安心だ。
小太りな商人風の男は、続けて申し訳なさそうに言う。
「送って行こうと言いたいところですが、生憎反対方向でしてな。距離自体は近いので日が暮れるまでにたどり着ければよいでしょう」
通り道だったら送ってくれてたってことか。
優しい人だな。
いや、でも乗ってったら身ぐるみ剥がされて捨てられたりとか、そういう可能性もないわけじゃないな。
もし乗っけて行く、って言われても俺は何か理由をつけて受けなかったかもしれない。
そんなことでお先真っ暗になるなんて、さすがに嫌だからな。
「はい、教えてくださりありがとうございます」
俺は、そう言って頭を下げ、商人風の男と別れた。
それにしても、二時間か……きついかもな。
でも仕方がない。
どっちみち、異世界に来たからには慣れないといけないことだ。
二時間歩くかぁ……
―――
二時間は事務仕事でなまってる体にはつらいかなと思ってたら、さほどつらくなかった。
というか一回体がバラバラになってるんだから、これは新しい体でいろいろと変わっていたりするのかな?
よくわからん。
そんなことを考えていると門までついた。
遠くから街を見たときに分かったことだが、エーオスは規模が大きく、それに準じて門も結構な高さだ。
今は暇な時間らしく、商人が門を行き来しているといったことはないが。
「身分証になるものはお持ちですか?」
爽やかな感じの、右手に槍を持った門番の好青年が丁寧な言葉で尋ねてきた。
中々にイケメンだ。
結構モテるんじゃないか?
身分証は持ってないので素直にないと伝える。
「でしたら、銀貨二枚で通過できます」
俺は袋から銀貨を取り出した。
銀貨は全部で五枚入っていたので残りは三枚だ。
門番の好青年はそれを受け取り、二枚だけにもかかわらずしっかりと枚数を確認し、よく眺めた後に道を開けてくれた。
「はい、確かに。街に入りまっすぐに進むと、冒険者ギルドがあります。登録をしてカードをもらっておくと身分証になるので、冒険者志望でしたら登録しておくといいでしょう。なにかお困りのことがあれば私たちにご相談ください。ではどうぞ」
硬貨を眺めていたのは何だったんだろう?
もしかして、模造品を作る輩がいるとかか?
まぁ、俺のは神様にもらったものだから大丈夫だろう。
それにしても、冒険者か。
この世界にきてまだわからないことは多いけど、未知の場所を探索するのは楽しそうじゃないか?
ゲームとか、小説の設定の定番ともいえるしな。
悪くはないだろう。
とりあえず登録をしてやってみようか。
冒険者になることをとりあえず決めて、門番の開けてくれた道を通り、街に入る。
そこは商人の言うとおり活気のある場所だった。
メインストリートには様々な露店が開かれており、八歳くらいの小さな子供から日本では定年で退職しているような老人まで様々な人が商売に精を出している。
市場を見回しながら進む。
怪しげな薬もあれば男心をくすぶる大剣や斧が並んだ武器屋もある。
特に何かをしたわけでもないのに心が踊ってしまうな。
気になった店を見つけたら少し冷やかしたりもしながらまっすぐ進み、三十分経ったあたりでギルドっぽいところに着いた。
剣が二本交差しているマークが大きく描かれているのが特徴的だ。
俺がギルドの外で立ちすくんでいる間にもたくさんの人が出入りしている。
何故中に入らないかって?
だって、さっきから出入りしてる人、みんなゴツイんだもん。
怖くもなる。
そのあとも数秒間戸惑い、やっとのことで外にいても仕方ないと勇気を出し、中に入ろうとしたとき。
「お、あんたも冒険者か?」
話しかけてきたのはギルドから出てきた茶髪の青年。
先ほどから通っているゴツイ人じゃなく、ちょうど俺と同じくらいの身長で若い。
「オレも冒険者になったばかりなんだ、お互い頑張ろうぜ」
「え? ああ、そうだな。って、俺はまだ冒険者じゃないんだけどね」
「ん? そうなのか? じゃあ冒険者志願? それならギルドに入ってまっすぐのカウンターで登録できるぞ」
「へぇ、ありがとう。助かったよ」
「おう! じゃあ頑張ってな!」
そう言い、青年は去っていった。
明るい子だったな。
是非友達にでもなりたいものだ。
今のところ俺、ボッチだしな。
会話が終わってすぐ、俺はギルドに入った。
青年の応援もあってのことだろう。
あれだけ怯えてたのにすんなり入れた。
冒険者が荒くれ者というイメージがあったから、ギルドは汚くて荒れているところかと思ってたけど、割と綺麗だった。
正面に進んだらカウンターがあり、すぐ左には依頼のボードのようなものがある。
右には酒場のような休憩スペースだ。
人は……まぁ結構いるな。
とりあえずまっすぐ行ってカウンターに並ぶ。
あれ?
休憩スペースに座ってる人が俺のほうを向いて誰かと話してる。
俺、なんかおかしい?
それともテンプレか?
いちゃもんつけられたりしないよね?
そんなことを考えているうちに俺の番が来た。
受付は違和感のない青色の髪をショートに切りそろえた美人さんだった。
髪の色、元からなんだろうな。
街で見かけた人も、金髪、茶髪が多く、少数だが薄いピンクやきれいな青色もあった。
どうやらこの世界では髪の色は様々らしい。
でも黒はいなかったな。
俺は恐らく黒髪だけど、悪目立ちしないかな?
「えっと、冒険者登録したいんですが」
俺は受付嬢に話しかける。
ちょっぴり緊張した。
「はい、登録ですね。まず登録には銀貨が1枚必要になります」
すぐに銀貨一枚を袋から取り出して渡す。
ぽんぽんと銀貨出してるけど日本円でどのくらいの価値があるんだろうな?
そこも調べないと。
「では最初にランクについて説明しますね」
受付嬢は、銀貨をチラっと確認した後、ランクについて説明をはじめた。
要約すると、冒険者にはF,E,D,C,B,A,Sの七段階ランクがある。
Sランクの冒険者は英雄クラスで歴代で七人、Aランクは現在二百人ちかくらしい。
Aランク四人のパーティで下級竜を討伐できる実力だそうだ。
下級竜がどの程度の強さかわからないから比較のしようがないが。
自分と同ランクの依頼までしか受けることができない仕様で、Fランクは十五回依頼をクリアするとEに昇格。
EランクからDランクは二十回、DランクからCランクは二十五と、Aランクまでは五刻みの回数で上がっていくが、Sランクは特別な功績を上げたものが到達できるらしい。
依頼失敗についても同じように説明があった。違約金が発生し、五回失敗することでランクが一つ下がる。
失敗しないように気をつけなきゃな。
「ではカード作成に入ります。少々お待ちください」
受付嬢が頭を下げ、奥に行ったと思ったら、水晶のようなものを手に抱えて戻ってきた。
「これに手をかざしてください。犯罪歴などを含めた登録に必要な情報がカードに書き出されます」
おお、すごい水晶だな。
そう思いつつ手をかざしてみると、水晶に文字が浮かび上がった。
水晶に文字が浮かんだのを受付嬢が確認し、水晶と一緒に持ってきていた白紙のカードを上に重ねると、カードが発光した。
転写されているのだろうか?
ほんの数秒だったのだが、目の前で起きた不思議現象に俺は唖然としてしまう。
「はい、できました。確認してください」
「あっ、はい」
受付嬢の声でハッと我に返り、カードを受け取り確認してみる。
名前:ギル=セイクリッド
種族:人間
歳:16
加護:なし
スペシャルスキル:【限界突破】【即死回避】
スキル:なし
ランク:F
おお? 俺の名前変わってるな。
名前は体に依存しているってことかな?
つーか若返ってるな! うれしい!
見た目のほうはどうなってるんだろう? どっかに鏡無いかな……?
それと、神様にもらった二つのスキルはしっかりのっているな。
やはり神様からもらったスキルは普通のスキルではないらしく、欄は違うが。
俺がひとしきり見終わったのを確認して、受付嬢が再び説明をする。
「他人が確認できるのは名前と種族、また、犯罪歴があったら犯罪歴です」
なるほど、スキルと加護は他人には見えないというわけか。
というか加護ってなんだ? と思い尋ねたら、特別な功績を残したとき神から授けられることがあると教えてもらった。
「以上になります。まずは常時出されている薬草の納品から始めるといいでしょう」
そう言い、受付嬢は依頼板の方を手で示す。
「はい。ありがとうございました」
俺は頭を下げ、受付の列から外れる。
そして、すぐ近くにある依頼板の前まで来た。
依頼はたくさんあったが、Dランクが一番多く、その次にC、Bと続き、E、F、Aという順番だった。
Fランクは、高所の掃除といった雑用から誰々に伝言をお願いするものまでいろいろあったが、受付嬢が 言った常時依頼として出されている薬草採取の依頼が一番割が良さそうだった。
よし、とりあえず薬草採取をしてみるか。
冒険者ギルドにきて湧いてきた異世界に来た実感を胸に、初めての依頼を手に取るのだった。