◇16 ガーゴイル そして歓声
後ろ、門の近くから悲鳴が聞こえた。
俺とバラムさんはすぐに振り返る。
街を囲む大きな壁、その上空を超えてくる、まるで石像のような肌を持つそれの名は、ガーゴイル。
体長約三メートルの巨大な体を持つガーゴイルが五匹、仲もよろしく横一列に隊列を組んでいる。
その光景は異常としか言えなかった。
「ふむ、ガーゴイルですか。この辺りには出現しない魔物だから撃退できなかったようですね。いいでしょう、成果を発揮するよい機会です。ギルくん、倒してみなさい」
「えっ?俺がですか?確かガーゴイルはランクC冒険者が三人がかりでやっと一体倒すような相手だと聞いていますが……」
「そうですね、確かにガーゴイルは少々強い。しかしキミはこの一週間で、それを遥かに凌ぐ力を手に入れています。謙虚になるのは悪いことではありませんが、もう少し自分の力に自信を持ってもいいんですよ?それに、私が責任をもって、被害を無くします。キミは街を守るために、鍛えた力を使う、それだけのことです」
バラムさんは、人差し指を立て、出来の悪い教え子に一から説くように丁寧に、そう言った。
ああ、そうだな。何も気にしなくていいんだ。ただ、街を守る。
それにバラムさんがいるということは、恐らく被害は出ない。Aランク冒険者、という超エリートなのだ。
任せてしまっても大丈夫だろう。
いい実戦経験になる。
「分かりました、やってみます……!」
バラムさんは、その言葉に笑顔で頷く。この一週間で見ていた、あのサディストじみた笑みではなく、成長を喜び、弟子の活躍に期待をしているかのような笑みだった。
「おいおい、何やってんだ二人とも!早く逃げろ!ランクの高い冒険者が来るまで隠れねぇと、襲われて死ぬぞ!!」
突然声がかかる。
気づけば俺とバラムさんの向く方向から、人が雪崩のように、押し寄せてきていた。
悲鳴が聞こえたときから、かなりの人が横を通って、ガーゴイルから少しでも遠くに逃げようとしていたが、今回は人が固まってきた。恐らく、市場で店を開いていた人たちだろう。背中には布の袋が背負われている。貴重品やらを慌てて詰めてきたに違いない。
そんな彼らを見てバラムさんが言う。
「逃げる必要なんてないですよ。私の弟子が一匹残らず片付けてくれますからね。あなた方も、その雄姿を目に焼き付けておくといい」
「は、はぁ……?何言ってんだ……?」
俺らに声をかけてくれた、立派な髭を生やし、頭が剥げている筋肉隆々のおじさんが、立ち止まって、困惑したような顔で言う。
その言葉を無視して、俺は目をつぶって、魔法を放つ前の、軽い精神統一を行う。もうガーゴイルはかなり近くまで迫っている。時間がない、覚悟を決めよう。
「よし、じゃあいきます……!」
すぐに魔力を集める。その間、僅か一秒。それだけでも十五もの魔力を集める。以前とは段違いだ。
そしてイメージ。身体強化魔法で鍛えた、イメージをしながら別の行動を起こす集中力が、ここで役に立っていた。
魔力を集めながらもイメージは完璧だったのだ。
イメージしたのは稲妻。俺の手から放たれる魔法は、-の電気を持つガーゴイルに、吸い寄せられていき、枝分かれする電気エネルギーの塊が、ガーゴイルの体を衝撃で砕き、石の体をドロドロに溶かす。
そこまでイメージをして、腕を上げ、左手で右腕を支え、打った反動に備える。
そして……
放った!
一瞬、強い光が起き、逃げ惑う人々の目を奪う。
俺の手から放たれた電光は、空にいるガーゴイルに向かっていき、命中する十メートル前で大きく枝分かれする。
一本一本の細い枝が、とてつもない熱量を持っている。
高速で迫るそれに、こちらに目もくれていないガーゴイルが対処できるはずがなかった。
全てのガーゴイルに、雷の枝が命中する。
ガーゴイルは、原型を失ってしまうほど、体中串刺しになっていた。石の肌が溶けているのが遠目でもわかる。
ガーゴイルは慣性に従い、少し前に進んだところで、まるで放り投げられたかのように、地に落ちた。
一瞬の沈黙。
最初に口を開いたのは、俺らに声をかけてくれた、禿げたおじさんだった。
「おいおいおいおい!まじかよ、この兄ちゃん一人で全部倒しちまったぞ!!」
その言葉を口火に、一気に歓声が巻き起こる。
指笛を鳴らすものや、店が守られたことで安堵の息をつくものから、こちらに憧れの視線を送る少年少女、魔法の閃光で腰を抜かした状態のまま、感謝の言葉を叫ぶ老人など、様々だ。
「きっと賢者様だわ!雷の魔法なんて聞いたことないもの!」
「いやいや、勇者様だろ!昔おとぎ話で、勇者は特別な魔法を使うって聞いたことあるぜ!」
「つーか隣にいるの、Aランクのバラムさんじゃねーか!もしかして五人目の弟子か?」
あることないこと、いろいろ言われている。俺は勇者でもないし、賢者でもない!ランクE冒険者だ!
「おまえさん、名前はなんてんだ?」
禿げたおじさんが聞いてきたのでギル=セイクリッドだ、と答える。ついでに、賢者でも勇者でもなく、ただのランクE冒険者だということも忘れずに、だ。
「まじかよ!おいみんな、このギル=セイクリッドはまだEランクらしいぞ!」
「Eランクでこの実力!?」
「こりゃあ将来有望どころじゃねぇ!」
おいおいおい、さらに誇張されてんじゃねぇか!
「なんか、ものすごい大げさに表現されて恥ずかしいというかなんというか……」
俺は正直に言う。
その様子をみて、バラムさんは少し笑い、そして言った。
「でも、悪いものではないでしょう?」
確かに、恥ずかしいが、悪くはないな。
俺は、満更でもない様子で、頷き、笑うのだった。
こんな短期間でCランク冒険者三人以上の力が付くわけがない、と思う方もいると思いますがその通りです。
今回は敵が避けようとしなかった、戦闘をする態勢に入っていなかった、集中、準備する時間が十分にあった、などの有利な条件が重なってこその結果です。
しかし、力を十分に蓄えた一撃は、それこそランクBに届きうるほどの力がある、ということとも取れます。