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02 溺愛陛下は悲しむ

連続して2話投稿しました。本日分は前話からお読み願います。

 アレジオス王国の王城の白銀に輝く壮厳なる謁見の間。広々しているが、気温が上がり始めた初夏のせいもあって集った人々の多さとそれぞれが身に纏う様々な香水の香りで、息苦しい。だが、数段高い壇上の玉座から、金の髪と青い瞳の若き王は、爽やかに美しくも威厳に満ちた姿でゆっくり立ち上がる。その王の姿を見上げて、謁見の間に集っていた貴族諸侯が一斉に敬意の礼をとった。


 王は秀麗な顔に励ましを込めた微笑みを強いて浮かべ、目の前の義妹(いもうと)姫に他国へ嫁ぐ祝いの言葉を贈る。


「可愛い我が義妹(いもうと)よ、いよいよ結婚だ。おめでとう。我がアレジオス王国のため、そなたはスレイン王国の王太子に嫁ぐ。だが、両国のためだけなく、どうかそなた自身の幸せも彼の国で掴んでもらいたい。これは義兄(あに)としての願いだ」

「陛下のお言葉、ありがたく存じます」


 アレジオス王家特有の緩く波打つ黄金の髪を明るく輝かせ、たおやかな碧眼でエリアーナ姫は王座を仰ぎ見る。華美ではないが上品な桃色のドレスの裾を軽く摘み、膝を曲げて首を垂れ、王である義兄に最上級の礼をとった。まだ十八歳のエリアーナ姫は、一国の王女に相応しい高貴、かつ華奢で愛らしい可憐な姿だ。立ち並ぶ貴族諸侯も思わず見とれる。


「また、エリアーナ姫に仕える者達よ、そなた達も我が国の誇りを忘れず、これからも姫に仕えてもらいたい。特にセシリア伯爵令嬢、姫の事を頼む。慣れない異国ではそなただけが姫の頼りだ」

「畏れ入ります。私の力の及ぶ限り、精一杯お仕えさせて頂きます」


 姫の背後に側仕えの侍女達の中から姫と同年代の伯爵令嬢が進み出て、王に応えるように主の姫と同じく恭しく礼を取った。

 特に侍女として姫に付き添っていくその伯爵令嬢に、王は信頼と懇願の視線を送る。姫の乳姉妹でもあるその高位侍女セシリアは、年が若くともしっかり者で、王もこれまで何度も親しく声を掛け、繊細な姫の事を直々に相談したりしていた。


 高位侍女セシリアは大事なエリアーナ姫のためと、適齢期を過ぎて二十歳になっても結婚せずに忠実に仕えている。両親は既に亡く、姫と乳兄弟の弟が今年成人して正式に伯爵位を継げたのを見届けた。それ故、もう何も心残り無く姫と共にスレイン王国へ行ってくれるという。


(彼女が側仕えしていてくれるなら、王太子に愛妾がいるという噂のあの国でも、姫はきっと大丈夫なはずだ。だが……。ああ、可愛いエリアーナ、できるものならそなたを手放したくはなかった!)


 どんなに励ましの言葉を贈ろうとも、信頼できる高位侍女を付けようとも、成人したばかりの十八歳の姫を他国へと出す事が、王には不安でたまらない。このアレジオス王国の王位を継いで数年のトリスタンもまだ二十五歳。この若さに付け込まれ、国の内外に問題を抱え、まだまだ政治面も軍事面も不安定だった。特に北隣のグローデン王国が虎視眈々と緑豊かなこのアレジオス王国を狙っているのだ。それ故、同盟を締結することで得られる強国スレイン王国の軍事力を以って、トリスタンは王として何よりも国の安定を図らねばならなかった。


「エリアーナ、済まない……」


 エリアーナを見つめながら、誰にも聞こえないようにトリスタンは小さく呟いた。側にいる侍従も心情を察して聞こえないふりをした。


 七歳でスレイン王国へ嫁ぐことが決まったエリアーナ姫。こんな愛らしい幼女が既に政治の駒にされているのかと思うと、トリスタンは十四歳の少年心にも最初哀れに思った。だから家族として心を込めて慈しんでいたが、いつの間にかその純粋な心と愛らしさが、王太子の重圧に苦しんでいたトリスタンの心の慰めにもなっていたのだ。


 トリスタンはここは祝いの場であると強いて微笑んだが、親しき者には青い瞳に浮かぶ悲しみを勘付かれてしまう。仲の良い義妹は、言わば人質として差し出されるのだ。深く悲しむ王から友人達は痛まし気に視線を反らした。


 西隣のスレイン王国は、数倍の領土を持ち、強大な軍事力と経済力を持つ。アレジオス王国では、必要不可欠な他国を抑制する軍事・経済同盟のため、これまで人質同然にアレジオス王国の姫が度々嫁いでいた。


 実は、この黄金の如き美しき義妹エリアーナは、王家の直系の姫ではない。父王の妹姫、トリスタンの叔母姫と侯爵との間に生まれた侯爵令嬢で、トリスタンの従妹に当たる。

 母王妃が亡くなり、王家にスレイン王国へと嫁ぐべき姫が生まれない事が確実になって、幼少時に王家の養女となったのだった。養女であるが故にスレイン王国の一部貴族からの不満や、スレイン王国への依存度の強さに不満を訴える国内貴族の声も聞こえてきていた。


「婚姻を含む協定により、スレイン王国へは多くの共の者を付けてはやれぬ。だが、そなたにはこれまで彼の王家で生きるための十分な教育を受けさせてきた。アレジオス王家の血を引く者として、決して臆してはならない」

「はい。我が国のため、精一杯務めさせていただきます。トリスタン陛下も、どうかお体をお大事にして下さいませ」


 この貴族諸侯が集う冷たいこの王城で、ただ一人実の親の様に兄の様に慈しんでくれた義兄に、エリアーナ姫は嫁ぐ不安など気取らせないよう美しく微笑んで見せた。


 再び義兄にお別れのための礼をエリアーナ姫は取り、退出を許された。いよいよなのね、と不安な思いで廊下を歩いていると、そっとセシリアが側に寄って来て、励ますように青い瞳で優しく見つめた。そうね頑張るわ、とエリアーナ姫は微笑み返す。


 不安を隠しているつもりの義兄を安心させるため、この謁見の間に集まった貴族諸侯の前では立派な事を言いはした。だが、エリアーナも生まれて初めて王都を出、更には誰も親しい人がいない見知らぬ国に一人で嫁ぐのだ。胸の内は不安よりも恐怖で一杯だった。

 そこで優しい義兄にねだって、乳姉妹のセシリアを連れて嫁ぎたいとお願いしたのだ。侍女一人くらいなら構わないとスレイン王国の許可を得ることができ、セシリアもエリアーナ姫と共にスレイン王国の言葉や礼儀作法を学んだ。だが、怖いものは怖い。


 トリスタン王への挨拶を終えると、エリアーナ姫は騎士団に護られて王城を出発した。王家の豪華な馬車は先々のアレジオス王国の都の住民の大歓声を受けつつ、生まれ故郷を離れたのだった。



 アレジオス王国の高貴な金の姫君達が揃って崖下の川へと落ちたのを見届けた黒服の襲撃者達は、波が引くようにあっと言う間にその場から逃げ去った。襲撃の目的が果たされたからであろう。

 辛うじて生き残ったアレジオス王国の護衛騎士達は、姫を護り切れなかった不甲斐なさに歯を食いしばりつつも、王都への連絡、スレイン王国への連絡の者を派遣し、残った者達で必死にエリアーナ姫の捜索を開始した。


「トリスタン陛下、一大事です! 姫様が、エリアーナ姫様の一行が襲撃に遭い、姫様が川へ落ちて、行方不明に!」


 王の政務室へと駆けこんで来た宰相と騎士団団長の報告を受け、書類に目を通している最中だったトリスタンは、一瞬内容を頭で理解できず青い目を見開いて固まった。そして家臣の報告が脳内に浸み渡るや、顔を青冷めさせながらも、恐怖と悲しみに声を上げそうになるのを咄嗟に片手で口元を覆って堪える。王たるもの、そう簡単に情けない声を上げる訳にはいかないと、理性が押し止めたからだ。だが、深い悲しみが湧き上がるのを抑えられた訳では無い。


「さ、探せ……。何としても、姫を見つけるのだ!! エリアーナを!!」


 ダンッ! と堪えきれない悲しみと怒りを紛らわせるように、トリスタンは執務机を両こぶしで叩きつける。痛みすら感じない。


「陛下! お手が!!」

「手が何だというのだ! 早く、姫を探しに行け! 騎士団総力を上げて、エリアーナを捜索させよ、急げ!」


 普段は温和な若き王の激しい怒りと深い悲しみを目にし、慌てて宰相と騎士団団長は深く首を垂れて礼を取るや、エリアーナ姫捜索のために部屋から駆け出して行った。

 

(やはり、この王城から出すのではなかった。ああ、私のエリアーナ!)


 王であるが故に、大事なエリアーナ姫を自ら探しに行けない歯がゆさ悔しさ怒りをぶつけるかの様に、王は机を壊さんばかりに、何度も何度も拳で叩いた。

 そんな王の痛ましい姿を側仕えの侍従達は深い同情の眼差しで黙って見守った。


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