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01 王女が行方不明

よろしくお願いいたします。

長くなったので、本日は2話投稿します。

 隣国スレイン王国王太子へ嫁ぐ、アレジオス王国のエリアーナ姫(十八歳)とその護衛騎士一行は、二国の国境の山越えを終える直前に敵襲に遭った。突然のダダダ!という不規則な音が姫の乗る馬車に響く。


 王城奥深くで育ったか弱い姫が慣れぬ馬車で山越えをするならばと、深い山から雪が無くなりかつ移動に耐え難い暑い夏を迎える前にと、念入りに計画され、騎馬騎士十五名と歩兵十五名を含む総勢三十人が護衛する花嫁行列だった。二国の国境の山をできるだけ安全に越えるため、太陽が高い位置にあって明るいはずの昼に移動してはいるのだが、樹木の影で鬱蒼とした山は暗かった。


 その樹木の暗がりに身を潜ませていた襲撃者の放ったいくつもの矢が、王家の行列の馬車に次々と突き刺さった。その中にいた驚いたエリアーナ姫は、思わず小声でキャアと悲鳴を上げて顔を華奢な手で覆う。これまで経験もしたことも無かった事態に、姫の顔は蒼白になった。


(まさか陛下が懸念していた事が本当に起こるなんて!)


 二国の同盟を邪魔しようとする者がいるかもしれない、気を付けなさいと王城にいるときエリアーナ姫を心配する義兄に言われたことがあった。だが、頼もしき総勢三十人もの護衛隊がいるのに攻撃されるなど、戦いを知らずに育ったエリアーナ姫には信じられなかった。


 片側がきつい斜面の初夏を迎えて頭上高くで鬱蒼と葉を茂らせた昼でも暗い森。反対側は遙か北国の雪解け水で深い急流となっている川を望む崖。その川の蛇行に沿ってクネクネ曲がって伸びる細い道。三十人の護衛騎士の隊列も厚く馬車を囲い込むことも出来ず、細長い隊列となって進んでいた時、斜面上から一斉に大量の矢を射かけられたのだ。


 矢が刺さった馬車馬が悲鳴のような鳴き声を上げて暴れる。突如の事に苦戦する御者を助けるため、慌てて側にいた歩兵が駆け寄り、轡を捕らえて治めようとするが、馬車はどうしても不自然にガタガタ揺れてしまう。


「敵襲! 姫様をお守りせよ! そちらの隊は後方の馬車を護れ!」


 馬車の側近くを騎馬で付き従っていた護衛隊長の緊迫した指示の声が上がる。だが、身分低い侍女達四名が乗る馬車や、騎馬が一番に狙われて動きを止められ、隙を突かれた騎士達の何人もが矢を受けてしまった。それにより先行していた姫の馬車とで護衛騎士達が分断され、防御力がどうしても低くなってしまう。


「セシリア! 敵襲って……!」

「姫様、揺れて危険です! 矢も! お願いですから、もっとお身を低く!」


 ガタガタ揺れる中、エリアーナ姫は側にいる乳母の伯爵夫人の娘である侍女のセシリアの豊かな胸に怯え縋った。その姫の頭部を外界から遮断するかのように、セシリアは細腕で抱き覆う。それでも姫の耳には、騎士の剣を鞘から抜く音、鎧の留め金がぶつかる音、「あっちだ、来るぞ!」など荒々しい掛け声や激しく駆けまわる足音などが馬車の外から聞こえてきてしまった。

 あまりの恐ろしさに女二人で身を寄せ合う。


 エリアーナ姫の本当の乳兄弟はセシリアの弟の方なのだが、女同士と言う事もあってその姉のセシリアの方を乳姉妹とエリアーナ姫は公言し、身近において何かと頼りにして甘えていた。だがその姫に頼りにとされたセシリアも、青い顔をして唇を噛んで悲鳴を抑え込むのが精一杯だ。


(どうしたら良いの? ああ、一国の王女ともあろうお方がお可哀そうに、こんなに怯えて。でも、念のため、姫様に逃げやすいドレスをお召しいただいていて良かったわ……)


 山越え前の最後の休憩時に、街路より山の悪路で馬車が揺れるため酔ってしまうかもしれない、とセシリアは姫をきついドレス姿から着替えさせておいたのだ。キラキラしい豪奢なドレスとは違う、自分と同様の日常着の簡素な飾りのドレス姿。こちらの方が、普段の装飾品を付けた重い布生地で仕立てられたドレスより、ずっと逃げやすいはずだ。

 高位の女性のみを乗せたこの馬車の中では、セシリア一人しか姫に仕えていない。他の身分低い侍女たちは、もう一台の馬車に乗っている。いざという時は、セシリアだけで姫を護らねばならない。自らを勇気付けるように、セシリアは姫の手をギュッと握る。


「セシリア! 怖いわ!」

「大丈夫です、エリアーナ様。私がお守りします。それに、護衛騎士団もおります」


 ブルブル震える大切な姫の恐怖を宥めるため、セシリアは姫と同じく震える手でその緩く波打つ黄金の髪を撫でる。このエリアーナ姫の髪は、セシリアのくすんだ金髪とは違って高貴な輝きがある。その髪を手入れするのは密かな楽しみであり、側仕えの侍女として自慢だった。決してこのような恐怖に震えていいものではないはずだった。


 ウオオ~! と大声を上げて、どこの国の者とも分からぬような黒い衣服をまとった男達十数名が、剣を抜いて一斉に斜面を駆け下りて来る。姫を守る騎士達も一斉に剣を構えある者は矢を番えて、馬車を守る迎撃態勢を取った。


「矢を放て! 姫様の逃げ道を確保しろ! 国境にさえ行けば、スレイン王国軍が姫様を迎えに来ているはずだ! 姫様を馬車から出して逃せ!」


 護衛隊長が慌てた様子でコンコンコン!と馬車の扉を小刻みに叩いて、中の侍女に降りるようにとできるだけ落ち着いた声で命じた。ガチャリと扉が開かれ、顔を青冷めさせながらも恐怖を抑え込んだ侍女が、涙を浮かべて怯えるエリアーナ姫の手を取り支えつつ、馬車から助け降ろした。


 既に馬車を守り固めるようにあちこちで騎士達が襲撃者を剣を交わす激しい戦闘状態になっている。それでもさすがに手練れを揃えた王国騎士団だ、完全包囲されないように襲撃者を後方へと戦い押し込み始めている。


「姫様、侍女殿と共にお逃げ下さい。ここで足止めする者と姫を護衛する者に騎士を分けます。国境はすぐ先ですから、スレイン王国軍の所へ! 大丈夫、すぐにここを治めて、後から追いかけますから。……どうも王城に内通者がいたようです。先々でも決して油断されませぬよう」


 護衛隊長を始め多くの騎士達が身を盾にして戦い守ろうとしている事にエリアーナ姫は気付き、その恐ろしさに血の気が引き身を震わせ動揺する。山を抜ける風は爽やかだったはずなのに、既に辺りには、馬の獣臭さだけでなく血の香りすら漂っているような気がした。


「でも、あなた達を置いていくなど……、セシリア、何を!」


 蒼白な顔をしたセシリアに、エリアーナ姫は強引にもぐいっと細腕を引かれる。


「分かりました、隊長様。私共は先に進みます。エリアーナ様、こちらへ! お分かりですね、万が一でもあなたはここで死んではならないのです!」

「!!」


 小国アレジオス王国とその国民の安全ため、強国スレイン王国との婚姻による同盟は必要不可欠、と常々セシリアに言い含められてきた。そのためにエリアーナ姫はこれまで王城で大切に育てられてきた。ここで易々と殺される訳にはいかない。騎士達を残していく事がどんなに辛くとも、エリアーナ姫はスレイン王国へ辿り着き、王太子と結婚しなければならないのだ。


 数人の護衛騎士達とセシリアに囲まれ腕を引かれつつ、エリアーナ姫は足首を隠すほど長いドレス裾を掴み、後ろ髪を引かれるような思いで走り出した。


「あっ! (踵が!)」


 だが、大きな曲がり角を曲がろうとしたとき、姫君らしく華奢な踵の高い靴を履いていたエリアーナ姫は慣れない山道に足を取られ、軽く足を捻って転びそうになってしまった。そこへ咄嗟にセシリアが腕を抱くように支えた。


「セ、セシリア、足が……」

「姫様、危ない!」


 逃げようとした前方からも、複数の矢が姫へと目がけて飛んで来る。後方を護っていた騎士達が慌てて二人の前に回り込んで、剣で矢を叩き落としつつ、壁となって二人を庇う。さらに味方の防御の隙を突破した黒服が二名も襲い掛かってきた。矢傷を負った騎士達はそれでもたじろぐ事無く姫を護るために襲撃者と剣で戦い、ガン!ギャイン!と激しい剣戟のぶつかる鈍い音が響く。


 あちこちから飛んでくる矢と騎士達の戦いから離れるため、エリアーナ姫とセシリアは身を寄せ合いながら、いつの間にかじりじりと崖っぷちへと後退して行った。もうこれ以上はどちら方面へも逃げ出せない。既に背後は危険な崖だ。


 護衛隊長率いる騎士達が援護に追い付くまで、大事な乳姉妹のこの姫は自分が守ってみせるとセシリアは腕を解いて姫の矢面に立つ。だが、その大事な相手を守りたいと言う想いは、エリアーナ姫も同じだった。


「セシリア! 危ない!」

「姫様、ダメ!」


 更なる矢が思わぬ方向から飛んでくるのに気付いたエリアーナ姫は、矢の進路から逃れるため、咄嗟に押し倒すようにセシリアへ抱きついた。その姫の身体をセシリアが抱き止める。だが、その勢いに押され、土や小石で固められたボコボコした地面でか細い足は体を支えきれず、エリアーナ姫とセシリアはガクリと姿勢を崩した。さらに足元の地面から固い感触が不意に抜ける。


「キャア! 誰か!」


 エリアーナ姫の悲鳴に驚いた騎士の一人が戦いながらも振り向くや、慌てて手を伸ばしたが、間に合わない。その騎士の目の前で、キャーッ!と二人は崩れた崖から下の川へと落ちていく。


「姫様! 侍女殿!」


 アアーッ! と驚きと恐怖の悲鳴を上げたのは、二人が落ちるのを見てしまった騎士の方だった。その騎士の視線の先で、まるで待ち構えていたかのような深い急流は、娘二人を荒々しく受け止め、飲み込んでしまった。

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