超短編ホラー 裏切られて裏切られて、それでもアナタを愛します
俺は本郷剛、とある小さな探偵事務所の探偵だ。
とは言っても、最近はちゃんとした探偵の仕事はほとんどやっていない。小さな探偵事務所に依頼をしに来るやつは、大抵ただボケているだけの老人か、子供くらいだ。
もちろんたまに依頼人は来るが、見るからに怪しいやつばっかりで、そういうやつの依頼は受けていない。いや、受けていなかった。
その日も怪しい依頼をしてくる男がいた。その男の依頼は「俺の彼女が遊園地でいなくなってしまったから探してほしい」という内容だった。
何を言っているんだこの男は? それが素直な感想だった。遊園地でいなくなった? それはいつの話だ? 様々な質問をその男に浴びせてしまった。この時点で俺は多少なりとも興味を持ってしまったのだろう。
色々と質問をして、内容はわかったが、やはり腑に落ちない。
男の言い分をまとめると、彼女が昨日とある遊園地『裏野ドリームランド』の『ドリームキャッスル』というアトラクションで消えたらしい。
まあ、アトラクションと呼べるのかそれっていうのは置いといてだな、アトラクションで連れが消えるって何を言ってるんだこいつは。
昔の俺だったらこの時点で依頼を断っていただろう。だが、今の俺にはその依頼を受けたくなる要素が幾つもあった。
一つ目は、依頼料だ。経営難の今、この依頼を成功させたら百万円、前金として十万円も出してくれるというのだ。
二つ目は、この依頼にと同じような依頼が相次いでいたからだ。
『裏野ドリームランド』に関する依頼が今月に入って3回もあった。まだ今月も半ばだというのにだ。
三つ目は、俺の助手が『裏野ドリームランド』に行きたいと言い出したからだ。あっ、俺の助手ってのは何故かこんな小さい探偵事務所に転がり込んできてくれた女神だ。結構可愛い。
ということで、俺はこの依頼を受けてしまった。今は『裏野ドリームランド』の入口に助手の安原加奈子と一緒に来ていた。
「ねぇねぇ、早く入ろうよー」
「たくっ、遊びに来たんじゃねぇぞ?」
「わかってるって、さっさと依頼を片付けて遊んじゃおうよ」
正直そんなに簡単にいくか? とは思うんだけど、こういう能天気な彼女にいつも救われている。
「すいません、ドリームキャッスルってどこですか?」
「あっ、それならこの通りをずーっと進んでいって、突き当たりを右に行ってもらえれば、見えると思います。楽しんでいってくださいね」
「ありがとうございます」
色んなやばめの噂があるって割には管理も行き届いてそうだし、まあ普通の遊園地ってくらいにはきれいな場所だし、今回の噂もガセなのかな? だが、それだとしたら彼氏とやらはどこに?
「依頼者が嘘ついてるってことはないんですかね?」
「おわっ!? 俺声漏れてたか!?」
「ええ、なんかブツブツ言ってましたよ」
なんてこった……。
「それで、どうなんです?」
「ああ、そうだったな。依頼者が嘘をついてるとは思えないんだよ。だってただの嘘に十万円も払うか? 前金で十万円って相当だぞ?」
「ですよねー。だとしたら……うん、わかんないんでとりあえずドリームキャッスル行きましょう!」
「あっ、ちょっと待てって!」
助手はさっさと走って行ってしまった。仕方ない、追いかけるか……。
「あーっ、やっと来ましたね? もう、遅いですよ?」
「お前が速いんだよ!」
肩で息をしながら返事を返す。
「じゃあ、入りましょうか」
「ああ、入ろうか」
それにしてもこの城、デカイな。細部まで作り込まれていて、集客の要になっていると思われる。
しかし、中がおかしかった。
「えっ、なにこの絵……」
「不気味だな……」
普通こういう城に張ってある絵は可愛い系が多いはずだ。だが、この城に貼ってあった絵は黒、紫、赤を基調とした暗い絵ばっかりだった。
「ますますにおうな」
「何がですか?」
「こんなに暗い絵を置くのは何か目的があると考えるのが普通だ。恐らくわざと暗い絵にしてホラー好きに来てもらう作戦だろう。つまり、今回の依頼はガセだったという事だ。帰るぞ」
「えーっ!? せっかくだし遊んで帰りましょうよ!」
「こんなん面白いか?」
「楽しいですよ?」
「そうか……まあ仕方ない、もう少しだけ付き合ってやろう」
俺も助手も完全に気を抜いて、楽しもうと思っていると突然奥の方からかすれた声が聞こえた。
「タ……ス……ケ……テ」
「なんだ!?」
「もう、ビックリしすぎですよー。アトラクションの一部ですって。先行っちゃいますよ?」
「おわっ!? だからちょっと待てって!」
また助手が先に行ってしまった。追う気力もないし、ゆっくり行くか……。
「えっ!? キャーーーーー」
「どうした!?」
助手の悲鳴が聞こえて慌てて後を追うが、そこにはもう助手の姿は無かった。
「冗談だろおい……」
「シタ……ダヨ?」
「なっ、何者だ!?」
「シタ……キテ」
謎の声に連れられて下へ下へと降りていく。
「ココ……ダヨ」
扉を勢いよく開ける。
「おい、安原! いるのか!?」
「あっ……センパイ……」
助手はキリストのように磔にされていた。
「なにがあったんだ!? とにかく今助けてやるからな!」
「ダメダヨソンナコト」
「ソウソウ、アノコガクルヨ」
「んなこと言ってられるかよ!」
「アハハ、ヤッチャッタ」
「オワリダオワリダ」
クソみたいな声を無視して、俺は助手を助け出した。すると、ゆっくりと扉が開いた。そして、まるで空気が凍るかのような声で俺に話しかけてくる女がいた。
「ねぇ、何してるのアナタ」
「だ、誰だお前!?」
「ひどい、その女に何かされたのね? ひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどい」
「なっ、何を言っているんだ」
この女、狂ってやがる。どうにかしてこの状況を切り抜けようと考えて……
「キャーーーーー、目が、目がぁぁぁぁぁ」
「どうした安原!」
助手が見ていた方向に目を向けると、そこには人の目玉が大量に保存されていた。
「まさか貴様がこれをやったのか!」
「アナタが悪いのよ? アナタが他の女に現を抜かすから……」
どうやらこいつは俺を誰かと間違えているらしい。だが、そんなことはどうでもいいんだ。とにかく、ここから抜け出さないと……
「ねぇもしかして逃げようとしてるの? 逃がさないよ、絶対に」
「くそっ、走るぞ安原……嘘だろ!?」
俺の足は1ミリたりとも動くことは無かった。それは助手も一緒のようだった。
「アナタが見ている今ここでその女を殺してあげる。今楽にしてあげるからね」
「ふざけんなテメェ!」
「可哀想に、こんな女に騙されて……でも、これで終わりよ、アナタ」
「いやっ、いやよ、来ないで!」
「さようなら、泥棒猫ちゃん」
俺の目の前で、カッターを持った女が助手を何度も何度も切りつける。鮮血が宙に舞い、部屋を赤く染めあげる。
「いやっ、痛い、痛いよぉぉぉぉぉ!」
「もっと泣き叫びなさい、今までの罪を悔いて!」
やめろよ、助手がなにしたって言うんだよ……動けよ、俺の足!
そんな祈りも神には届かず、助手の声は聞こえなくなった。
「ねぇアナタ、私がわかる?」
血に染まった女が俺に問う。足は動くようになっていた。
「うわぁぁぁぁぁ!」
俺は扉に向かって全速力で走っていた。しかし、そんなことをあの女が許すはずはなかった。
「へぇ、やっぱり私に振り向いてくれないんだ。じゃあさ、もう死んでいいよ」
「うーん、やっぱり探偵さん帰ってこないなー。あわよくば倒してくれちゃったり……とか考えてたんだけどね。まあいいか、俺の身代わりになってくれたわけだし。あの女が俺を思い出す前に誰かにあいつを成仏させてもらわないとな。次は……霊媒師でも当たってみるか」
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