第四話
まずは、地獄の一丁目(笑)
まだまだ、現場はこんなもんじゃない!
楠見 糺は現在、北海道の北端、地下400mという現場に居る。
今回の派遣先は日本列島からユーラシア大陸へ延びる予定、そしてシベリア鉄道への接続を予定している海底鉄道、いや、どちらかというと「地底鉄道」というほうが的確な工事現場。
日本列島は、もう地底や海底、高架橋の鉄道網で、沖縄から九州、四国、本州から北海道まで、超高速リニア鉄道網が敷かれ、自家用車などというものは趣味の世界になりつつある。
まあしかし、そこはマニアと老人が求める世界。
電動モーターの高効率化やバッテリーの高性能化により、一回のフル充電で2000kmを超える距離を走る電動車(電気自動車の短縮名だそうだ。まったく、日本人の名称短縮化の癖は、どうしようもない)は安くなっていて、田舎では欠かせないものとなりつつある(無論、完全自動運転だ。ここまで発達してしまった交通網を効率よく運転しようとすれば、それは人間には不可能と言わざるを得ない)
まあ、それはともかく現在は日本列島の列車制御技術を使いたい大陸の人々のため、乗り入れという形をとって、日本の無敵とも言える管制技術を伸ばしていく工事を行っているところだ。
「はぁ……日本なんだけどな、ここ。なんだか、日本じゃない気がするよ、ホント」
楠見が愚痴るのも当然。
働いている人種が日本人とロシア人が半々なのである。
今では仲良くなっているのだが、過去にはいがみ合っていた日本とロシア(ソ連という国名時代から)だ。
ただし、国はいがみ合っていたのだが、国民はというとロシア人は不思議の国、憧れの国と日本を認識している。
まあ、お隣に近い国が過去の映像文化で「アニメ、特撮」だとか、とてつもない斜め上の不思議文化を輸出しているのである。
一度は行きたい「日本詣で」となるのも当然。
今の、ビブリオファイルが地球上で自由に見られる時代になっている現在でも、ヨーロッパやロシアから「不思議の国詣で」に来る人たちが多いと聞く。
楠見などは趣味のために、そのへんは詳しいのだが、普通の日本人は過去のアニメや特撮を賛美されても困ったような顔をするだけ。
ちなみに、この現場にも日本人の工事関係者よりもロシアの工事関係者に楠見のファンがいたりする。
「ハラショー、クスミ。今日も絶好調!?」
ああ、また日本人全てがアニメや特撮のマニアック知識を持っていると勘違いして日本にやってきたという奴が来た。
「やあ、おはよう、サスペンスキー。ちなみに、そのギャグは数百年前のものだって知ってたかい?」
「オゥ!失敗。どうも昔、メディアに刷り込まれた日本の印象が抜けないよ」
「まあ、今の日本人も同じような感性はしてるけどな。ところで、このごろ掘削現場でエラーというか、小さな事故が続いてると聞いたんだが……」
「オー、そのことね。そう、最新のモールマシン使ってるのに、突然に水が吹き出すのよ。モールマシンで掘った直後にカチンコチンに凍らせてるはずでしょ?どうなってるんでしょね?」
「ん、それが聞きたかったんだよ。俺自身が現場へ行ければ良いんだけど、危険なんで掘削関係者以外は現場へ近寄れないからな。しかし、最新式のモールマシンで事故が続くか……ありがと、ちょっと調査してみるわ。なるべく早く、トラブル解決するからな!」
「待ってるよ、クスミ。あんたは不思議な人間だからね。今回も魔法でトラブル解決してくれるのかい?」
「よせよ、魔法なんて。俺は事故報告と原因を徹底的に調べるだけだ」
「あんた以外の人間も同じことやってるけどな。あんただけだ、結果を出すのは」
「褒めても何も出ないよ。じゃあ、気をつけてな」
「ああ、そっちこそ、早めに解決してくれよ。ジッチャンの名にかけて!あるいは、真実は、いつも1つ!ってか?」
「だぁかぁらー……数百年前のギャグを持ち出すな!俺以外に分からんぞ!」
軽い朝の挨拶もそこそこに、俺は書類と格闘する。
こいつは放っておいたらヤバイ事になると、俺の勘がささやく。
数時間後、栄養ドリンクを数本、まとめて飲む俺の頭の中には、トラブルの内容が見えてきた。
つまりは最新式のモールマシンであることが問題だった。
こいつは、地中を掘り進むと同時に周りの岩盤を凍らせることにより落盤を防ぐ構造をしている。
ただし、こいつが使用される前提としてヨーロッパやロシアなどの硬い岩盤の地下で使用されること。
日本の柔らかい地下で使用した場合、吹き出す水の圧力が強すぎて、凍らせるくらいじゃ水を止められない。
俺は提言というか勧告に近い形で、日本独自のシールドマシン(昔から使われてる物。最新式のモールマシンより速度は遅いが、特殊コンクリートを使い確実に水を止める)の使用を勧める公式報告を書き上げる。
最初は機器の入れ替えで金はかかるが、長期的な目で見れば危険の兆候があるモールマシンよりも実績と信頼のシールドマシンのほうが良いと結論付ける。
半月後、工事の進行は順調になる。
掘るそばから特殊コンクリートで周辺を固めていくシールドマシンは堅実にサクサクと岩盤を掘り進めていく。
まあ、これで工事も危険なく終了までいくだろう……
俺も久々に太陽の光を浴びることができるだろうな。
とはいえ、この仕事が終わったのは契約期間を大幅に延長された半年後だった。
シールドマシンの一件に限らず、細々した危険要因を全て潰した結果、これほどの大工事ながら怪我人一人出なかったからだ。
どうやら俺が入れば危険がなくなると思った企業体の上部が俺の契約を強引に伸ばしたらしい。
結局、俺が太陽を久々に見たのは、7ヶ月後になった……
なんで事務方が竣工式まで出なきゃならんのだぁ!