第二話
変だなと思いつつも楠見は、その現場でOJTを兼ねた業務研修にとりかかることになる。
しかし、研修過程が進んで業務のコツと改善点の発見に慣れるにつれ楠見は、この現場の異様な点が明らかに見えてくる。
「ふむふむ、やっぱり現場規模と建機ロボットの数に比べ、働いてる現場の人数が多すぎるな。これ、明らかに駄目な見積もりの現場だろう」
楠見は研修報告に、この現場の問題点と改善点を挙げた書類を添付する。
報告を上げた数日後、楠見をこの現場に連れてきた痩せマッチョ課長が久々にやってくる。
「いやー、楠見くん、凄いね!研修に入ってから一週間経ってないのに初めての仕事で、ここまで完璧に仕事やってくれるとは!久々期待のルーキーだね」
会って開口一番、課長が楠見をベタ褒めする。
楠見、訳が分からず立ち尽くしていると……
「あ、そうだった。説明しなきゃいけなかったね。実は君が研修報告書に添付した改善提案書類、上司の目に止まってね。以前にやったこともない職種で、ここまで優秀な提案書を書き上げるなんて凄い!となった。でね、その件で今から、とある人に会ってもらう事となった。ここでの研修は終了だよ。君は、地球政府の統合政庁へ行ってもらうからね」
楠見、あまりの展開の速さについていけない……
「あ、あの、課長。ここから移動って……統合政庁って関東の中心ですよね!今から移動ですか?!」
「楠見くん、今は訳がわからないだろうが疑問は疑問のままで移動して欲しいんだ。統合政庁で、その人に会って貰えば説明も受けるから。君が疑問に思った、この現場の説明も、ね」
何か抜け出せない泥沼にハマったような気がする楠見だったが、とりあえず北海道の原野にある建設現場から移動して数時間後には統合政庁前へ到着。
出迎えたのは見知らぬ若い男。
楠見と、そう違わないだろう年齢のようだがナイフのような視線を持っている。
「は、初めまして。楠見と申します。上司に言われて貴方に会えと言うことで北海道の原野から飛ばされてきました」
視線に少々ビビる楠見。
その男は楠見を値踏みするような目で上から下まで眺めつつ、
「やはり、君だったか。この統合政庁へ歩いてくるものは、そうそういないんだよ。通常の政治家やマスコミ連中だと車を使うことが多いんだ。君は、たった一人、護衛もスタッフも連れずに歩いてここに来た」
楠見は内心、冷汗をかいていた。
何だこの男?
まるで捜査官のように人の行動や心まで読み取ろうとする目だな。
「あ、いえ。ロボットタクシーには正門前で帰ってもらいまして。これから見知らぬ人に会うのですから心構えも必要かなということで正門から歩いてきました」
楠見は正直に理由を説明する。
その男は、
「ふむ」
と一言。
そのまま踵を返し、政庁の中へと戻っていく。
楠見は、どうすれば良いか分からず立っているだけ。
「どうしたんだ?説明と、君に仕事の依頼をしたいんだ。ついて来てくれ」
楠見は、その男の後を追うことにする。
数分後、楠見と男は、ちょっとした会議場のような部屋で向い合って座っていた。
「君を、わざわざここに来させたのは他の場所ではできない話をするためなんだよ。君は今まで、ちょっとしたアルバイトは経験済みだが、このような業務改善やトラブル解消業務など経験がないのだと聞いているが事実かね?」
男が、さっそく話に入る。
「はい、一週間前に現場研修するまでは経験も何もありません。接客業とは言うもののコンビニのアルバイト店員で在庫整理業務専門でしたし他にはメディアのゴーストライターくらいのものです」
楠見は大学でのゼミ参加と研究が面白く、アルバイトも生活費を稼ぐギリギリで抑えていた。
そのおかげで就職活動すら論文作成の合間に行う他なくなり、ろくな企業が選べなかったのだ。
ちなみに、その論文は担当教授の名前で発表されて着眼点と発想の素晴らしさで学会の注目を浴びるのだが、その論文には協力者として楠見の名が書かれているだけ。
研究者としての栄光と後に数々の賞を与えられる栄誉は全て担当教授に持って行かれてしまう……
それはともかく。
男は楠見の隠れた才能に注目した。
結局、楠見の身分は表向きは様々な企業を渡り歩くトラブルシューターにして新進気鋭の業務改善要員。
文章で書くと威勢が良いが、つまりは完全な裏方。
しかし、これには裏の身分が付随する。
政府の労働委員会直属のブラック企業Gメン。
あまりにトラブルが大きかったり労働条件が過酷な企業に対しての強制的改善命令が調査官権限で出せるというブラック企業の天敵とも言える身分である。
ということで楠見は就職先を変更され、表向きは派遣社員としてブラックではないが灰色の会社に所属することになった。
ちなみに彼の上司は例の男。
後に太陽系宇宙軍情報局長官になるが、今のところは労働局の主任。
まあ、この年で主任は出世頭ではあるが。
この男も楠見のおかげでトントン拍子に出世するとは、この時には思ってもいない。
楠見は、この時に気になっていた事を質問する。
「あの研修先だった大規模建設現場ですが。ロボットや建機に比べて、あまりに人が多く感じました。あれはペイしない現場ですよ。どうなってるんですか?」
これに対する男の返事は、
「ああ、あれは研修用現場だ。永久に工事は終わらない。立てる手前で壊し、また作っていく」
「はい?じゃあ、予算の食いつぶしですか?」
「人聞き悪いな楠見くん。端材や廃材をリサイクルするシステムの実験場でもあるから一石二鳥なんだよ。ちなみにだが、あそこで働いている人間は皆無だ。人に見えるが有機皮膚や筋肉の研究を兼ねた特殊ロボットだよ」
呆気にとられた楠見を横目に男は説明を続けていった……
数時間後、トラブルシューターの派遣社員にして政府の影の調査員、楠見 糺が誕生した。