Divine〜
初めての作品です。
応援してもらえると嬉しいです。
遅刻してしまった。
今月何度目だろう。別に寝坊したわけではない。
15分前には着くように家を出ている。
普通に生活しているだけなのにワープしたように抜け落ちた時間に戸惑うことがある。
これがいわゆる厨二病とゆうやつなのか、わたしにはわからない。
いやそんなことはどうでもいい。
今考えるべきはこの扉を開けて先生になんと説明するかだ。
寝坊はしていない。
15分前に学校に着くように家を出ている。
きっと、腹を壊したのか?と聞かれるに違いない。腹も壊していない。
なんと説明すれば……
「おい、何をしている。」
教室の扉が開いた。
なぜわかったのか原因を探して辺りを見回す。
なるほど、ドアの下の方は磨りガラスだった。先生にバレていたようだ。
「あっいや、時間っ無…ワっ」
いや時間が無くなってワープしてるんですよ、と言いたい。
が、緊張して言葉が出ない。
「早く座れ。」
先生の冷たい視線に、さらにメダパニをかけられながら自分の席に辿り着く。
いやさらりと流してもらえて良かったか。
心臓はまだドコドコとお祭り中だが汗は引いてきた。
「今日の休みは小幡稀杜波か。」
キズハはわたしの友達である。最近キズハの休みが多くなってきた。
数日学校に来ると次第に顔色が悪くなり休む。
ここのところそれを繰り返していたので具合が悪いんじゃないかと聞いたことがある。
キズハはなんでもないと言っていた。
でもこないだは3日も休んだ。
そのあと少し長く学校に来ていたけど、顔色はさらに悪くなり何か切羽詰まったようなものを感じた。
キズハはこの学校での最初の友達だった。
入学後、わたしは早く友達を作ろうと出席順が前後の人に必死で話しかけていたのだが、まったくうまくいかなかった。
わたしの何がいけなかったのか?
ヒステリックな返答や自分が上であることを示してこられるような言動が返ってくるばかりだった。
空気が読めていないのかもしれない。
入学して一週間経ったころ、勉強合宿があった。
まあ学校としては寝食を共にして友達を作りなさい、といったところなんだろう。
わたしだって仲良くなりたいのはやまやまだが、うまくいかないし、よく知らない人間と気を使いながら寝食を共にするのは結構なストレスである。
結局合宿中も友達はできず、疲れだけをお土産に「やっとストレスから解放される」と少し開放感を感じたときにそれは突然来た。
「ねぇ、友達になってくれない?」
なん!です!とー!!
ほーら神様はちゃんと見てる!
全然うまくいかないのに諦めずに頑張っていたわたしの闘姿を、見ている人はちゃんと見ているのだ。
「もちろん!」
「ホントに!?同中の仲良い子もいるんだ!連れてきていい?」
そうして無事、友達とゆうパーティに加えられたのが小幡稀杜波、そして連れて来られた桐谷天花だ。
その、大切なパメンが学校に来ていない。
「ねぇ、キズハ顔色悪かったよね?倒れたりしてないかな?
今日キズハんち行かない?」
キズハとテンカは遠いところから学校に来ていて、キズハは一人暮らしをしている。
もし、ひとりで倒れていたら誰も気づいてくれず深刻な状態にあるかもしれない。
「うっわーめっちゃ行きたい!!
でも今日、バイトなんだよねぇ…
休んで行きたいんだけど、今月2人やめてて全員フル出勤でも人足りてない感じなんだ。」
「そっか。」
「あ、そうだ!駅前においしいシュークリーム屋できたんだよ!
キズハに持って行ってもらってもいい?」
「うん、わかった。持っていく!」
わたしとテンカは学校を出て駅前に向かった。
テンカは私の分とキズハの分とシュークリームを2つ買ってくれると、足早に改札を入っていった。
見えなくなるまで手を振ると、私はキズハのアパートを目指すべく踵を返した。
キズハのところには2度行ったことがある。だから道はわかる。
2階建てのアパートで、その2階の1番奥だ。
私にとっては一人暮らしなんてとても現実離れした環境に感じられるけど、キズハはその現実離れを生きている。
自分だけの家で家事をして、勉強をして、そしてわたしやテンカへのLINEもこなす。スーパーマンだ。
キズハのアパートの階段を登り、わたしは玄関のインターホンを押した。
………。
しばらく待ってみたが反応がない。
「キズハ?」
呼んでみた。
が、…反応がない。
急に恐ろしくなった。
「キズハ!?…キズハ!!
返事して!キズハ!!!」
カタと何かを置く音が聞こえた。
「だるまさんが転んだ」と言われた子供のようにドアを叩く姿勢で固まったまま、わたしは扉が開くのを待った。
「…睡夢?」
扉が開いてキズハが顔を出した。
良かった。何かあったわけではなかった。
「上がって。」
なんとなくギクシャクしたままキズハの家に上がった。
わたしが小さな丸テーブルの前に座ると、キズハは「お茶入れるね」とキッチンに向かった。
…安心したら急に尿意を催した。
キズハがお茶を入れてくれている間におトイレを借りよう。
キズハの部屋は7畳のワンルームで、玄関を入ると右にトイレ、お風呂が並び、反対側にキッチン、奥に大きな窓があり、その光を浴びるように小さな丸テーブルがある。
キズハはわたしに背を向けるようにキッチンの扉に手を伸ばしていた。
トイレのドアに手をかけたとき、キズハがカップを落とした音がした。
落ちたカップを捉えるために後ろに向かったわたしの視線は、その軌道上でキズハの腕にある無数のリスカ痕を見つけた。
「キズハ!!」
キズハが反射的に腕を隠した。
「それ…なに……」
キズハは言葉を探しているようだったが、諦めたように口を開いた。
「もう、眠りたくないの。痛みを与えないと眠ってしまいそうなのよ。」
キズハは疲れたように言った。
「どうして……」
キズハは、いつも明るくて気丈だった。
弱音を吐いている人を叱咤して元気付けるようなことはあれど、弱音を吐くようなところは見たことが無かった。
キズハは懇願するような顔でわたしを見た。
「…怖いの。
眠るのが怖いのよ。
悪夢を見るの。悪夢だけど悪夢じゃないのよ!
痛いの!痛くて死んでしまいそうなの!
…そして、死ぬの。」
ゾッとした。
死ぬ?夢の話?
わたしは錯乱したキズハに腫れ物に触るように声をかけた。
「キズハ?…睡眠は大事だよ?」
キズハは目を見開いた。
「あんたにはあの痛さがわからないから!!
知りもしないくせにわかったような口聞いて!
……許せない!
そんなにわからないならわたしが殺してやろうか!!」
興奮したキズハの肩が大きく上下していた。
キズハはわたしが必死に友達になろうとしていた人たちと違って、地に足のついた人間だった。
テンカもそうだけど、派手なタイプではない、素朴で朗らかで、競わない。
とても居心地が良かった。
キズハもそう思ってると感じていたのは、今考えても思い上がりではないと思う。
わたしはキズハの肩に手を置いた。
「わたし今日泊まるよ。
キズハが眠るの怖いなら、眠らないで済むように一緒にいるね。」
たぶん、今キズハに必要なのは精神科だ。
でもこの時間、もう診療は終わってるし。
それなら少しでも安心できるように一緒にいよう。
「うん。ありがとう…ありがとう…。」
キズハは泣き崩れた。
それから、私たちは3時ごろまでトランプをしたりマリオをしたり、学校の話をした。
うつらうつらしながら必死で起きていようとしていたキズハも、とうとう眠った。
いったい何日寝ていなかったんだろう?
顔色が悪くなっていたのは眠っていなかったからだ。
キズハが眠ったことに安心したわたしは、キズハに毛布をかけると自分も床にゴロンと横になった。
ホントは布団で寝たかったけど、まあいっかぁ。
誰かにおでこをくすぐられている。
もう朝か。眩しくて目が開けられない。
今何時なのか見ようと近くに置いたはずのiPhoneを探った。
ふわふわ。チクチク。
…チクチク?
緑のいい匂いがする。
目を開けようとしたら、突風が吹いた。
目をギュッと瞑って突風をやり過ごしてから薄く目を開けてみた。
緑色が見える。
風が吹いておでこを前髪がくすぐった。
え?
「ここどこ…」
草原に寝ていた。遠くには建物や森も見える。
体を起こしてみる。
「あ、気がついたのね!」
少し遠くからキズハが走ってきた。
「…夢?」
「ごめんね、まさかスイムもこっちに
来ることになるなんて思わなかった。
知ってたらうちに泊めたりしなかったのに。」
キズハは痛がるようにギュッとスカートを掴んだ。
…………。
夢だ。
「これ、お水。
拾ったコップだけど、よく洗ってあるから。
湧き水が出てたんだよ!
この場所で目覚めたのはラッキーだった。」
私が水を飲んでいる間キズハはいろんな話をした。
何がきっかけだかわからないけど眠るとここに飛ばされるようになってしまった。
この世界で死ぬと自分の家で目覚める。死ぬのは本当に痛い。だから眠りたくない。
この話ができる人ができて良かった。
ここに長くいるのは危険だ。見晴らしがいいのですぐ魔物に見つかって食べられてしまう。
…久しぶりにすごい夢を見たもんだ。
私は厨二だけど、さすがにここまで厨二な夢は見たことがない。
水を飲み終えると「まだ必要になるかもしれないから」とコップをポケットにしまい、キズハはわたしの手をとって森へ歩き出した。
せっかく壮大な夢を見ているんだし、もしかしたら空を飛べたり、魔法が使えたりするかもしれない。
わたしはこの夢を楽しむことにした。
しばらく森を進むと、山小屋らしきものを見つけた。
「もしかしたらここに隠れられるかもしれない。」
キズハが声を抑えながら言った。
「隠れるって?」
「シッ!魔物からよ。」
キズハが注意深く山小屋の扉を開く。
「いや、大丈夫でしょ!そんなのわたしの魔法でちょちょいのちょいだよ。」
キズハがわたしの口に手を当てて塞いだ。
わたしはキズハに羽交い締めされるような形になった。
耳元にキズハのひそめた声がする。
「バカなこと言わないで!魔法なんて使えるわけないでしょう?
魔物に見つかったら最後、食べられて死ぬのよ?」
だって夢ですもの。
すっごい低空飛行とかはするかもしれないけど。
パキッ
奥の部屋から小枝を踏むような音がした。
キズハの顔がみるみる青くなった。
「ダメだ、スイム。
ここは何かいる。
…逃げよう。」
え、魔法使えるでしょ。
ふぁいやぁ〜!!!
間抜けな声を出して手を大きく広げた。
何も出ない。
「バカ!早く!!」
襟をグイと捕まれ外に引っ張り出された。
キズハに続いて森の中を走り出す。
魔法が使えないんじゃしょうがない。逃げるしかない。
でも運動は苦手なんだよねぇ。
キズハだって苦手じゃん。これがテンカだったらなぁ。
ヒィヒィ言いながら道無き道を登っていると、急に視界が開けた。
森はそこで切れて大きな崖になっている。
振り返ると、木々の間を縫うように魔物が距離を縮めてきていた。
「もうダメだ。これ絶対絶命ってやつだ。」
キズハが情けない声を上げた瞬間、頭上に大きな黒い影が降ってきた。
「きゃあああああ!!」
突然空から急降下してきた大きなワシのような生き物はキズハを鋭い爪で捕らえると、崖を飛び立った。
「キズハ!!」
背後から大きな唸り声が聞こえた。
追ってきた魔物がもうすぐそこまで来ていた。
牙をむいて涎を垂らしている。
これはどうゆう状況なんだろう?
さっきキズハは確か…
「わたしを食べるの?」
魔物に見つかったら食べられて死ぬ、と。
でももしかしたら動物のように、こちらが敵意を見せなければ仲良くなれるのかもしれない。
わたしが口の端をあげて笑顔を作ると、唸り声を上げて魔物が飛びかかってきた。
「ひゃあっ」
ビックリして尻もちをつく。
頬にビリリと熱い感覚が走り温かい液体が流れ始めた。
ズクズクと疼痛の刻むリズムに合わせて赤い血液が流れていく。
歯がガチガチと音を立て始めた。
これは夢じゃない。現実なんだ。
歯が、顎が外れてしまいそうなくらい大きくぶつかり合い始めた。
『死ぬほど痛いの!そして、死ぬの』
突然キズハの言葉を思い出した。
体が動かない。声も出ない。
歯だけがガチガチと忙しく働いていた。
狼のような灰色の魔物は一旦頭を低くしてわたしを睨むと、涎を垂らしながら美しく弧を描きわたしに飛びかかった。
後ろに押し倒されて頭を強く打ったわたしの肩に爪が食い込む。
痛い…痛い……!
魔物が大きく口を開け、涎がわたしの顎に垂れた。
喉の奥に吸い込まれる。
その覚悟をした。
シュコンッ
何かが魔物の頭を貫いて、魔物はわたしの上に倒れこんだ。
「無事?」
力を失った魔物を体の上からどけて、声の主を確認する。
ピンク色のフードを着た女性が立っていた。
「こんなところにひとりでいたら危ないよ?」
「あっごっ…あっごっ…ひっ…」
「あごひ…?顎緋を見たの!?」
違う。
あっごめんなさい、いや先にありがとうかな、いやごめんなさい、ひぃ!だ。
パニクっていて声にならない。
「ちょっと来て。」
「あ!わっと…い…!!」
あ!わたし友達を探さなきゃいけないのでいけません!!
「いいから早く!」
柱や壁に彫刻が施されたベージュの建物には厳かとゆう表現がピッタリだと思った。
城の中には銀色の甲冑を身につけた兵隊がそこかしこにいる。
その中を、豪華絢爛なドレスを着たお姫様がひときわオーラを放ちながらこちらに歩いてきた。
きっとこうするんだよね?
テレビで見たようにスカートの裾を摘み、うやうやしく頭を垂れてみた。
「あいつ傭兵だよ。」
え!!
頭を上げて見てみると、麗しのお姫様はありえないぐらい大きな剣を軽々と肩に担ぎ上げた。
「顎緋の討伐のために傭兵が集められてるの。
今日はその作戦会議があるからあなたの見た顎緋の情報を皆に提供してほしいのよ。」
あ。
「見てないです。」
「は?」
「ごめんなさい、見てない。」
「だって、顎緋って…。」
「あ、ごめんなさい、ひぃ、の略。」
略ってなんだよ。
魔物を倒してくれたクアリスは呆れたような顔をした。
「早く言ってよ。そう。そうなんだ。
じゃあ帰っていいよ。」
私は豆鉄砲を食らったハトのように目を開いた。
「待って!キズハを探してくれるって言った!」
「それはあなたが顎緋の情報を持ってると思ってたからでしょ?」
「お願い!大切な友達なの!一緒に探して!」
クアリスは困ったように溜息をついた。
「探してったって…。
魔物に連れ去られたんでしょ?
もう生きてないわよ。」
………。
そうか、でもまぁ確かこの世界で死ぬと現実世界に戻れて…
安心しかけたわたしは、頬の疼痛や爪の食い込んだ肩の痛みを思い出して血の気が引くのを感じた。
「どんな魔物だった?特徴がわかれば
だいたいの生息地ぐらいはわかるよ。」
「大きなワシみたいな生き物!
あ!そういえば足に輪っかがついてた…文字があって確か…」
大草原?大海原?だったかな…
「ああ、それは魔物じゃない。
生きてるよ。大原御さんとこの大鷲だ。
ついてきて。」
わたしは慌てて歩き始めたクアリスの後に続いた。
「生きてる?キズハは生きてるの!?」
「うん。生きてると思う。
大原御さんはよく好意で闘えない人たちを助けてるのよ。
大方、千里眼か何かであなたたちを見つけて大鷲を飛ばしたんじゃないかな?」
クアリスは顎に手を当てうんうんとうなづきながら続けた。
「私も少しは使えるんだよ、千里眼。
スイムを見つけたでしょう?
一応仙人だからね。」
「せん…にん。どんな?」
「………………桃。」
桃。……桃?
確かにピンクのフードもクアリスの持っている杖の先にあるものも桃っぽいと言われれば桃っぽい。
だが、腑に落ちない。
「どうやって闘うの?桃汁ぶっしゃー的な?」
クアリスは咳払いをした。
「わたしの専門は治癒だからね。
あなたの頬も肩も綺麗に治したでしょ?
桃って…甘いし水分多いし、回復には結構適してるんだよ。」
クアリスは決まりが悪そうに見えた。
「ほら、ここよ。
たぶん友達はここにいるわ。」
そう言ってクアリスは、木陰に立つドーム型の屋敷の扉をノックした。
「大原御さん、いる?」
木の扉が開くと中からふくよかで小さな女性が顔を出した。
「大原御さんとこにこの娘ぐらいの子、いない?」
「ああ、大鷲が連れてきた子ね。奥にいるよ。」
そう言うと大原御さんは私たちを招き入れ奥の部屋に案内した。
「キズハ!!」
暖炉の前にキズハが座っていた。
「スイム…?生きてたの?」
「キズハこそ!」
私たちは今までで1番再会を喜び合った。
そしてキズハは事の顛末を話し始めた。
大鷲に連れてこられて保護されたこと。
誰かに助けられたのは今回が初めてだったこと。
大原御さんから召喚術を教わっていること。
「ねえ、スイムも教えてもらおうよ!
やっぱり身を守る術はあった方がいいと思うんだ!」
え。帰らないの?
「そりゃあ闘えたらいいと思うけどさ、ずっとここにいるの?帰らないの?」
「スイム…。
帰るって、死ぬんだよ?」
キズハの真剣な顔を見て、背筋がゾワゾワと喉の奥に飲み込まれる覚悟を思い出した。
「…やる。」
クアリスとの近況交換を終えてこちらへ来た大原御さんが、うんと頷いた。
「そう。じゃあ休憩は終わりにしてそろそろ訓練を再開しましょうか。」
大原御さんの家の裏は広大な森になっていた。
チラ、と後ろを見るともクアリスもついてきていた。
心配してくれてるのかな。
きっと長女なんだろう。面倒見の良さを感じる。
少し歩くと木が生えていない一画が現れた。
「最初は妖精や精霊を使うよりそこら辺の浮遊霊を使う方が簡単だから、それでやってみしょ。
キズハちゃん、さっき教えたことやってみて。」
「はい。」
そう言うとキズハはスウと息を吸い込んだ。
そして手を前に出し、力を込めた。
ぼやっとリスのような輪郭が浮かび上がった。
「すごい!」
「まだまだよ。今のは形が見えただけ。闘うだけの力は無いわ。スイムちゃん、やってみる?」
笑いながらそう言うと、大原御さんはわたしの正面に来た。
「まずはピンク色をイメージして空気を吸い込んでね。その空気をおへその奥で金色に変えて掌から放出するのよ。
召喚術を早くマスターするには同調力がとても大切。
どれだけ召喚するものに同調できるかが鍵になるわ。
そうね、そこに猫の浮遊霊がいるから、その猫を吸い込むイメージをしましょうか。」
言われて、大原御さんが「そこ」と指し示した辺りに猫をイメージする。
そして猫の形を少しずつ崩しながら吸い込んだ。
「パワー、感じる?」
わからない。いつもと変わらない気がする。
「じゃあ放出して!」
お腹の中に金色をイメージして体に力を込める。
何か、湧き上がってきた気がする。
湧き上がる何かでスカートが捲れ、しっぽが膨らんだ。
「ニ"ャアアア!!!」
ニャア?しっぽ?
自分の体を見回すと、爪は尖りスカートのお尻の辺りからしっぽが出ていた。
「あっははははは!!」
大原御さんが盛大に笑い出した。
「放出しないで体に取り込んじゃったのはあなたが2人目よ!」
「…失敗ですか?」
「あなたの前にねぇ、ピンクって言ったら桃をイメージしちゃって桃と融合しちゃった子がいるのよ!」
反射的にクアリスを振り返る。
クアリスはバツが悪そうにしている。
「大丈夫大丈夫。
失敗は失敗だけどね。それだけ同調力が高かったってこと。
今後に期待できるね。」
大原御さんはおかしくてたまらないとゆう風に笑いを堪えながらフォローしている。まるで説得力がない。
「それ、解除できないから。」
クアリスが口をモゴモゴさせながら言った。
なん!です!とー!!
え、じゃあわたしずっとこのまま!?
「スイム、猫妖怪だね。」
休みがちになってから笑わなくなっていたキズハが、肩を震わせて笑っていた。
「ムスの根とキクリの肉を買ってきてね。それと、今日はお客さんが来るから、良さそうなお茶菓子があったら買ってきて。」
そう言うと大原御さんは50モル紙幣をくれた。
「魔物にはくれぐれも注意して、まだ闘えるなんて思わないでね。
人気の多い道だけ選んで行きなさい。」
「はい!」
勢い良くそう言ってお金を受け取ろうとしたわたしの前に、キズハの手が伸びてきて紙幣を摘んだ。
「スイムはすぐ失くすから、わたしが持ってるね?」
またですかぁ?
すーぐお姉さんぶるんだから。
キズハはときどきわたしを妹のように扱った。
実際、しっかりしてるし頼りになるからまんざら嫌ではない。
むしろデレデレに甘えてやりたくなる。
でも誕生日はわたしの方が早いから、実質お姉さんなのはわたしの方である。
わたしたちは屋敷の扉を開けると、大通りに向かって歩き始めた。
キズハは上機嫌で自分の手の平を見ている。
昨日も見てたよね?
昨日は手の甲だったっけ?
そんな癖あったかな?と不思議に思いながら、大通りに繋がる角を曲がった。
大通りの先がやけに騒がしかった。
悲鳴のような声が聞こえる。
「ママ!!」
大きな声の後に子供の泣き叫ぶ声が聞こえ始めた。
「スイム、行ってみよう!」
キズハが力強く言った。
え、でも大原御さんが危険があったら逃げなさいって…。
「子供が泣いてる!
何かあったんだ。ほっとけないよ!」
そう言ってキズハはわたしの返事を待たず、逃げる人々とは逆の方向に走り出した。
仕方なく、わたしも転びそうになりながら後に続いた。
私たちの走る先には、何か毒々(どくどく)しい色のスライムのようなものが見えた。
スライムは黒、紫、緑が
ごちゃ混ぜになったような液体を撒き散らしながら、泣き叫ぶ子供に近づこうとしている。
その体の中央辺りから棒みたいなものが2本突き出していた。
片方の先端に靴が見える。
どうやらあれは人間の足らしい。
「動きも遅いみたいだし、わたし引き抜いてみる。
スイムはあの子についててあげて。」
そうゆうとキズハは少し慎重な足取りでスライムに近づき始めた。
この3日でキズハは上達した。猪を召喚し、強化して木を薙ぎ倒せるぐらいにはなっていた。
それに比べて同調力が高いと言われたわたしは未だにアリ1匹召喚できずにいた。
あのくらい動きの鈍い魔物なら…。
わたしは女の子に走り寄り抱き抱えた。
「大丈夫。お姉ちゃんが助けてくれるよ!」
スライムの方を見ると、すでにキズハはスライムの目の前にいた。
両腕で足を抱え込み一気に引き抜こうとする。
その瞬間、引き抜こうとした辺りから液体が勢いよく飛び出しキズハはほぼ全身にそれを浴びた。
少しキズハの形が歪んだように見えた。
ドロ…とキズハの頭部が溶け始める。
「あ、あ、あ、」
恐怖か悲しみか判別し難い声をあげながらキズハが溶けていく。
気づいたら立ち上がっていた。
足がガクガク震えている。
女の子はまだ顔を上げずに泣いたままだった。
いつもは人の多い大通りも、みんな逃げたのか誰もいない。
わたししかいない!!
おぼつかない足取りで前へ出た。
昨日大原御さんがおまんじゅうを作ってくれた。
あんこを丸めて、生地を拡がしてあんこを包むのだ。
そのおまんじゅうの生地のように、スライムはわたしの目の前で大きく拡がった。
ミチュミチュと耳の中にスライムが入ってくる音がして、わたしは視界を完全に失った。
「うわあああああ!!!」
わたしは飛び起きた。目の前にキズハの顔がある。
辺りを見回す。
キズハのアパートだ。
「夢…」
動悸が治まらない。
キズハがわたしの顔を見てボロボロと泣き始めた。
「ごめんね…スイム…」
キズハの声に嗚咽が混じる。
「もう大丈夫だから今日は帰って…」
夢……じゃないのかな?
「でもひとりよりふたりの方が……」
夢うつつのような感覚のまま口がしゃべっていた。
キズハは涙をたくさん溜めた目でわたしの目を見た。
「わたしはまた3、4日眠らないで済むから。スイムはお家に帰って。
お家の人心配してる。」
「え、でもこれから学校…」
キズハが窓をチラと見た。
「スイム、今は夕方みたい。」
言われて窓の方に目を向けると、来た時と同じように窓から西陽が差している。
「あっちにいた時間と同じだけの時が経ってるの。」
え?
「たぶん3日経ってる。」
わたしは目を大きく開いた。
「帰らなきゃ!」
わたしは慌てて荷物をまとめるとお礼もソコソコにキズハの部屋を後にした。
家に帰ると玄関先でお父さんの雷が落ちてきた。
お母さんは泣いていた。
キズハの家に泊まるとは聞いていたものの、3日経っても電話には出ないし、キズハの家も番号も知らないから今お父さんと警察に電話しようとしてたとこだったのよ、と言われた。
その日は眠れなかった。
死の記憶を払拭するように、必死で召喚術のイメトレをした。
学校につくと、テンカがすごい勢いで飛びついてきた。
「心配したよ!バカ!!あんたたち学校サボってDVD見てたんだって!?」
え?
テンカが来た方を見ると、キズハがわたしを見て安心したような顔をしていた。
「何言ってんの、サボってないよ。1回死んできた。」
「はぁ!?」
「あのね、テンカ、落ち着いて聞いてね。
わたしたちね、異世界に行って召喚術の修行してたんだけどね、魔物に殺されて戻ってきたの。」
「はあ!?!?!?」
テンカの口が「あ」の形のままで止まり、目だけがギョロギョロとわたしの顔を観察する。
そしてプッと吹き出した。
「出たぁ〜!スイムの中二病!!その言い方迫真すぎて怖いわ!」
テンカは笑っている。
「そうなるに決まってるでしょ。」
キズハがボソッと耳打ちした。
わたしはムキになった。
「キズハの家で眠ると異世界に飛んじゃうんだよ!死ぬと戻ってくるの!」
「なに、キズハんちが異世界とでも繋がってんの?」
テンカは呆れたような顔をしている。
「うん。」
大真面目に、伝わるように、うなづく。
テンカの時が止まった。
しばし呆気にとられた後、テンカはおもしろがるように口をニッと開いた。
「じゃあさ!わたしもキズハんち泊まるわ!
今日はちょっとバイトが休めないから、明日とかどう?
あそだ、リクトも呼んでさ!
あいつ空手もやってるから強いよ!」
リクトくんはテンカの幼馴染で学年一スポーツ万能な男の子だ。
サッカー部のエースストライカーでもある。
冗談半分で乗ってきたテンカにわたしは全力で首を縦に振った。
「うん。お願いします!!」
「ちょっとスイム!危ないでしょ!?」
キズハがわたしの袖を引っ張った。
「運動神経の無いわたしとキズハだけの方が危ない!」
「それはそうだけど…。」
キズハはしばらく迷っていたが、降伏した。
「よろしくお願いします。」
家に帰ると、親に明日キズハの家に泊まることを伝えた。
昨日の今日なので少し怒られたが、連泊するときは必ず電話を入れるように、との注意と共にお許しが出た。
お母さんのご飯を食べて、ゆっくりお風呂に浸かった。
やっぱり自分ちっていいな、と思った。
昨日寝てなかったからお風呂を出たらすぐに寝てしまった。
ざわざわ人のしゃべる声で目が覚めた。
体のあちこちが痛い。
昨日寝てなかったからかなぁ?
枕元のiPhoneを探った。
ザラザラした土埃のような感触と硬くて冷たい石のような感触を感じた。
嫌な予感がする。
恐る恐る目を開けた。
見えるのはゴミ箱と所々にあるドアだけ。
薄暗い路地の石畳にわたしは寝ていた。
モヤモヤが膨らんでくる。
なぜ、自分ちで寝たのに来ちゃったの!?
お母さんと連泊するときは連絡するって約束した!!
明日キズハたちと約束してた!!
早く戻らなきゃ…
早く、なんとかここを出る方法を見つけなきゃ!
わたしは脳をフル回転させた。
そうだ!大原御さんに協力してもらおう!
ここを出る方法何か知ってるかもしれない!
………。
ふと悪い考えがよぎる。
こうゆう場合、また最初からになってたりする?
大原御さんはわたしを知らないかもしれない、そもそも大原御さんが存在しなかったりとか…。
首をブルブルッと振って厨二脳を追い払う。
可能性がゼロじゃ無いなら1でも2でも試さなきゃ!
わたしは路地裏から大通りに飛び出した。
まったく違う大通りだったけど、出た瞬間スライムがフラッシュバックした。
わたしは少しフラフラしながら、物知りそうなおじさんに話しかけた。
「あの、大原御さんって知ってますか?召喚師の。」
「さぁ、知らないなぁ。」
「森の中のドーム型のお屋敷に住んでるんですけど…。」
「聞いたことないなぁ。」
やっぱり、存在しないのかな…大原御さん…。
「クアリスは…知らないですよね?」
「え、将軍の?」
「いや、違うと思います。もっと弱そうな…桃仙人の女の人です。」
「だから、将軍でしょ?
知らない人はいないよ。知り合いなの?」
え、違うと思うけど…
あんまり違うと言うのも失礼かなとおどおどしていると、おじさんが気遣うように口を開いた。
「将軍なら今朝ここを通ってあの山の詰所に行ったよ。
まだいるんじゃないかな?」
うーん、それしか手がかりがないし、行ってみようかな…
「お嬢さん、ひとりで行くの?」
うん、とうなづく。
「気をつけなよ。」
おじさんは数歩あるいて向かいのパン屋に行くと、こちらにパンを投げてお金を払った。
「死ぬなよ。」
おじさんが優しいから行くのをやめようかと思った。
でも、お母さんに連絡できないから早く帰らなきゃ。
ブルッと身震いして、わたしは走り出した。
山の中は陽が当たらず涼しかったけど、相変わらずわたしはヒィヒィ言いながら山を登った。
おじさん、パンより飲み物が良かったよ。
なんて恩知らずな考えが頭をよぎる。
喉が貼りつくのを感じながら、スピード重視で山を登った。
しばらくすると森が途切れ、山頂に建つ詰所が見えた。
良かった。何事もなく山を登り終えた。
緊張の糸がほぐれた。
再び歩き出そうと重たい右足を前に出した。
右腿に何かが突き刺さった。
見ると、口の四隅から牙の生えた大蛇が腿に食らいついていた。
大蛇はぐるぐるとわたしの体に巻きつくと、締め上げてきた。
「う…が……」
毒と圧迫による呼吸困難で意識が朦朧としてくる。
朦朧とした視界は一瞬真っ白になり、光を失った。
目が覚めた。
叫び声も上げなかった。
疲れている。
キズハがあんな風になっていたのがわかる。
時計を見た。
午前4時。
朝まで眠れなかった。
学校に着くと、真っ先にキズハに昨日あったことを話した。
絶句していた。
キズハもわたしが自分の家で寝てあの世界に飛ばされるなんて思いもしなかったんだろう。
テンカが異星人でも見るような顔で聞いている。
「やっぱりこれ以上テンカたちを巻き込むのは…」
キズハがわたしに諭すように言う。
「なんか知んないけど早く終わらせればいいんでしょ?
人数多い方がいいんじゃないの?
4人も寄ったら超文殊の知恵だよ?」
テンカが今日のお泊りのワクワク感丸出しで言う。
わたしも、テンカたちを巻き込むことが正しいとは思えなかった。
でもテンカの言う通り、わたしとキズハでは何もできないのかもしれないとゆう不安もあった。
その後は何も発言できなかった。
「いい?
たぶん詳しいことは言っても実際見ないとわからないと思うし、信じないと覚えないと思うから言わないけど、これだけは約束して。
先に目覚めた人は物陰に隠れて自分の目覚めた場所を見ていること。
取り乱して他の場所に行ったりしないこと。
順番にみんな来るから。
絶対ひとりにはならないで。」
そうゆうとキズハは睡眠薬をひとりひとり手渡した。
眠りにつく時間をできるだけ合わせる作戦だ。
わたしは昨日の今日で眠るのが難しいし。
一斉に睡眠薬を飲んで、布団に入った。
しばらくするとグラグラと地面が揺れているような浮遊感がやってきた。
わたしは浮遊感に身を任せた。
目覚めると、真っ暗だった。
ヒソヒソと話し声が聞こえた。
キズハとテンカと…男の子の声。リクトくんかな?
どうやらわたしが最後だったみたいだ。
「スイム、目が覚めた?ここ、洞窟みたい。
暗いけど魔物もいないし、みんなが起きるのを待つのにちょうど良かった。」
キズハがホッとしたような声で言った。
「じゃあ、出ようか。
とりあえずスイムの得た情報からクアリスを探そう。」
キズハが先頭に立って洞窟を出た。
暗闇に慣れていた目に太陽の光は眩しすぎて、目が慣れるのに少し時間がかかった。
そこは平原で、少し遠くに町が見えた。
町に着くと、私たちは手分けしてクアリス将軍の所在を聞き込むことにした。
けど、クアリス将軍のことは知っていても、どこにいるかはわからない人ばかりだった。
「おい!この人がわかるって!」
リクトが酒屋のおじさんを指差して言った。
わたしたちは酒屋の前に集まった。
「今日は式典があるだろう?
だから国王の護衛についてるんじゃないかなぁ。」
「その式典ってどこであるんですか!?」
リクトが聞いた。
「隣町だよ。」
「それどっちですか?」
テンカが問うと、おじさんは眉を顰めた。
「おまえら、まさか歩いて行く気じゃないよな?半日はかかるぞ。」
「半日…」
私たちには時間がない。
できるだけ早く帰る方法を見つけないと、親が心配して捜索願いを出すかもしれない。
「馬車を使ったらどうだ?少しのお金ぐらいあるんだろう?」
「お金…」
お金なんか持ってない…。
リクトがキズハのポケットからするりと50モル紙幣を引っ張り出した。
「あっ!!」
「それは…」
「こっちのお金なんだろ?
キズハんちで返せるかもしれないからってポケット入れてるの俺、見てた。」
「でも勝手に使ったら…」
「出世払いってことで許してもらおうぜ!」
わたしとキズハは顔を見合わせた。
必ず返します!大原御さん!
馬車はギリギリ4人が乗れる小さなものだった。
馬車はすんなり借りられた。問題は、誰が馬に乗るかだ。
「わたしとスイムは無理だから。」
キズハが言った。
おい勝手に名を連ねるな!
「じゃあできるの?」
できませんけど。
「わたしも馬はさすがに自信ないなぁ…。」
テンカが珍しくしおらしいことを言う。
「俺、たぶんいけるよ。
荷馬車の経験は無いけど乗馬なら何度か経験ある。」
!!
さすが助っ人!さすがスポーツオールマイティー!!
わたしたち女子は荷台に乗り込んだ。
酒屋のおじさん曰く、隣町に続く街道はあまり危険ではないとのことだった。
とにかく先を急ぐことにした。
こっちに来てから2時間。向こうはたぶん午前2時頃だろう。
できれば朝までに戻りたい。
街道は両サイドに等間隔でポプラに似た木が植樹されていて、陽の光が射しては絶え射しては絶え規則正しいリズムを刻んでいた。
急に馬車が止まった。
魔物!?
キズハが真っ先に馬車を飛び降りる。
わたしとテンカも後に続いた。
「先を急ぎたいけど少し休憩しよう。もう馬が限界だ。」
わたしたちは街道脇の草原に腰を下ろした。
馬は草を食み始めた。
とても天気が良かった。
雲ひとつない青空はこの世には悪いことなどひとつもないと言いたそうにしていた。
人の気配を感じて左後ろを見た。
人がぽてぽてと街道を歩いてきている。
「どうも〜!こんにちは〜!」
テンカが人類皆友達とでも言わんばかりに声をかけた。
歩いていた人はピクと反応すると首を右側に倒してこちらを見た。
そして身体を前に倒して両手を地面につき、蜘蛛のような体勢になった。
「あのヒト、変…」
テンカが恐怖と侮蔑の混じった声を出す。
蜘蛛のような体勢のおじいさんはすごいスピードでこちらに向かってきた。
「うわぁ!」
リクトが飛び退く。
「魔物?」
「わからないけど、やばいかも。」
キズハが手を前に構える。
「リクトくん、ここはわたしがなんとかするから、馬を馬車に繋いで!テンカは荷台に乗ってて!」
え、わたしは?
「………。」
続きがない。なるほど。闘うわけですね。
わたしはスウと息を吸い込んだ。
「召喚!」
ボウッと光の玉のようなものが現れて消えた。
キズハの方を見るとすでに召喚した虎で蜘蛛男を押さえていた。
すごい…
蜘蛛男は肩を押さえている虎の前足に噛みついた。
そのまま肉を引きちぎり嬉しそうに咀嚼を始める。
虎は咆哮をあげながら消滅した。
「繋いだ!乗って!!」
リクトの声を聞き、キズハとわたしは全速力で馬車に乗り込んだ。
グンと馬に引っ張られ、荷台が動き始める。
蜘蛛男は首を傾げてこちらを見ている。
追いかけてくる様子はないようだ。
その後はしばらく誰も話し出すことができなかった。
隣町に着くと町の人に式典の場所を聞いた。幸運にも野外での式典のようだ。
人だかりを掻き分けて前に進むと、高い位置に作られた玉座に、国王らしき人物が座っているのが見えた。
後ろには数人の男性とピンクのフードの女性が立っていた。
「クアリス!」
聞こえたかどうかはわからないが、クアリスは少しピクと動いたように見えた。
式典はもう終了間際だったようで、国王が玉座から立ち上がり退席するところだった。
後ろに控えていた人たちも国王の後に続く。
わたしたちは急いで後を追った。
「クアリス!」
クアリスは立ち止まって振り返ると「仕事中!」と言い捨てた。
「教えてほしいことがあるの!」
「またぁ?
わたし便利屋じゃないんだけど。」
クアリスはわたしのことがわかるようだ。
わたしはさっきの馬車の残りの10モル札を差し出した。
クアリスはやれやれと言うように首を振ると「国王に報告が終わったらあそこの宿舎に戻るから、宿舎の前で待ってて。」と言った。
この世界に来てから6時間が経っていた。
「それで?何が聞きたいの?」
宿舎に戻って来たクアリスが、マスカットのような果物をかじりながら問うた。
おなかがぐううと鳴った。
「食べる?」
聞きながらクアリスは5人分の食器を並べ、パンとスープを入れ始めた。
「あの、これ…」
10モル札を差し出す。
「いらないよ、そんな端金。
わたしいくら稼いでると思ってんの?」
クアリスがシラっとした顔をする。
一度10モル紙幣を見て、もう一度差し出した。
「報酬もいらない。
あんたらどうせご飯食べるお金ももってないんでしょ?
そんなんじゃたいしたもん食べれないよ?
ここにだってそんなたいしたもんはないけどさー。
おなかすいてんでしょ?
食べながら話は聞くから。」
この世界に借りばかり増えていくのを居心地悪く感じながら、わたしたちはクアリスにご馳走になることにした。
「あのね、クアリス。
落ち着いて聞いてね。
わたしたちね、異世界から来てるの。」
ブーッ!
冷静そうだったクアリスがスープを吹き出した。
「な…んだって?」
わたしたちは今までのことをクアリスに話した。
「なんてことだ…嘘でしょう…」
クアリスは眉間を親指と人差し指で挟んで天井を仰いだ。
コンコン
ノックの音にクアリスが「はい」と返事をした。
「失礼します。耶々(やや)様から伝言です。
耶々様は明日の戦線に立たれるとのことです。」
「耶々が?どうして?」
「明日の戦線に異世界の救世主が現れるとの星の導きだそうです。」
クアリスはしばし絶句した。
「わかった。自分の身ぐらいは自分で守るように伝えといて。
「承知しました。」男は下がっていった。
「クアリス、今の話って…」
「ああ、耶々ってこの国じゃ1番の占い師なんだけど…異世界から来た4人とその仲間たちが世界を救うって予言を出してるのよ。
明日の戦線に出るって…」
「救世主って?」
「最近魔物が増えすぎて人口がどんどん減ってるんだけど、人が魔物化する現象も起きてきてて、ただでさえ魔物に食われて人口が減ってるってのにさらに加速してるのよ。
…それを解決する救世主が明日戦線に現れるんだって。」
さっきの首を傾げた蜘蛛男が頭に浮かんだ。
「異世界から来た4人って…わたしたち?」
キズハが尋ねた。
クアリスはテーブルに肘をつくとその手で頭を抱え込んだ。
「はぁ…。救世主がこんなに弱いなんてどうすりゃいいのよ。」
クアリスはそのまま髪をグシャグシャにした。
「クアリス、その耶々さんに会えば帰る方法わかるかな?」
「はぁぁぁ。そうなるでしょ?ね、そうなるでしょ?」
クアリスは余計に髪をグシャグシャにした。
もう鳥の巣みたいになっている。
「やだよ、こんな自分の身も守れないお荷物4コも…。
救世主って何?辞書で引いたら意味『お荷物』って出て来るんだっけ?」
「あの…クアリス、わたしたち早く帰らなきゃでできればすぐに耶々さんに会いたいの!」
「そんなに早く帰りたいんだったらさっさと魔物にでも食べられちゃいなさい!」
わたしたちは黙るしかなかった。
「とにかく、せめて自分の身は自分で守って。明日までに少なくとも障壁だけはマスターして!
それから現場では治癒のお手伝いね。お金必要でしょ?」
4人で顔を見合わせた。
大原御さんにお金返さなきゃ!
うん、と全員うなづいた。
「よし!そうと決まれば修行は1秒でも早く!フスナさんとこ連れてくからみんなついてきて!」
風車の回る集落を抜けると、一際大きな風車の回る木造家屋があった。
クアリスが扉を叩くとギイと音を立てて扉が開き、中からわたしたちと同い年くらいに見える女の子が出てきた。
「フスナさん、ちょっと無茶なお願いなんだけど、明日戦場にこの子たち連れて行かなきゃいけなくなったのよ。それで障壁だけでも覚えさせてもらいたいんだけど。」
「無茶よ。」
フスナと呼ばれた女の子は表情を変えずに答えた。
クアリスはジャラジャラ鳴る重そうな袋をフスナに手渡す。
「そこをなんとか。」
「わかった。」
フスナはあっさり承諾した。
「構えて。すぐ始める。」
フスナはいきなりリクトに向かって衝撃波を放ってきた。
「グゥ…」
「ホントになんにもできないんだ。大変。」
カチンときたがこれから教えてもらう身なので何も言わなかった。
「まずは風を操ることから教えるわ。
障壁も念動力も同じ。
要は外に向かう空気を自分の周りに張るか、相手に向けるかの違い。」
フスナの教え方は言葉とは裏腹に懇切丁寧で、わたしたちはすぐに障壁をマスターすることができた。
「念動力までいきましょうか。飛ばしたいもの持ってきて。」
わたしは手近にあった椅子を持ってきた。
キズハは短剣を、テンカは手裏剣を持ってきた。
「なあ、これ飛ばせる?」
リクトはどこからかトゲ付きの鉄球を持ってきた。
「それは拷問道具よ。いいわ、特別にあげる。」
フスナは何も問題ないというように表情を変えずに言った。
トゲ鉄球には所々黒ずんだ赤い色とそこに絡まって毛のようなものが見えたが言わないでおいた。
「投げる、蹴る力に風の力をプラスして殺傷力を上げる。あとは重いものを持ち上げる力のサポートなんかもできる。」
そう言うとフスナはテーブルの上のペンを持ち上げスッと投げた。
ペンは壁を貫通してさらに外の大木を貫通し、三本先の木に刺さって止まっていた。
テンカとリクトは勘がいいのか念動力もすぐにマスターした。
わたしは結局障壁以外はマスターできず、キズハも念動力をマスターできなかった。
そして朝が来た。
「怪我人はここに運ばれてくるから、あんたたちは救護のお手伝いをしてね。」
たくさんの担架が積み上げられた馬車の傍らにシートが敷かれ救護所が設えられていた。
傭兵と思しき屈強な男たちがそこかしこで軽く身体を動かしたり談笑したりしている。
「出血のひどい人がいたら障壁の要領で止血しといてあげてね。」
クアリスは全体に気を配りながらテキパキと指示を出している。
「今日は何があるの?」
「顎緋の討伐。私たちが異変の元凶とみている目撃情報の中で最大級の魔物よ。」
あごひ…
「顎緋って?」
リクトが問う。
「顎に緋色の髭を生やした龍。
魔物は野生動物が変異したものがほとんどだから、顎緋は桁外れに巨大よ。」
「それがここに来るの?」
「寝ぐらの近くなのかここで毎日目撃されてるの。
1日2度目撃されてるからたぶんもうすぐ現れるはずよ。」
きっと大変なことなのだろうけどピンと来なかった。想像が及ばない。
「いつもはわたしが耶々の予言にそって作戦を立てて指示を出してるんだけど、今日は耶々が出てるから治癒の方にも回れると思う。
でも何かあったら周りの人に助けを求めて。」
そうゆうとクアリスはばらけて談笑している傭兵たちにテキパキと指示を出しながらその先の傭兵の塊の方へと消えて行った。
周りでは武器を持たない男性や女性が担架や水を運び出していた。
テンカとリクトも大きすぎる魔物に想像がつかないのか、ピクニックにでも来たような呑気さを放っていた。
キズハだけが少し気を張っていた。
空の色が青から白に変わり、空の中心の辺りを次第に黒く変えていった。
雨が降るのかな?と思った。
空は次第に黒を濃く濃くし、溜まりきった墨が流れるように雷を落とした。
「来るぞ!」
クアリスが叫んだ。
談笑していた傭兵たちも武器を構え、一気に戦場の空気が張りつめた。
雲が雷を産み落としたあたりから、緋色の髭を生やした龍が姿を現した。
龍はしなやかに身体をくねらせながら状況を把握するように全体を見回すと、先頭の傭兵の塊に突っ込んだ。
救護班の男たちが担架を持って走り出す。
まるで映画を見ているようだと思った。
担架を持った男たちが人を乗せて帰ってきた。
腕がない人、足がない人、肉がえぐれて骨が見えている人…
女たちは障壁で出血を抑え治癒魔法を使っていたがどう見ても人手が足りない。
「わたしたちもやらなきゃ。」
キズハが立ち上がった。
治癒魔法が回って来るまでの間、わたしたちは必死で止血をした。
同時に2、3人の止血をしていてもとても手が足りなかった。
目の前で死に絶えていく人をどうすることもできなかった。
自分の努力の足りなさをこれほど悔いたことはなかった。
突然耳を劈くほどの大きな衝撃音がした。
見上げると緋色の顎髭を蓄えた巨大な龍が、目の前で大きな障壁にぶつかって少し跳ね返されていた。
横を見るとクアリスが救護所を覆うほどの大きな障壁を張っていた。苦しそうだ。
視線を戻すと体勢を立て直した顎緋と目が合った。
きっと刹那の出来事なのだろうけど永遠のように長く感じた。
「おまえら!こっちに来い!」
クアリスが救護所に障壁を張ったまま走り出した。
よくわからないまま足をもつらし後に続くと、顎緋は視線の先をこちらにずらし始めた。
「顎緋にはおまえらが救世主だってわかるみたいだね。
持ち場変更。囮になってもらうよ!」
そう言うとクアリスは先頭集団の方に走った。
前方にはこちらに武器を構えた傭兵が龍の到着を待っているのが見えた。
わたしたちが転ぶように先頭集団の中に入ると、傭兵たちは雄叫びをあげて龍に突進した。
龍に群がった傭兵は一薙ぎにされ、救護に来る担架の数が間に合わずあっとゆう間に死体の山ができた。
龍は首を高く上げると物色するように先頭集団を見た後、槍のようなスピードで首をこちらに向かって伸ばしてきた。
クアリスが大きな障壁を張る。
障壁にぶつかった顎緋はビリビリと周囲に雷を放ちながら少し後ろに下がった。
一瞬怯んだ龍の首に、豪華絢爛なドレスを身に纏った少女がパラソルを操るように大剣を刺した。
龍は咆哮をあげながら少女を突き飛ばしウネウネととぐろを巻き始めた。
龍が体勢を整え終えるより早く、獣のような影が龍の首に噛み付いた。
龍は振り払うように首を左右に振った。
遠心力で龍の肉は引きちぎられ、次の一振りで獣は地面に打ち付けられた。
打ち付けられた獣は咆哮をあげながらふくよかで小さな女性の掌に帰っていく。
「大原御さん!あ、お金!クアリス、お金!」
「今それどころじゃないでしょ!」
クアリスの注意が一瞬こちらに逸れて気が緩んだ。
障壁の薄くなったところを龍が突き破ってくる。
龍はクアリスを突き上げ宙に飛ばした。
「クアリス!!」
地面に打ち付けられたクアリスの肩の肉は削げ、骨が見えていた。
キズハがクアリスの代わりに障壁を張る。
わたしたちを守るために精一杯張られた障壁は龍に簡単に突き破られキズハは後方に突き飛ばされた。
咄嗟にテンカが手裏剣を投げた。
投げた手裏剣は龍の硬い皮膚に突き刺さった。
テンカは続けて持てるだけの手裏剣を投げた。
手裏剣は確かに突き刺さっていたが、皮膚の硬く厚い龍は身じろぎもしなかった。
続けてリクトが鉄球を蹴った。
リクトの蹴った鉄球はしっかりと龍の眉間の中心を捉え、めり込んだ。
龍はピクと反応したが、ダメージを与えられたとは言い難かった。
次はわたしだ!
わたしは掌を前に出してヒクつく息を吸い込んだ。
「召喚!」
光の玉がボウと現れて消えた。
役立たず。もうお終いだ。
気休めにしかならないのは全員がわかっていたが、わたしたちは障壁を張った。
テンカとリクトは初めての死の予感にガタガタ震えていた。
しかしいつまで経っても死の瞬間は訪れなかった。
瞑っていた目を開けると、しなやかな身のこなしの長身の男が龍の左眼に鉾を突き立てていた。
動きを止めた龍の前で箒に乗った小さな女の子が大きな焔を生成し、龍に放った。
焔は次第に威力を増しながら加速し、龍の頭部を包んだ。
龍は断末摩の咆哮を上げながらしばらくの間うねっていたが息絶えた。
救護班がクアリスに駆け寄り運んでいった。
先ほどの長身の男が小さな少女に声をかけた。
「大丈夫かい?怖かったね。」
いや大丈夫じゃないのも怖かったのもこちらであって、その少女には恐怖の感情が見てとれないし、結局トドメを刺したのは彼女なので今回の最強の戦士とゆうことになると思うんだ。
「いつでも頼っていいんだよ。怖かったら抱っこをせがんだっていいからね。」
「キモロリコン。死ね。」
少女はその愛らしい口から紡がれるとは到底想像に難い暴言を爽やかに吐いた。
「ふふ…」
黙っていれば耽美極まれるその男は嬉しそうに笑いながらこちらの側を通り少女の前から立ち去った。
「幼女…いい匂い。」
何か聞いてはいけないものが聞こえてしまった気がしたが聞かなかったことにしておいた。
わたしたちは救護所に向かった。
救護所ではクアリスとキズハが治癒を受け終えて、他の怪我人の救護に当たっていた。
わたしたちもそこに加わった。
怪我人の治癒がほぼ完了すると耶々さんがやってきた。
初めて見た耶々さんは白いベールと白い布で顔を隠した凛とした女性だった。
わたしたちは自分たちの世界に帰る方法を耶々さんに聞いた。
「わたしにわかっていることはあなたたちはこの世界の混乱を断ち切るために誰かに召喚されているとゆうこと。
それが誰なのかはわからない。
それが終わるまでは例え死んだとしても何度でも召喚されるでしょうね。」
「元凶はもう倒したんじゃないんですか?」
テンカが問うた。
耶々さんは一瞬言葉に詰まり、困ったように言った。
「魔物の気配が消えていないの。」
言葉を失った。
わたしたちはどうやらまだまだ親の元へは戻れそうにない。
「城に戻ったら表彰式があるからね。」
私たちは顔を見合わせた。
クアリスがわたしとキズハの頭をぽん、ぽん、と順番に叩く。
「あんたたちはないわよ。」
クアリスは少し笑いながら続けた。
「テンカとリクトは致命傷になってないとはいえ攻撃を当ててるからね、表彰されるよ。
これからは正式に傭兵として要請が来ると思う。」
テンカとリクトが目を開いて顔を見合わせる。
わたしとキズハはもっと目を開いて2人を見た。
城は大勢の国民で賑わっていた。
「そりゃそうだよね、ほとんどの人はこれで終わったと思ってるんだもん。
真実を告げるのは気が重いなぁ。」
クアリスがカクンと首を後ろに落とす。
「テンカとリクトはここに並んでね。あんたたちは下で見てて。」
言われるまま群衆の先頭に混じると、国王が壇上に上がり群衆は盛大な拍手を送った。
「責任」の伴わないわたしでも、クアリスや国王の気まずさを自分のことのように感じる。
国王は表情を変えないまま少しだけ頭を下げた。
これから現実を受け止めることになる群衆への国王の気持ちなのだろう。
憮然とした表情に見えるがきっと悪い人ではないんだろうなと思った。
壇上にはクアリス、トドメを刺した少女、変態鉾使い、大原御さん、お姫様傭兵、リクト、テンカが続いて上がった。
国王はテンカの前まで来ると勲章を受け取り、テンカの襟に挿した。
テンカはガチガチに緊張して手をペンギンのように開いていた。
リクトも緊張しているらしく、後ろから見ていて微動だにしなかった。
お姫様傭兵は国王が目の前に来ると肩に担いでいた大剣を下ろして脇にキチンと抱えた。
そしてドレスの裾を少しだけ持ち上げると片足を後ろに引き頭を下げた。
国王が大原御さんの前に来ると、大原御さんは両手を重ねゆっくりとお辞儀をした。
そして勲章を受け取り一礼して後ろを向くと掌から戦場で見た狼を出した。
大原御さんが「この子も祝ってください」とゆうように群衆に向かってお辞儀をすると、群衆はそれに応えるようにさらに拍手を大きくした。
美しい男は国王を前にして胸に手を当て足を折り大仰に頭を垂れた。
そして勲章を受け取り後ろを向くと、全身で表現するように投げキッスをした。
群衆のところどころから黄色い声が飛んだ。
小さな女の子もやはり勲章を受け取った後、後ろを向いて大きな焔を出してみせた。
なるほど、あそこに上がったらエンターテイメントが必要らしい。
わたしはいつか上がったときのために光の玉を見せるイメトレをした。
国王はクアリスの前まで来ると眼くばせをした。
クアリスはみんなに壇上から下がるよう指し示すと、国民に向き直った。
「みなさんありがとうございます。彼らの功績により無事顎緋の討伐を成し遂げました。」
拍手が巻き起こり歓喜の声があがる。
「みなさん静粛に。お伝えしなければならないことがあります。
魔物はまだ消えていないようです。」
「ほら言ったろう!俺は昨日魔物に噛まれたんだって!
何回言ってもお前は獣の間違いだろうってよぅ…」
群衆の中からチラホラそんな声が上がっていた。
「わたしたちが必ず、みなさんが安心して暮らせる国に戻します。
それまでは不安な日々が続くかと思いますが、どうか信じて待っていてください。」
群衆からヤジが飛んだ。
偉い人って大変だと思った。
「夜は祝勝会があるんだけど、あんたたち汚れてるでしょ?
疲れてもいるだろうし、祝勝会の前に温泉に行こうか?」
クアリスの一声でわたしたちは温泉に来ていた。
「あー、わたしのぼせたわ。」
テンカがお湯から出て岩の上に座る。
テンカの横ではクアリスが髪を洗っていた。
わたしはお湯に浮かんでいる。
キズハと、顎緋にトドメを刺した少女リリムは静かに湯船に浸かっていた。
「リリム〜、洗ってあげるからおいで!」
テンカが少女に声をかける。
リリムは湯船から上がるとテンカのそばに立ち、片手を腰を当て斜めにテンカを見た。
「小童に洗ってもらう必要などない。」
「こ、こわ!?」
テンカが大げさに仰け反る。
「こら、子供がそんな口聞くんじゃない。」
キズハがお湯から上がりながらリリムの頭をポンと叩いた。
「リリムちゃんはいくつ?」
キズハがお説教をしようとリリムの前にしゃがみ込む。
「327。」
……?
「なぁに?どうしたの?」
キズハが優しく尋ねる。
「おまえたちより311年長く生きている。
体の洗い方ならおまえたちよりも詳しいだろう。」
テンカが服をリリムに投げた。
え、なに、ひどくない?
ちっちゃいのに生意気っちゃあ生意気だけど、そこまでしなくてよくない?
テンカは自分の服を掴み叫んだ。
「誰かいる!!」
テンカが岩陰に向けて走り出す。
バタバタと足音がしたと思ったら「キャッ」とゆう声が聞こえてきた。
慌てて服を着て岩陰に向かうと、弓なりに仰け反ったテンカをしっかりと支える美しい鉾使いルナキスがいた。
テンカは顔を真っ赤にしている。
顔が近い。
「ババババババカ!その手を離しなさいよ!!」
「離すと落ちるよ、お嬢さん。」
「へっへっ変態!!」
テンカはギュッと目を瞑った。
「大丈夫。僕は変態だがキミは対象年齢を10歳ほど越えている。だから安全だ。」
そう言ってルナキスは目が眩むほど美しい笑みを浮かべた。
テンカはさっきとは違う理由で顔を真っ赤にした。
「ふざけんな!!どの道変態じゃないか!」
テンカは服を投げつけた。
投げた服がハラハラと地面に落ちる。
あっ。
テンカの悲鳴が湯気の立ち込める温泉に木霊した。
「だから、僕は何もしてないじゃないか。助けただけだろう?」
祝勝会ではみんなドレスアップさせてもらっていた。
わたしやキズハはキャッキャキャッキャ喜んだんだが…
テンカはずっとプリプリ怒っている。
「女風呂覗いてたくせに!何が何もしてないよ!!」
「僕は女風呂なんか覗いてない。リリムに悪い虫がつかないように見守っていただけだ。」
テンカは涙を浮かべてルナキスをキッと睨んだ。
「おまえが悪い虫なんだよ!!」
バチン!大きな音を立ててルナキスを引っ叩くとテンカはプリプリしながら食べ物が並んだテーブルの方へと行ってしまった。
リクトはテーブルに肘をついてそんな2人のやりとりを眺めている。
「リクトは何か食べないの?」
「別に。」
え?リクト、そうゆうキャラじゃないよね?
試しに骨つき肉を口に突っ込んでみる。
リクトは口だけ動かしてモグモグ食べ始めた。
まあ心配いらないのかな?
「スイム、ちょっと話があるんだけど。」
ドレスアップしたクアリスがやってきた。
「なにー?」
わたしは自分の口にも骨つき肉を突っ込みながら答えた。
「あんた顎緋の前で光の玉出したよね?」
「うん、すぐ消えちゃうんだけどね。」
「あれ、小さくて分かりにくいけどフレアなんじゃないかと思うんだよね。」
フレア?
あの、ロープレとかに出てくる核融合的な魔法?
「闘う時に広範囲から物質の原子をわたしは集めてるの。
例えばあんたを最初助けたときクリスタルを召喚して魔物に刺したんだけど、原理的には空気中に浮遊してるクリスタルの粒子を広範囲から集めて結晶化してるのね。
それと同じように、スイムは広範囲から磁気を集めてるんじゃないかな?
とりあえず大原御さんに聞いてみないとわからないし、修行すれば大きくなるかもしれないから、あんた明日から大原御さんとこ行きなさい。」
「えー!みんなは?」
クアリスはシラッとした顔をした。
「何もできないのはあんただけでしょ。」
まあ、それはそうなんだけど。
ぶすくれて横を向くとキズハが何かを見て固まっているのに気づいた。
それに気づいてテンカもこちらに戻ってくる。
キズハが外に向かって歩き出した。
様子がおかしかったのでわたしたちも後に続いた。
庭園に出てキズハの進む先を見ると、藍色のローブの男が発光する紙を掌に浮かべて立っていた。
「やぁ、やっと気づいた?
はじめまして。
意外に鈍感なんだね、キズハ。」
男は口の端を少し上げながら声を発した。
「あなた…どこかで……」
「本体に会うのは初めてだ。
夢の中では会ってるよね。」
「あっ…」
キズハの顔色が変わった。
キズハは下を向いてスカートの裾をギュッと握った。
「覚えてる?
キミが求めたんだ。キミが僕とこの世界を呼び寄せた。」
「呼び寄せた?どうゆうこと?」
リクトが眉をひそめる。
「キミたちのお友達は、キミたちの世界が嫌いだったんだ。
キミたちも含めて全てね。
その波長が、僕と合った。」
「どうゆう…こと?」
ただならぬ空気にテンカが不安そうに問う。
「契約したんだ。」
「やめて!!」
キズハが両手で顔を覆った。
藍のローブの男は声をあげて笑いながら続けた。
「キズハったらどんどんお友達をつれてくるんだもん。本っ当やる気あるよね!」
「違う!」
「僕とキミは同じだ。わかり合えるのは僕とキミだけ。
キミがこの世界にトドメを刺したら約束通り僕がキミの世界を壊してあげる。」
「お前!!」
クアリスが叫びながら空中に無数のクリスタルを出現させる。
「あはは!約束だよキズハ!
忘れないで、キミを全て理解できるのは僕だけだ!」
藍のローブの男は残像を残して消え、周囲の樹木や地面にクリスタルが突き刺さった。
宿舎に戻ったわたしたちはとても重たい気分だった。
「キズハ、大事なことだからちゃんと話して。」
クアリスが厳しい口調で言った。
キズハはしばらく口を開いたり閉じたりして迷っているようだったが、とうとう言葉を発した。
「思い出したの。
ここに来るようになる前に夢を見た。
あの人だった。
お互いの望みを2人で叶えようって。」
「キズハは敵ってこと!?」
リクトが大きな声を出した。
「違う…と思う。
今は望んでないよ。
あのときはどうかしてた。
全部無くなればいいと思った。
何もかも。」
キズハは少し間をおいて続けた。
「…お父さんがね、蒸発したんだって。
家のお金もカードも全部持って。
お母さんね、気が触れちゃって全部わたしのせいだって。
おまえがいなければこうならなかったって。
おまえなんかを遠くの高校にやらなければって。」
キズハの瞳に留まれない涙が溢れては落ちる。
「高校が憎く思えた。
高校の優しい友達が憎く思えた。
これと引き換えにわたしは家族の幸せを壊したんだって。
何もかも嫌だった。
わたしを取り巻く全てを壊したかった。」
「キズハ…そんなとこ見せなかったじゃない。」
テンカが信じられないとゆう風に言った。
「ズルイでしょ?
いらないと思いながら手放せなかったのよ。
なきゃ困るから上辺だけの優しさで内側の破壊衝動を隠して……」
一旦言葉を切ったキズハは、視線を泳がせた後目をギュッと瞑った。
「わたしは……醜いの!!
結局自分のことしか考えられないのよ!」
キズハは吐き出すように言った。
キズハの強く瞑った目から涙が溢れる。
キズハ……そうじゃないと思う。
そうじゃないよ。
「キズハ…ズルイのは自分を悪者にして自分の本当の気持ちを隠してしまおうとしてる弱さだよ。
キズハは自分のために優しくしたかったんじゃない。
わたしたちのために優しくしたかったの。
自分が間違ってると思いたかったんだよ。」
キズハを見た。
キズハの様子は変わることなく小さく縮こまっている。
わたしは言葉を続けた。
「大切にしたい気持ちをいらないって気持ちで無理矢理押し込めようとしたんだよね?
でも無理だったんでしょう?」
キズハは何かを振り払うようにこちらを向いた。
「そんなんじゃない!!
そんなわたしはいいもんなんかじゃないの!
勘違いしてる!!」
「キズハ…」
テンカも口を開いた。
「自分のことって自分に1番見えてないことあるあるだと思うよ。
わたしキズハよりキズハのことわかってる自信ある。」
キズハは声もあげずにただボロボロボロボロと涙を流して聞いていた。
「でもわたし…契約してしまったの…この世界を滅ぼすって。」
「大丈夫。
キズハはわたしたちの中で1番、真剣に魔物と闘ってきたよ。
いつだってこの世界の人たちを守ろうとしてた。」
わたしは今までのことを思い返していた。
泣いている女の子のお母さんを助けようとして死んだキズハ。
馬車が停まったとき、魔物かと真っ先に飛び出したキズハ。
わたしたちを守るために障壁を張って突き飛ばされたキズハ。
「そんなキズハにこの世界を滅ぼせるわけがないじゃない!」
キズハは嗚咽し始めた。
「キズハ、あんたの目の前には将軍がいる。わたしが絶対にそんなことはさせない。
もし変なことになったらわたしが必ずあんたを止めるから。
目を離すと危険だから、わたしたちとずっと一緒にいな。
これは命令だよ。」
クアリスがキズハの頭をポンポンしかけて、グシャグシャにした。
それが合図かのようにわたしとテンカはキズハに抱きついて泣きじゃくった。
リクトも袖で涙を拭っていた。
絶対、絶対、キズハを離さないって心に誓って。
「大原御さんに依頼料渡すからね、送ってくよ。」
あ、わたしができそこないなばっかりに、なんかすいません。
「ひとりやだなー。」
「大原御さんとヌエがいるじゃない。」
「だってさー、ヌエってなんか狼の精霊のくせにシベリアンハスキー感が足りないってゆうかー、なんかペット感が足りないんだよねぇ。愛玩感に欠けるって感じ?」
「大原御さんがいるじゃない。」
「大原御さんは優しいよ?優しいけど先生と昼も夜もマンツーマンとか緊張するじゃん、わかるでしょ?」
「つべこべ言わない!」
クアリスはわたしの頭にチョップした。
クアリスがふと真面目な顔になった。
「キズハのことは任せてよ。わたしがちゃんと見てるからさ。」
「うん…。」
「なんかあったら連絡するし。」
「うん…。」
「これは言うかどうか迷ったけど…、キズハに自分がおかしくなったら殺してって言われた。」
………。
キズハならそう言うだろうと思った。
この世界の人たちのことを考えたら、殺しても死なないわたしたちが殺さないでくれとは言えない。
「そのときは必ず殺すって返事したよ。」
「……うん。」
クアリスの袖をギュッと握った。
「大丈夫!そうならないように最善を尽くすから!」
頭だけでコクと返事をした。
「ほら!着いたよ!」
クアリスは大原御さんの屋敷の扉をコンコンとノックする。
「大原御さん、見てほしいものがあるの!」
わたしたちは大原御邸の森に来た。
「スイム、じゃあ光の玉出して!」
「うん。」
わたしは立ち上がると掌を前に出した。
「召喚!」
ボウッと小さな光の玉が現れて消えた。
「すごい…」
大原御さんが感嘆の声を上げた。
「これはディバインよ。」
「ディバイン!?」
わたしの質問する声とクアリスの驚きの声が重なった。
「うん。あなたは天から神の祝福を集めてこの光の玉を出してるの。」
「そんな…」
クアリスは信じられないとゆう表情で光の玉が出ていた辺りを見ている。
「すごいことなの?」
「大変なことよ!
大原御さん、わたし帰って国王に知らせる!
この娘のことよろしくお願いします。」
そう言ってクアリスはわたしの頭の上に置いた手を強引に下げて一礼させると、急いで森を出て行った。
「育てれば大きな戦力になるわ。
頑張りましょう。」
大原御さんは力強く微笑んだ。
あの人の名前を思い出していた。
夢の中で名前を聞いた。
あの人の名前は確か…
「ロザイア…」
突然窓が開き突風が吹いた。
カーテンがバタバタと揺れている。
「僕の名を呼んだね。」
闇から夜が舞い降りてきた。
「キズハ。」
呼ばれてロザイアを見上げる。
怖くてガクガク震える想像をしていた。
なのに、まったく怖くなかった。
安心すら感じた。
「行こう…」
夜を纏った男が手を差し伸べた。
「行けないよ…」
キズハは手を引っ込めた。
ロザイアはキズハの腰にするりと手を回すと、抱きしめた。
「悪い子だ。」
キズハを抱いたままロザイアは高く上空へ舞い上がった。
「さぁ、僕たちの子供を産んでくれ、キズハ。」
キズハはビクビクと体を痙攣させると、股の間から魑魅魍魎を落とし始めた。
次々に産み落とされる魑魅魍魎は一所に集まり、やがてひとつの大きな塊となった。
「かわいいよ、キズハ。」
ロザイアはキズハを優しく窓からベッドに下ろした。
「キミは僕のものだ。また僕の子供を産んでくれるね?」
キズハの返事を待たずにロザイアは煙のように消えた。
事態が飲み込めぬまま、キズハはボロボロと泣き出した。
「クアリス!…クアリス!!」
「スイム!クアリスから思念波よ!
仲介するから聞いて!」
大原御さんの緊迫した声に慌てて大原御さんのそばに走る。
「スイム、聞こえる?急いで帰ってきて!キズハが…」
聞き終わる前に大原御さんの屋敷を飛び出した。
キズハに何かあったんだ…!
宿舎の扉を開けると、傷だらけで手足を縛られたキズハが目に飛び込んできた。
「スイム、キズハがぁ〜」
すぐ横で、涙でグシャグシャになったテンカの情けない声が聞こえた。
「ひどい、どうしてこんな…」
「死のうとするから縛ったの。」
クアリスが言った。
「ごめんね。わたしが目を離した隙に…宿舎の中なら安全かと思ったわたしがバカだった…。」
クアリスは肩を震わせた。
「クアリスは悪くない!わたしが何度でも死に続けていればこの世界は救われるから!
殺して!お願い!殺して!!
スイムでもいいの、お願い、誰かわたしを殺して!!」
キズハはひとしきり暴れると泣き崩れた。
「スイム〜…」
テンカが鼻を垂らしながら震えた声を出す。
わたしはキズハを抱きしめた。
何か声をかけたかった。
だけど何も出てこなかった。
涙を拭いながら、クアリスがキズハの前にしゃがんだ。
「キズハ。それで、いつまで死に続ければこの悪夢は終わるの?
それであなたはこの世界を救える?」
わたしは両腕に力を込めた。
「…そうだよキズハ。
また逃げるの?
家族の問題から逃げて、友達の問題から逃げて、また向き合わないで逃げるつもり?
それってなんの解決にもなってない。」
キズハの体から力が抜けた。
わたしは少しだけ開いた瞼からするりと伸びているキズハの睫毛を眺めた。
「わたしたちで綺麗にしよう。
ちゃんと責任とろう。」
キズハは沈黙の後、力無く頷いた。
「大型の魔物の目撃情報が出たわ。
今夜は大型魔物討伐のための会議になるから。」
会議にはたくさんの傭兵が出席していた。
基本的には全員参加とゆう方針らしい。
「救護班は南B区域で待機となります。
大型魔物を見つけた際は3人〜4人のチームに分かれて魔物を囲い込み、攻撃している魔物の隙を突きます。
そして今回、囮として最前線にテンカ、リクト、キズハ、スイムに立ってもらいます。
テンカ、リクトは前回の功労者、そしてスイムは修行中ではありますがディバインの力を持っています。」
傭兵たちがザワついた。
「キズハは…」
クアリスは言いかけてやめた。
「全員で効果的に連携して魔物を倒しましょう。
そして今回の魔物は目撃情報からミノタウロスと名付けられました。
身の丈は顎緋ほどではありませんが強力な魔法を使うようです。
武器も使うようなので総員注意を怠らずしっかりと対応してください。」
会議が終わると自室に戻った。
キズハのことも気にかかっていて、眠れるかわからなかったけどその日は早めにベッドに入ることにした。
チームは18に分けられた。
わたしの方のチームにはクアリスとわたし、キズハ、そしてお姫様傭兵のミンティア、テンカの方のチームにはルナキス、テンカ、リクト、そしてフスナが配員された。
どうしてこんな分け方したかなぁ…。
と思いながらチラと見ると機嫌の悪そうなリクトが目に入った。
「それでは作戦を始める!」
クアリスが手を挙げて叫ぶと、1番前に大きなラジカセを持った踊り子が現れた。
会議で得た情報によるとミノタウロスは大きな音に反応して現れるらしく、特に祭なんかの音と活気が溢れる場所を好んで現れるそうだ。
魔力を持ったラジカセが爆音を奏で始めると、踊り子は挑発するように踊り始めた。
魔力を受けてか踊り子につられてか、周りの傭兵たちも踊り始める。
キズハは日本舞踊を踊り始めた。
テンカを見るとさすがチアリーディング部のエース、器用に踊っていた。
リクトもギクシャクしながらブレイクダンスのような踊りを踊っていた。
わたしは何を踊るのだろう…。
手足が勝手に動き始めた。
スイムは盆踊りを踊りだした。
しばらく爆音に合わせて踊っていると、空が暗くなり、雷が鳴り始めた。
空から何か出てくるかと視線を空に移し元に戻したとき、それはすでに居た。
牛のような頭に毛むくじゃらの体。
左手は大砲のように筒状になっている。
獣のような見た目のそれは人間のようにすっと立っていた。
「あれが…ミノタウロス。」
血の気の多いチームが真っ先に突進した。
ミノタウロスは一瞥すると左手から波動砲を撃った。
チームごと吹き飛ばされる。
ミノタウロスは続けてその周囲のチームに波動砲を撃ち吹き飛ばした。
救護班がバタバタと走ってくる。
ミノタウロスはぐるぅりと視線を巡らすと、わたしのいるチームでピタと視線を止めた。
その隙をついてミノタウロスの右後ろのチームが攻撃を仕掛ける。
ミノタウロスは振り返ると業火(業火)を吐き、周囲のチームごと焼き払った。
ミノタウロスはさっきとは反対周りにゆっくりと視線を巡らし、テンカのチームで視線を止めた。
間髪入れずにテンカが魔力を込めた手裏剣を続け様に投げる。
手裏剣の軌道はしっかりと眉間、頸動脈、心臓、大腿動脈を捉えていたが、ミノタウロスの体に達する直前、突然進行方向を変えた。
進行方向を変えた手裏剣は1つはテンカの頬をかすめ、1つは左肩に突き刺さり、1つは右腕に刺さり、もう1つは太ももに刺さっていた。
「テンカ!!」
テンカが左肩に刺さった手裏剣をミチと音を立てて引き抜くと、肩から大量の血液が噴き出した。
震える右手でテンカは手裏剣を投げようとする。
その右手をルナキスが掴んだ。
「バカ!やめとけ。」
ルナキスは止血のためテンカの左肩に障壁を当てた。
ルナキスが首をヒョイと右に倒すと、頭のあった位置を鉄球が通過した。
「その手を離せ。」
リクトが下から睨み上げるようにルナキスを見ていた。
突然テンカたちの目の前を大きな障壁が覆った。
見るとフスナがミノタウロスの波動砲を障壁で受けていた。
「今やることじゃないわね。」
リクトはルナキスの手から奪うようにテンカを抱え上げると、救護班の方に向かった。
「障壁の限界が来るわ。応戦してくれる?」
フスナがそう言うとルナキスは2、3歩助走をつけ高く宙に飛び弓のように体を反らした。
そして反動に合わせてミノタウロスに鉾を突き立てようとした。
ミノタウロスが右手に持った斧を振り下ろすと、斧は鉾ごとルナキスの腹部を切り裂いた。
「役立たず。」
フスナは障壁をルナキスに移した。
その隙を突いてミノタウロスが左手をフスナに向ける。
「ミノタウロス!!」
声と共にクアリスがミノタウロスに無数のクリスタルを降らせた。
ミノタウロスは左手の方向ををこちらに変え波動砲を放った。
キズハが咄嗟に障壁を張る。
クリスタルはミノタウロスをすり抜け地面に刺さり、波動砲はすんでのところで止まった。
「すごい…」
クアリスが感嘆の声を上げる。
「キズハ、このまま維持できる?」
キズハが頭だけでコクと頷く。
クアリスが再度無数のクリスタルを降らせると同時に、ミンティアが大剣を振り下ろした。
クリスタルは地面に突き刺さり、大剣はミノタウロスの体をすり抜け地面に突き刺さった。
「どうゆうこと…」
ミノタウロスは左手をこちらに向けた。
発射された波動砲を防ぐと、キズハの障壁はバラバラに崩れた。
わたしは掌を前に出した。
ディバインの成功率はまだ五分五分。意識を集中した。
「ディバイン!」
前より大きくなった光の玉は真っ直ぐに飛んで行くと、ミノタウロスの右腕を消失させた。
「なんてこと…」
クアリスは唖然とした。
「ディバインは邪悪のみを焼き払う魔法よ。
普通なら邪悪な魂のみを焼き払い、肉体は残る。
肉体が残らないとゆうことは、あれは邪悪な思念体の塊。
どうりで攻撃が通らないはずよ。」
そうゆうとクアリスは大きな障壁を張った。
「スイム、たぶんあんただけが頼りよ。
サポートするからミノタウロスを打って!」
わたしは障壁を挟んでミノタウロスと対峙した。意識を掌に集中させる。
「ディバイン!」
小さな光が現れて消えた。
「ディバイン!ディバイン!」
小さな光が現れて消え、現れて消えた。
こんなときに!
ミノタウロスの後ろ、上空にリリムが浮かんで焔を膨らましているのが見えた。
リリムは諦めていない。
攻撃が通るかわからなくても攻撃を諦めてない。
わたしが諦めてどうする!
「ディバイン!!」
リリムが大きな焔を放つと同時にわたしの掌から光の玉が放たれた。
ミノタウロスの体に焔が届く寸前キズハが飛び込んだ。
リリムの焔とひとつになったディバインに包まれる一瞬前、キズハが両手を広げてミノタウロスを庇ったように見えた。
ミノタウロスの体は元の魑魅魍魎に分かれながら上昇し散り散りに消滅した。
キズハも…消滅していた。
街に戻ると表彰式のため、わたしとリリムは壇上へ上がった。
そんな気分にはならなかったけど、勲章を受け取ると後ろを向いて光の玉を見せた。
ひと通り表彰式が終わると国王が口を開いた。
「先ほどスイムが見せた光の玉はディバインです。」
群衆にどよめきが起こる。
国王が独り言ちた。
「やっとこれでわたしも世代交代ができる。」
「どうゆう意味?」
わたしはクアリスに耳打ちした。
「王位継承が許されているのはディバインを持っている人間だけなのよ。
今の国王が即位してからディバインを持つ人間が現れたのは初めてよ。」
それは?つまり?
「次の王はスイムであるとゆうのが民衆の総意、とゆうことね。」
なん!です!とーーー!!
わたしはたくさんの歓声と拍手を受けながら右手と右足、左手と左足を出しながら壇上から降りた。
キズハを失って1週間が経った。
修行は続けているものの心の穴を努力で埋めることができなかった。
わたしよりも、初めて友達が死ぬ瞬間を見たテンカとリクトの方が消耗は激しかった。
「この世界で死ぬと元の世界に戻るから、数日元の世界を満喫したらきっとここに帰って来るよ。」
そう言いながらどうしても不安が拭えなかった。
ディバインで消滅した人間はどうなるのか…。
いや、キズハが邪悪な魂の持ち主なわけがない!
あれはリリムの焔に焼かれただけだ。
キズハは消滅なんかしてない!
口には出さないけれど、たぶんみんなが同じ不安を抱えていた。
コンコン
「ちょっといい?」
クアリスが扉を開けて言った。
「会議よ。すぐに来て。」
会議室に行くとすぐに会議が始まった。
「新しい大型魔物が発見されたわ。」
「え…」
それってもしかしてキズハが…
わたしの表情を読み取り、クアリスが応えた。
「わからないけど、戻ってきてる可能性はあるわね。」
クアリスは正面に向き直った。
「新しい大型魔物の情報はまだ少ないんだけど、ひとつ気になる情報が上がってます。」
クアリスが注意を促すように傭兵たちを見渡す。
「大型魔物に憑依された者が消えた、とゆう証言が2件ありました。
しかし、どちらも生存を確認することができました。
その生存者のどちらもが、家に帰されたと不可解な証言をしています。」
クアリスは黒板に大きく文字を書いた。
「新しい大型魔物はその風貌と証言からアガレスと名付けられました。
アガレスはワニに乗った老夫のような姿で現れるようです。
総員、アガレスと思しき老夫に遭遇した場合は憑依に十分警戒しながら攻撃を行うこと。」
私たちは2件の目撃情報があったラウス村に向かった。
村は大型魔物の出現に騒然としているかと思ったが、案外落ち着いていた。
目立った被害はまだ出ていないとのことだったので、消えた人が家に戻されただけで生きているのであれば、村の人にはあまり大きな危機を感じることではないのかもしれない。
「やぁ、こんにちは。」
農作業をしていたおじいさんに突然話しかけられ、ビックリしてわたしは飛び退いてしまった。
「こ、こんにちは。」
村にはたくさんの老人がいた。
大型…とゆうことなので村の人に警戒する必要はないのかもしれないけど、「アガレスは老夫」とゆう頭があるのでつい無駄に反応してしまった。
「今日はまた大勢でぇ、なんかあるの?」
「大型魔物の目撃情報があったので、討伐に来ています。」
クアリスが答えた。
「ああ、魔物ねぇ。出たんだってね。」
「おじいさんは何か変わったものを見かけませんでしたか?」
「はぁ…ああ!
そういえばね、向かいの家のブリジットが外国から帰って来てね、久しぶりに見たよ〜。」
………。
おじいさん、そうゆうことじゃないんだよなぁ。
「変わったものを見かけたら必ず報告してください。」
クアリスはおじいさんに微笑むと歩き出した。
「ああ!…あいつは変わっている!あいつは見たことがないぞ!」
おじいさんは反対側の畑を指差した。
クアリスは足を止めて振り返った。
向かいの畑には、鍬を立ててげんなりしている青年がいる。
「ちょっと、ホロじいさん。俺だろ!
毎日見てる隣の家の息子だろ!?
知らない人に変なこと言うなよ。」
青年はホロじいさんからこちらに視線を移した。
「すいません、あのじいさん少しボケてんですよ。
話半分に聞いてやってください。」
青年は肩をすくめてやれやれとゆう顔をした。
「あなたはなにか変わったものを見かけませんでしたか?」
クアリスが青年に問うた。
「いや、俺は特には…」
首を振った青年の目が突然開いた。
「ワニ?」
青年の声に全員が視線の先を向く。
見ると大きな屋敷の後ろにワニの尻尾のようなものが消えていくところだった。
「行こう!!」
クアリスの声でみんな走り出した。
クアリスが屋敷の角を曲がると「キャ!」と声が聞こえた。
後に続いて角を曲がると、尻もちをついたクアリスとその向こうに向き合うように尻もちをついている女の子が見えた。
クアリスは立ち上がり、女の子の手を取ると引き起こした。
前髪をパツンと切り揃えた長い黒髪の綺麗な女の子だ。
年の頃なら13歳ぐらいだろうか。
「キミ、変わったものを見なかった?
例えば…ワニとか。」
少女は俯いた。
「おーい、何があったー?」
声に振り向くとホロじいさんが傭兵集団を追って来ていた。
「おじいさん。わたしたちは魔物を倒しに来ているんです。
危険ですので付いてくるのはやめてください。」
クアリスが厳しくホロじいさんを窘めた。
「ああ…ブリジット。」
ホロじいさんはクアリスの話を聞いていたのかいないのか、足を進めると少女に声をかけた。
ブリジットと呼ばれた少女は少し下を向いたまま、目だけ動かしてホロじいさんを見た。
「お母さんが探していたよ。さあ、おうちに帰ろう。」
ホロじいさんはブリジットの手を引き歩き出した。
「ああ、ちょっと待って!ワニを見ていない?
それだけ答えて。とても重要なことなの。」
ブリジットは少し間を置いて頭を振った。
「そう…。」
ブリジットはホロじいさんに手を引かれ、屋敷の向こうに消えていった。
わたしたちは仕方なく聞き込みを再開したが、大した収穫も無く陽が落ちたので宿に入った。
ほとんど観光客も無いラウス村の宿は閑散としており、食堂は貸し切り状態だった。
「総員、聞き込みの成果報告をお願いします。」
クアリスの声に傭兵たちは順番に報告を始める。
名簿と共に報告をチェックしていたクアリスが「あら?」と声を上げた。
「ルナキスは?どこ?」
そういえばルナキスがいない。
「誰かルナキスを見た者は?」
クアリスの問いに「ボケたじいさんの畑で俺の隣にいた」「宿に入るときはいなかった」と声が上がる。
「やら…れた?」
クアリスが悔しそうな顔になる。
クアリスは従者にルナキスの実家を確認しに行くように命じると机の上に突っ伏した。
そして唸るように声をあげた。
「全員、明日からペアで行動するように。解散…」
その日わたしはフスナとペアになっていた。
ペア体制とはいえ、大型魔物に遭遇した場合を想定して少人数での行動は禁止されていた。
要するに知らない間に憑依されて消されることがないように監視するためのペアだ。
昨日は村の東側に聞き込みをしたので、今日は西側に来ていた。
西側には谷川が流れており果樹園が拡がっていた。
「よぉー、また会ったなぁ。」
声に振り向くとホロじいさんが立っていた。
「あのねぇ、おじいさん!
わたしたちは遊びで来ているんじゃないの!
急に戦闘になることも無いとは限らないから、必要以上に近づかないで!」
クアリスが厳しい顔で言う。
「ブリジットは別嬪じゃろう?
あの子は美人さんになるよー。」
クアリスの言葉が届いているのかいないのか、ホロじいさんは言葉を続ける。
クアリスは諦めたように歩き出した。
「おおブリジット、今日はワニだなぁ。」
え?
ホロじいさんの言葉に驚いて視線の先を見ると谷川の中にワニの尻尾のようなものを視認した。
すぐさまクアリスが空中に無数のクリスタルを出現させ、谷川に刺した。
刺した辺りから緑色の煙が立ち登り空中にワニに乗った老夫が出現した。
「アガレス…!」
アガレスはジロとこちらを見ると、もう一度煙状になり傭兵集団に突っ込んだ。
煙はわたしのすぐ隣、フスナの穴とゆう穴全てから侵入し始めた。
「ア…ガ……」
レスとゆう声は煙と共に霧散し、フスナが消えた。
フスナを消した煙は再び上空で形を形成しニヤリと笑った。
「ディ、ディバイン!」
焦って放ったディバインは目標をわずかに逸れワニの片足の一部を消滅させた。
アガレスは怒るように身体をくねらすと、わたしたちがいる方とは反対に飛んだ。
「待て!!」
クアリスが叫んでアガレスを追いかける。
わたしたちも慌てて後に続いた。
昨日ワニを見失った屋敷の角をクアリスが曲がったところで「キャ!」と声がした。
見ると昨日の少女とクアリスが尻もちをついていた。
…これが男女ならもう恋が始まるな、と思った。
「ブリジット…」
クアリスはブリジットを助け起こそうとして、ブリジットが足に怪我をしていることに気づいた。
「ブリジット、足怪我してるじゃない。
どうしたの?」
ブリジットはしばし黙った後、口を開いた。
「…男の人に乱暴されそうになって逃げて来たの。」
クアリスはブリジットをじっと見た。
そして目を逸らした。
「そう、綺麗なのも大変ね。」
クアリスが手をブリジットの足に翳して治癒魔法を施し始めると、ブリジットが笑ったように見えた。
数分経つと、傷はすっかり跡形も無くなった。
「これで治ったと思うよ!立ってみて。」
ブリジットは立ち上がりながらニヤリと笑った。
「ありがとう。これはお礼よ。
消えな!」
言いながら煙になったブリジットは耳や鼻からクアリスの体内に侵入した。
「クアリス!」
目の前でクアリスの姿は煙と共に霧散した。
再び集まった煙は上空で一度アガレスの姿を形成すると、再び煙になってまっすぐわたしを目掛けて飛んできた。
視界が煙に覆われ鼻や喉の奥が燻されたような香りと味に満ちると、わたしは意識を失った。
「え?えええ!?」
家に戻っていた。
「うっそやばいじゃん!!」
あの魔物にもディバインの力はきっと必要だろう。
将軍のクアリスがいない上にわたしもいないとか、めちゃめちゃやばいじゃん!!
時計を見ると2時だった。
早く寝なきゃ!!
わたしは寝ようとして目を閉じた。
しかし10日も向こうに行っていた上に気持ちが落ち着かないわたしは眠ることができなかった。
まずい…このまま家にいて家族に見つかったら大騒ぎになる…。
わたしは両親が気づかないうちに家を出ることにした。
両親に手紙を書いた。
「心配かけてごめんなさい。わたしもテンカもリクトもキズハも元気です。
事情があってしばらく戻れませんが何不自由なく生きています。
必ず帰ってくるので慌てず騒がず心配せず、楽しく待っててください。」
キズハはこっちにいるかもしれないからキズハの名前を書くかは迷ったが、書いておいた。
リビングに手紙を置くと、わたしは家を出た。
これからどうしよう?
そうだ!
キズハの家に行ってみよう!
キズハが向こうの世界に戻ったか確認しなきゃ。
キズハのアパートに行くと部屋は真っ暗だった。
インターホンを押してみる。
反応は無い。
「キズハ…?キズハ、いる?」
わたしは声をかけ続けた。
隣の玄関が開いた。
「夜中にうるせーんだよ!」
「わっ、すっ…」
動揺しすぎてすいませんが出なかった。
わたしはキズハのアパートを後にした。
そうだ、学校に来てるか聞いてみよう!
わたしはポケットからiPhoneを出してクラスメイトのアキに電話をかけた。
「…つか夜中。誰。」
「あ、アキごめんね!スイムだよ。」
「…スイム?
は!?嘘!!
あんたらどこいんの!!無事なの!?」
「あーごめん無事無事!キズハ学校に来てる?」
「いやキズハも何も、あんたら4人10日も学校に来てないじゃない…」
来てない…か。
「ありがと!それだけ聞きたかったんだ。じゃね!」
「ちょっと待ってよ!あんたら大丈夫なの!?」
「あ、うん、元気だよ!そのうち帰ってくるから心配しないでってみんなにも言っといて!」
「ちょ!ちょ…」
電話を切った。
さてどうしようか?
わたしは走って疲れることにした。
「すいません!ここはどこですか!?
ラウス村まで急いで行きたいんですけどどうすればいいですか!?」
目覚めて1番最初に目に入った人の襟首を、わたしは食ってかかる勢いで掴んでいた。
「ラウス村?そこの馬車屋で馬車に乗れば5時間ぐらいで行けるよ。」
「ありがとう!!」
わたしは馬車屋に向かった。
「すいません!馬車に乗りたいんですけど!!」
「おねえちゃんは馬乗れるの?」
「乗れません!!」
「馭者付きだとかなり高くなるよ?」
「大丈夫です!!」
お金ならあります!!!
馬車屋のおじさんは疑うようにわたしをジロジロ見た。
「ミノタウロスを倒してお金をもらったんです!」
わたしは光の玉を出して見せた。
「あんたまさかスイムか!」
ウン!と頷いた。
なんか知らないけどおじさんはわたしのことを知っている!好都合!
「よし、救世主様からお代は貰えねーよ!
とっとと行きな!」
なんと!ラッキー!!
「ありがとうおじさん!!」
向こうの世界に戻ったらSNSで「異世界に行ったらここの馬車を使いましょう」って宣伝しとくからね!!
わたしは馬車に乗ってラウス村に向かった。
ラウス村の宿に着く頃にはもう日が落ちていた。
宿の食堂に向かい、扉を開けるとテンカ、リクト、ルナキスがいた。
「スイム!!」
「戻ってこれたんだね!」
テンカとリクトが椅子から立ち上がって言った。
「うん!家に戻されただけだったよ!
ルナキスもここに戻ってこれたんだね!
みんなは?まだ宿に帰ってきてないの?」
3人の顔が曇った。
テンカがポツリと呟いた。
「…みんな消されてしまって今ラウス村にはこれだけしかいないのよ。」
「え、えええ!?」
予想以上にアガレスはやり手らしい。
「俺たち作戦を立てたんだ。
2回ともあの大きな屋敷の裏にブリジットはいただろ?
だから、ルナキス、俺、テンカの順番で隊列を組んで行こうって。
最初のヤツが障壁を張って、ひとりやふたり消されても最後のヤツが仕留める!
スイムはテンカの後ろに入って!」
「だからどうして僕が最初なんだ!」
「おまえの障壁が1番強いだろう?」
「戦闘力もキミより強いが?」
リクトとルナキスは一触即発の火花を散らした。
「あ、あの!わたし最初で大丈夫だよ!」
テンカが申し出た。
ルナキスは目の眩むような微笑みを見せた。
「救世主を守るのは傭兵の務めさ。」
「じゃあ先頭でいいんじゃん。」
リクトが呆れた顔で言う。
「……。それもそうか。」
「うん!ルナキスが強い障壁を張ってわたしがディバインでアガレスを打つ!これです!!」
わたしは立ち上がって人差し指を天井に向かって突き立てた。
……。
なんか微妙に場がシラけた。
「う、うん、そうだね!それが正解かも!」
テンカがあははと笑い、リクトもつられてあははと笑った。
ヨシ!
朝になるとフスナが戻ってきていた。
フスナに作戦を伝えた。
「そんなにうまくいくかしら。」
「いく!!」
根拠はない。
わたしたちはフスナ、ルナキス、リクト、テンカ、スイムの隊列で屋敷の前に来た。
フスナが障壁を張り屋敷の裏に歩を進めた。
だが屋敷の裏にブリジットはいなかった。
アテが外れたか…。
諦めかけたとき声が聞こえた。
「また会いに来てくれたの?」
…後ろ!?
振り向くとブリジットが煙になりかけていた。
「お礼しなきゃね…」
フスナが間髪入れず障壁をこちらに移す。
煙は障壁に当たり障壁に沿って後方に流れるとフスナを包んだ。
「クソ!」
ルナキスが障壁を張る。
「ディバイン!」
わたしは光の玉を放ったが、煙は瞬時に流れ掠ることもできなかった。
テンカが反対側に障壁を張り煙を防ぎながら言った。
「煙をなんとか1つにまとめなきゃ!」
突然リクトが障壁の外に走り出した。
リクトは障壁から離れると両手を広げた。
「来い!!」
煙は一旦アガレスを形成してリクトを見ると、煙になってリクトに襲いかかった。
リクトは両手を前に出し、アガレスを守るように障壁を張った。
「テンカ!包め!!」
「うん!」
テンカが反対から障壁を張りアガレスを包んだ。
ルナキスがその上から障壁を張り煙をギュウギュウと小さなボールのようにした。
「リクトやるぅ!」
わたしは小さくなったアガレスの前に立つと、落ち着いて右手を前に出した。
「ディバイン!」
アガレスはあっけなく消滅した。
薄暗い森を歩いていた。
みんなの元に戻らなきゃ…
その気持ちだけを意識した。
義務感。弱く首を振った。
使命。仲間。止まった足を前に出した。
何かに躓いて、キズハは地面に膝をついた。
鈍く滲んだ月明かりに目を凝らした。
牛骨のようだ。
頭骨の捻れるようにカーブした角に、ミノタウロスが重なった。
フラと立ち上がった。
5日寝ていなかったキズハの頭は朦朧としていた。
寝たくなかったのではない。
眠れなかったのだ。
わたしは…あのときミノタウロスを庇った。
あれは敵であったはずだ。
体が勝手に動いていた。
あれはあの人とわたしの…
わたしの頭は5日の間そのことばかりを考えていた。
この森のように薄暗い闇を彷徨いながら、細い糸に必死でしがみついていた。
『自分は救世主である。仲間と悪を討つ。』
それが希望の糸に見えることもあれば、呪縛の糸のように思えることもあった。
どうするのが正解か、自分が何を求めているのか、何を拠り所にするのか…
必死に掴んだ正しさの糸を、ロザイアに覚えた永遠に何度も破壊されかけながら、ギリギリのところでなんとか自分を保ってきた。
…みんなわたしが消えたと思っているかも。
…わたしがいなくても戦力は劣らない。
言い訳が溢れた。
後ろを向くとフラフラと牛の頭骨のある場所へ戻った。
側に居るだけ。手は貸さない…
「ロザイア…」
無意識に名前を呼んでいた。
いや、無意識と思いたいだけかもしれない。
声に出したのは、欲しかったからだ。
突風が吹いた。
薄暗い、灰色がかった空に濃い藍が降りてきた。
鮮明な藍は、ぼんやりと薄暗いキズハの心を照らしたように感じた。
「キズハ、信じてた。」
ロザイアに手を取られた触感で我に返った。
「わたし何を…!!」
咄嗟にロザイアの腰に携えられた短剣に手を伸ばした。
そして短剣を自分の喉に突き立てた。
「おや、キズハ。少し元気が良すぎるようだね。」
短剣はわたしの喉の前でグニャグニャに曲がっていた。
「ロザイア!
お願い!
もうやめて!!
この世界の人たちはみんな親切よ!!
あなたにもわかる!
信じることができる!!」
ロザイアはシーと細く息を漏らしながら自分の唇からキズハの唇に人差し指を移した。
「お口も少し元気すぎるかな?
悪い子だ、キズハ。
君は僕のものだろ?
少し調教が必要かな?」
ロザイアは手を振り上げると糸を巻き取るように手の平を回し始めた。
キズハの体は脱力し、身体が麻痺した。
「……!」
声が出ない。
そうだった、この男は…!
こうゆう男だった!
どうしてわたしはこんな男のために仲間を裏切ったの!
涙が出てきた。
「キズハ。涙は綺麗だね。だって邪魔をしないもの。
もっと近くで見せて。」
ロザイアはキズハを抱き起こすと後から後から溢れる涙を愛しむように眺めた後、舐めた。
心が跳ねた。自分を殺したかった。
ロザイアはキズハを抱き締めると、ゆっくりと上空に舞い上がった。
「キズハ、戻ってきてくれてありがとう。
もうどこにも行かないよね?」
抱き締められた体よりも心がギュッとなった。
許せない。
自分の心が許せなくて動かない身体の中でキズハの心は暴れ回り、悶絶した。
「さあ、僕らの愛し子を産んで。」
キズハの股の間から無数の魑魅魍魎が産み落とされた。
産み落とされた魑魅魍魎は1度煙のようになって実体を失くすと、ワニに乗った老夫を形造った。
「ねぇ、キズハ。
力だけではつまらないでしょ?
子供達にも頭を使うことを教えるんだ。
あいつらどんな顔をするだろう?
楽しみだね。」
キズハはピクリとも動かない。失神している。
ロザイアはクククと笑いながらキズハの身体をズルと引きずると、藍色の矢のように薄暗い森を飛び去った。
「会議よ…みんな来て。」
コンコンと控え目なノックの後に出されたクアリスの顔色は少し翳って見えた。
「魔物?」
「魔物じゃないんだけど…来て。」
会議室に入ると、いつもより少しだけ人数が少なく感じた。
「今日みんなに集まってもらったのは…このところ、傭兵の暗殺が続いているからです。」
「えっ…。」
「外部からの侵入の形跡は無く、内部の者による暗殺の可能性が高いとゆう見解です。」
「そんな…」
会議室がざわついた。
「総員、ルームメイトの行動に注意してください。
何かおかしなことがあったら、わたし、もしくは周りに大声で知らせること。」
共に闘ってきた仲間を疑い、監視する。
宿舎内がギスギスし始めるのに時間はかからなかった。
「クアリス!こいつ俺の足を踏んだんだ!」
「クアリス!シチューに髪の毛が入っていたんだ!あのおばさん怪しいぞ!」
クアリスのこめかみはピクピクしていた。
「おまえらバカかと叫びたい…
でもどんな些細な情報でも伝えてほしいから言えない…言えない…フラストレーション…やばい…やばい…」
クアリスが下を向いてブツブツと呟いている。
「おいクアリス!ルームメイトが便所から帰ってこない!」
「大だろ…それ大だろ…」
クアリスはブツブツ呟いている。
「おい!聞いてんのかクアリス!
相方が便所から帰ってこないんだ!」
「…何分?」
「うーん…10分ぐらいかな?」
クアリスはハイと下を向いた。
「大ね。」
「それはねえよ!
あいつ大でも1分かかんねえから!
何かあったんだよ!」
これは一歩も引かなそうだ。
「クアリス、俺が見てくるよ!」
リクトが立ち上がった。
「ありがとう、助かるよ…」
トイレに向かったリクトを目で見送って、クアリスは頬杖をついた。
「大変そうだね。」
「まあ、しょうがないよね。ちょっとでもおかしいところがあったらって、こっちが言ってるんだし…。
「クアリス!!」
トイレの方からリクトの叫び声が聞こえた。
慌てて食堂を飛び出す。
トイレを覗くとドアの上に登って中を見ていたリクトが個室に飛び降りるところだった。
個室の鍵が開きドアが開いた。
中にはおびただしい量の血液と、目を開けたまま絶命した男が見えた。
「やられた…
総員!緊急会議!」
食堂の一画に集められた傭兵たちは、順番にアリバイを確認された。
お昼時とあり、暗殺の件もあるのでひとりで自室にいたような者はおらず、全員が食堂にいた。
「あれ?
お前さぁ、トイレ行ったよな?」
チャップリンのような口髭を蓄えた男の発した声を受けて、そう言われた坊主頭の男に視線が集まった。
「え、何言ってんだよぅ。行ったのはおまえだろ?」
口髭の男に視線が集まった。
「バ、バカ言うなよ!俺はずっと食堂にいた!
おまえ!おかしいぞ!」
「おいおい、一体どうしたんだよぅ。
おまえこそどうかしちまったんじゃないのか?
仲良くしてたのに…悲しいなぁ。」
坊主頭は下を向いた。
「何言ってんだ!
クアリス、こいつだ!
俺は食堂にいた!!」
疑惑の目は坊主頭の男ではなく口髭の男に向いていた。
「俺じゃねーって!!」
口髭の男は頭を掻きむしった。
「そいつ、いたよ!俺の隣で飯食ってた。俺のルームメイトも見てたよ。
食堂を出てもいない。」
「チッ」
坊主頭の男が食堂を飛び出した。
「あいつだ!追うぞ!」
傭兵たちは次々に食堂を飛び出し、わたしたちも後に続いた。
傭兵の群れに続いて宿舎を飛び出ししばらく行くと、崖の上に傭兵たちが溜まっていた。
「落ちた…」
崖の下は波が岩に砕ける海だった。
人の姿は見当たらなかった。
「終わった…かな?」
暗殺者が死んだことで宿舎は平静を取り戻したように見えた。
次の日、死人が出た。
急いで中庭に行くとクアリスが死体のチェックをしていた。
「鈍器のような物で身体がが抉られている…」
抉られた部分を覗き込んだクアリスが呟いた。
「変ね…規則的に深く抉られている。」
すぐに会議が開かれた。
「死人が出ました。
暗殺者は死んだはずですが、共犯者がいるのかもしれません。
アリバイの立証をお願いします。」
順番にルームメイトのアリバイが立証された。
「あとは…リクトとルナキスだけ?」
クアリスが首を傾げて困ったようにアリバイの立証された人たちを見渡した。
「クアリス…」
ルナキスが口を開いた。
「ん?」
「リクトは部屋にいなかった…」
クアリスは眉を顰めた。
「お前が部屋にいなかったんだろ!?」
リクトが吠えた。
「あの…ルナキス、リクトはそんなことしないよ?」
テンカがルナキスを伺うように言った。
「じゃあキミは僕がやったって言うのかい?」
「そんなこと…」
テンカが口を噤んだ。
「ふたりとも、そのときの様子詳しく話してくれる?」
クアリスの声にルナキスが話し始めた。
「朝方、目が覚めたんだよ。
隣のベッドにリクトはいなかった。
トイレかと思ったんだが、そのまま戻ってこなかったんだ。」
「そう。リクトはそのとき何をしてたの?」
「だから俺は!部屋を出ていない!
こいつは夜Barに行くと言って朝まで戻って
来なかった!」
クアリスの顔色が変わった。
「リクト…ルナキスはお酒飲まないのよ。」
「夜な夜な隠れて飲んでんだよ!部屋の中でも飲んでるんだ!
それが本当のことだ!」
「リクト…わたしとルナキスは付き合いが長いの。
お酒を飲ませたこともある。
真っ赤になってすぐ吐いちゃうのよ。
ルナキスはお酒を飲まないんじゃなくて飲めない。」
「ふざけるんじゃない!こいつは演技をしてたんだろう!
こいつが昨日から部屋にいなかったのは真実だ!」
テンカがハッと何かに気づいた。
「リクトじゃない…
リクトなんだけど…リクトじゃない!」
「何言ってんだこのアマ!
でっち上げ言ってんじゃねぇ!」
アマ?
テンカが毅然とした様子で言った。
「じゃあ、わたしの名前は?」
「そんなん知るかよ!
なんで知ってなきゃいけねぇんだ!」
会議室の空気が張り詰めた。
「総員、攻撃。」
「待って!
リクトじゃないけどリクトなの!」
テンカの声は虚しく、傭兵たちの総攻撃に遭いリクトは息絶えた。
「リクト!」
息絶えたリクトからフクロウの頭を持った裸体の女が淡い像を結び離脱した。
「魔物!?」
フクロウ頭は上空に舞い上がると薄ら笑いを浮かべて飛び去った。
テンカがリクトに走り寄ると、リクトは実体を失って消滅した。
「魔物に取り憑かれていたとはね…
最近魔物が知能を持ってきてる。
今以上に警戒しなくてはダメね。」
魔物は「アンドラス」と名付けられた。
次の日も暗殺は起こった。
会議室に集められた傭兵たちはひとりひとりアリバイを立証したが、ひとりの時間を持っていたものはいなかった。
そして次の日も暗殺は起こった。
クアリスたちが現場を検証していると、木の陰に隠れている男をみつけた。
「リクト!」
「うわぁ!!」
リクトは頭の前を肘で庇った。
「良かった!戻って来れたんだね!」
テンカがリクトに駆け寄った。
「え、俺、疑われてないの?」
リクトが腕を下ろした。
クアリスが首の後ろを掻きながらリクトに歩み寄った。
「リクトの体から魔物が離れていくのをみんな見たんだよ。」
「リクト、取り憑かれているときはどうだったんだ?
今後の参考になるはずだ。」
ルナキスが声を発した。
「ルナキス!
ごめんな…俺あんなこと…」
リクトは拳で目を拭った。
「みんな、聞いてくれ!
俺は、魔物に取り憑かれた。
意識はあったけど体も口も自由にならなかった。
幽霊にでもなったみたいに自分の行動を傍らで見ていることしかできなかったんだ。
本当にごめん!」
リクトが頭を下げた。
「リクトくん、みんなあなたがアンドラスに取り憑かれていたことはわかっているから大丈夫よ。
何か取り憑かれた人を見分けられる特徴とか無いかしら?」
大原御さんが問うた。
リクトはうーんと記憶を辿った。
「そういえば魔物に入ってこられたところがすごく痒かったんだ。
だから、よく掻いていたと思う…」
「それはどこ?」
「首の後ろ。」
わたしはハッとした。
誰かが首の後ろを掻いていたのを見た…誰だっけ…
「お風呂に入ってないんじゃなあい?」
珍しく口を挟まず黙って聞いていたクアリスがあはは!と笑った。
!!
クアリスが…さっき首の後ろ掻いてなかったっけ?
「入ってるよ。」
リクトが呆れたように言った。
「ねえ、クアリス…わたしの名前、何かわかる?」
「何言ってんのよ今さらー。
そんなの聞くまでもないんじゃないかしら?」
…口調も少し違わない?
「お願い、言って。」
「そんなくだらないことには付き合ってられないわねぇ。」
わたしは右手を前に掲げた。
「ディバイン!」
光の玉はクアリスに直撃した。
「何がしたいの?」
クアリスはなんともないみたいだ…
「え、あ、ごめん。
勘違いだったみたい。」
モヤモヤが残ったが、ディバインに何の反応もないのだから、クアリスはクアリスなんだ…
どうしてこんなにモヤモヤするんだろう?
現場検証を終えたクアリスは自室に帰っていった。
「あっはは!
ねぇ、見た?キズハ。
おもしろいだろ?」
ロザイアは開いた本の上に浮かび上がっている映像を指差しながら笑った。
「あの子は自ら考えて進化したんだ。優秀な子だよ。
あの子は僕に、神にも悪魔にも殺されない身体をおねだりしてきた。
その代わり人間には少し弱くなってしまったけどね。
誰にだって欠点はある。
そのくらいは愛してあげられるだろう?」
ロザイアはベッド脇に壊れたおもちゃのように無造作に置かれたキズハに歩み寄ると顎をとってキスをした。
そして立ち上がるとキズハのいる方とは反対側に歩き出した。
「僕がこの世界の覇者になる。
僕の名前が知れ渡ればみんな僕を恐れて僕に逆らわなくなる。
どう?素敵だろう?
あの国王だって僕を恐れてひれ伏すんだ!
それを考えているときだけ…僕は幸福でいられる。」
ロザイアは本棚の本を手にとって、パラパラとページをめくった。
キズハは麻痺した腕を必死に伸ばした。
わたしがいる。
わたしを見てよロザイア。
あなたはひとりなんかじゃない。
ここにいるよ。
気づいて!
「…ぃ…て……」
微かに声が出た。
ロザイアはチラとキズハの方を見たが見ていた本に視線を戻した。
次の日も次の日も暗殺は続いた。
クアリスは死体を眺めていた。
「また暗殺されたわねぇ。」
どこかおかしい。
クアリスは首の後ろに手を伸ばしかけてやめた。
首の後ろを見ると、掻き傷で皮膚がボロボロになっていた。
「クアリス…首の後ろどうしたの?」
「これ?転んで擦りむいたのよ。」
転んで、どうやったら首の後ろを擦り剥けるの?
「やっぱりおかしい!!」
「スイム!下がって!」
フスナが叫ぶと無数の小石をクアリスに飛ばした。
小石は全てクアリスに命中し、クアリスは血を吐きながら後ろに倒れた。
倒れたクアリスからフクロウの頭をした女が浮き上がり離脱した。
フスナがクアリスに障壁を当てる。
「追い出してあげたからあとは自分で治癒してちょうだい。」
「…ド…S……」
クアリスは震える声を出し、震える手を自分の胸に当てた。
アンドラスは上空に舞い上がると、みるみる増殖して山のように大きくなった。
山のような体からは10の頭と20の腕が生えている。
「大きい…」
わたしは右手を前に出した。
「ディバイン!」
放った光の玉は山のような巨体を透けるように通り抜け、消滅した。
「効かない…」
10の頭を持つ山は、20の腕をひとつに集めるとテンカに向かって飛んできた。
「テンカ!!」
ルナキスが庇うようにテンカを覆った。
ルナキスの首の後ろの皮が2本の山の腕によって開かれ、ゾロゾロと他の腕が入っていく。
「ルナ…キス…」
テンカの黒い瞳から涙が溢れた。
「救世主を守るのは傭兵の務めさ。」
ルナキスは苦しみで歪んだ目でウインクをみせた。
「あああああ…!!」
テンカは闇雲に手裏剣を投げた。
投げた手裏剣のひとつが山の頭部を捉え、血が噴き出した。
「攻撃が…通る…?」
最後の頭が首の中に飲み込まれると、首の後ろの裂け目は跡形も無く消え去った。
フスナの小石がルナキスの背中に降ってきた。
ルナキスは血を吐き出しながらテンカの上に倒れた。
「フスナ!?」
「厳しさは優しさ。」
フスナは呟いて障壁を当てた。
ルナキスの体からゾロゾロとたくさんの腕が出てくる。
「総員!攻撃!」
クアリスが叫ぶとルナキスから離脱した巨大な山に向けて総攻撃が飛んだ。
山は沈黙し、溶けるように姿を消した。
「会議よ。」
会議室に入るとすでに30人くらい集まっていた。
そして耶々さんの姿があった。
「ここ数日、大型の魔物の目撃情報が急激に増えています。」
クアリスが続ける。
「3日前に3体、2日前に11体、昨日は32体もの目撃情報が出てる。」
え?
「とんでもない増え方の大型魔物の討伐を1体ずつやってたらキリがない。頭を打とうと思う。耶々、説明して。」
「キズハの生み出す大型魔物は思念体なので大抵の場合通常攻撃での討伐が難しいけど、ロザイアは人間よ。」
わたしはロザイアがクアリスのクリスタルを透過させていたことを思い出した。
「でもクアリスのクリスタルが…」
耶々がうんと頷く。
「たぶんロザイアの本体は動いてないの。
ひとつの場所にいて思念体だけを飛ばしてる。」
「ロザイアの場所はわかるの?」
「ロザイアの場所ならたぶんわたしが知っている。」
後ろから上がった声に振り向くと、国王がいた。
「長い間慣れ親しんだ場所にいるような思念が感じとれますから、その場所で合っていると思います。」
「国王、どうされます?」
クアリスが尋ねると国王が答えた。
「わたしはわたしの責任をとる。明朝には出発しよう。」
「ここで合っていると思われます。ロザイアの思念を感じます。」
「やはりここか、ロザイア…」
国王は扉に手をかけた。
「ここはわたしがロザイアに与えた書庫だ。」
扉を開けると大きな部屋の壁の本棚にたくさんの魔道書と、一部にかなりの数の絵本が見受けられた。
部屋の奥にはベッドがあり、そこにロザイアは横たわっていた。
隣にはグッタリしたキズハがいる。
「ロザイア!」
国王が声をかけるとロザイアは薄く目を開け首を少し持ち上げた。
「国…王」
ロザイアは薄ら笑う思念体を出した。
「やあ、お父さん。わざわざ殺されに来たの?」
「お父さん?」
わたしは口を開けた。
「ロザイアはわたしの妾の子だ。」
え?息子?
てことはわたしと兄弟!?
あ、違うや。わたし国王の娘じゃなかったわ。
「わたしに捨てられたと思っているとゆう噂は聞いたことがあるが、まさか本当にそう思っていたとは…」
国王は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「お母さんが死んだと聞いた。
わたしはおまえからこっちに来るのを待っていたんだ。」
「都合のいい言い訳だね。
そうやって国民を言いくるめてきたわけだ。」
ロザイアの思念体は嘲り笑った。
「わたしからおまえを引き取りに行かなかったのはわたしのズルさだ。保身だ。
わたしから妾の子を追いかけるのは都合が悪かった。
妾の子が頼ってきたものを助けてあげる分には国民にも面目がたった。
忙しかったのもあるが、それがわたしのズルさの全てだ。」
「ははっ!
結局あんたはズル賢い貪欲な豚だ!
僕や母さんを捨てて嘘で得た人気にすがりついて貪るだけの貪欲な豚だ!」
国王は目を細めた。
「ロザイア、分かってくれぬか。
これ以上民を苦しめるのなら、わたしはおまえを打たねばならない。」
「キズハ!」
ロザイアはキズハを抱き上げるとキズハの腰に後ろから手を回し、掌を上に向けて天井を消失させた。
ロザイアはキズハを抱いたまま上空に高く舞い上がる。
「さあ、キズハ、最後の力を出しきれ!
その命尽きるまで!!」
キズハは大きく2度痙攣すると股の間から大量の魑魅魍魎を産み出した。
そして爆発するように発光すると地面に落下した。
「おや?キズハ。
もう終わり?
わりと脆かったね。とても残念だよ。
…次の嫁が必要だ。
そうだ。そこの猫妖怪、嫁にとってやろう。」
ロザイアの口の端はヒクついていた。
「わたしがどんなにモテなくてもおまえの嫁なんてまっぴらごめんだね!」
ロザイアが目を大きく開くと、ひとつにまとまりかけていた魑魅魍魎が一部ばらけ、棘のようになってこちらに飛んできた。
「ディバイン!」
クアリスが障壁を張り、国王が飛んできた魑魅魍魎に向けてディバインを放った。
トゲの群れは散り散りに消滅した。
「国王相手じゃ僕も本気を出さないといけないなぁ!」
ロザイアの思念体はすうっと上昇すると魑魅魍魎と一体となり、頭部が集まったような禍々しい集合体の上部に君臨した。
最上部にロザイアの思念体の上半身が生えている。
「ディバイン!」
わたしの放ったディバインをするりと避けるように集合体は形を変え、わたしたちの周りに拡がった。ちょうどいつかのスライムのように。
わたしの耳にミチュミチュとスライムの入る音が蘇った。
「ディバイン!ディバイン!」
国王の放ったディバインは集合体が伸ばした部分を消滅させた。
ロザイアの半身は傭兵部隊に向けて口から超速の火球を続け様に放った。
「俺は!…俺にできることをやる!」
リクトが叫んでロザイアの本体に向けて鉄球を蹴った。
鉄球はロザイアに届く前に障壁によって止められた。
見ると、キズハが体を引きずるようにしてロザイアの方へ手を伸ばし障壁を張っていた。
キズハは鉄球が落ちるのを確認すると、目を閉じて崩れた。
ロザイアの思念体は咆哮を上げ暴走した。
ロザイアは見境なく火球を吐きまくり、魑魅魍魎は全てが棘となって襲ってきた。
「ディバイン!」
「ディバイン!」
国王とわたしは棘を消すことに全力を注いだが、そのいくつかは障壁を破り傭兵たちを貫いた。
そしてそのうちの1つは国王の胸を貫いていた。
「国王!」
「大丈夫だ、決着はわたしにつけさせてくれ。」
国王は片膝をついた姿勢のまま、震える右手を上げた。
「ディバイン!」
ロザイアの本体に向けてディバインを放つ。
ロザイアはディバインを受けた瞬間少しビクリとしたが、そのまま動かなくなった。
ディバインを放った国王は反動に任せて後ろに倒れ込んだ。
「息子よ、聞こえるか。それでもわたしはおまえを愛していた。」
国王は伝えたいことは伝えたとゆうように
安らかな顔で息を引き取った。
「キズハ!」
キズハに駆け寄るとまだ息があった。
「クアリス!」
クアリスはキズハに治癒魔法を施した。
キズハはフラフラと立ち上がり、ロザイアの側に行き寄り添うように座った。
そしてロザイアの体に手を回すと、キズハはしばらくじっとしていた。
ロザイアが微かに呻いた。
キズハは目を見開いた。見開いた目からは大粒の涙がぼたぼたと落ちた。
ロザイアは薄く目を開けて言った。
「殺せ。」
キズハは首を振った。
「一緒に生きていこうよ。」
「僕は悪だ。僕には悪以外もう、何もない。生かしておけば後悔することになるだろう。」
「何もなくない。わたしがいるよ。わたしは離れない。」
ロザイアは力なく嘲り笑った。
「とんだバカ女だな!…最大のチャンスを棒に振る気か!…僕が見せる闇の中で…一生後悔するがいい!」
わたしはロザイアの頭をベシ!と叩いた。
「とんだバカ男はあんたよ!
いつまで強がる気?
自分を悪だって思い込めばやってしまったことを正当化できるとでも思ってんの?
あんたは悪に逃げたいだけの単なる弱虫よ!
国王と向き合えなくなっただけじゃまだわかんないの?
キズハとちゃんと向き合いなさいよ!」
「違う!僕は悪だ!悪以外の何者でもない!」
「あんたら心底お似合いだわ。」
半ば呆れる。
「ディバインは邪悪な魂を消し去る魔法!
あんた魂消えてないじゃない!
これでも自分が邪悪だって言い張るつもり?
あんた今すっごいカッコ悪いけど?」
ロザイアは一瞬動きを止めると、バツが悪くなったように口ごもった。
なんてくだらない男の、なんてくだらない我が儘にこの世界は振り回されたのだ。
「スイムたちはあなたの意思で元の世界に戻ることができる。そうですね?」
耶々がロザイアに問うた。
「そうだ。」
「やっと帰れるね。おめでとう。」
クアリスが言った。
「わたしは…」
キズハはロザイアをチラと見た。
「この世界に残りたい。」
ロザイアがキズハの頬を撫でる。
「夜だけおいで。
そして大人になったらたくさんおいで。」
良い人かよ!
キズハがコクンと頷く。
クアリスがわたしに声を投げる。
「スイムは?あんたは現国王亡き今、即国王だからね。できればいてほしいけどな。」
「え!帰りたいよ!!お父さんとお母さん心配してるもん!」
「じゃあ、あんたもしばらくは夜だけ通いかな?」
なるほど、わたしに国王の拒否権はないわけですね。
「テンカは?」
「わたしは…」
テンカがルナキスをチラと見てすぐ視線を戻した。
「闘いはもう嫌かな。もう元の生活だけでいいかも…。」
ルナキスがテンカをまっすぐに見た。
「逃げるな。まだ始まってもいないだろ。」
それがどうゆう意味なのか、そうゆう意味なのか勘違いなのか測りかねた。
テンカを見るとテンカも同じように感じているようだった。
「う…ん。じゃあ夜だけ来ようかな…。」
「調子に乗んなよナルシスト!おれの監視は簡単には破れないぞ!」
リクトが今にも噛みつきそうな勢いで言った。
「それじゃあ、基本的には今までと大差ないね。良かった良かった。
これからもよろしく!」
クアリスがホクホクして言った。
「クアリス暇だー!」
「なーに言ってんの。国王の仕事は結構忙しいはずだよ?」
「だって『書類』と『国民の前で静かに笑ってる』ばっかり!全然楽しくない!わたしも戦場に行きたいー!」
「ダーメ!国王は国にとって最後の切り札だからね。そう簡単に危険には晒せませんよ。」
わたしはガックリうなだれた。
クアリスはわたしの要望は意に介さず、とゆうように話を変えた。
「キズハたちはどうしてる?」
キズハは高校を出てすぐロザイアと結婚した。
最初のうちこそこちらの世界で暮らしていたが次第にロザイアが向こうの世界に興味を持ち始め、向こうで暮らし始めた。
今はキズハのお母さんとも旅行に行くぐらい仲良しだし、なんと会社まで立ち上げて今やグループ会社の社長だ。
素直になってからの社会への順応ぶりがすごい。
お父さんへの懺悔と国への償いのために、かなり国の再建にも力を貸してくれている。
文字通り2つの世界を股にかけて活躍するバリバリのエリートだ。
テンカは高校の間はルナキスとなんだか淡い関係にもあったみたいだけど、リリムへの絶えぬ執着に愛想を尽かしてさっさとリクトと結婚してしまった。
今はこちらにはたまに遊びに来るぐらいで、ほとんど向こうにいる。
わたしだけ。
高校を出たらほとんど国王の仕事に縛られてこっちにいるのは。
だから暇なのだ。
もちろん、一緒に戦った仲間とも仲はいい。
ご飯を食べに行ったり温泉に行ったりはする。
でもそうゆうのじゃないんだよねぇー。
日常的にくだらないLINEしたりさ、恋バナしたりさぁ。
「恋人でも作ったら?」
「いやそれはクアリスに言う言葉でしょ。クアリスいくつよ?
もうそろそろ生理上がらない?」
バシ!
クアリスはかなり強めにわたしの頭を叩くとプリプリ怒って部屋を出て行った。
「女王!」
朝か…穏やかな時間が流れている。
もう少しだけ目を瞑っていたい。
そろそろみんなに会いたいなと思った。
「スイム!」「スイム〜」「おまえまだ寝てんのかよ!」みんなの声が聞こえた気がして幸せな気持ちでもう一度眠りに落ちた。
目を覚ましたら自分が寝ていた。
ここ病院?懐かしい〜。向こうの世界だ。
わたしの周りにいるのはキズハ?
テンカとリクト、それにお医者さん、看護婦さん…?
「スイム、穏やかな顔してるね。」
「きっと幸せな夢見てるんだよ。」
「俺たちもそのうち行くからな。」
あれ?みんなシワクチャだ。
そうか、もうわたしおばあちゃんになってたんだ。
でもあれ?いつの間になったんだろう。
すごく長い間眠っていたのかな?
疑問に思いながら、下のみんながだんだん見えなくなる。
夢だったのかな?
ふふ。そんなわけないかぁ。
完
お読みいただきありがとうございました。
ツイッター@mesenjoshi_3に勢いで書いたものを推敲してこちらに掲載させていただきました!
後記的なものもまたツイートしていこうと思ってますのでよかったらツイッターフォローしてもらえると嬉しいです(^-^)