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前編

これは前後編です。これ以上は書きたくないので。

*大した描写はしていないのですが、死に対する冒涜的な表現があります。

嫌いな方はブラウザバックをお願いします。

私が最初に奪われたのは獣のような君の瞳。

不具合のある私の心はそれを見て、より醜く詰り捨てたいと。…思った。


**

『ジークレント』

教師は私の名前を呼び、溜息をつく。

私はのろのろと億劫な視線を上げ、記憶の中に無い顔をした教師の顔を見つめた。


『君はなぜ、×××なんだ』

しかし、毎日の同じ説教が始まればただの退屈な時間だ。


『何故、なぜ、ナゼ、どうして、なぜなぜなぜなぜなぜ…』


百人が百人の声で、百の言葉を吐く。私に言葉を唾とと共に吐きつける。

ただ、同じ言葉を、手を変え品を変え。

同じ言葉を違う言葉にしようと苦心するかのように。手品のように鮮やかに。

色を変え、切り口を変え私の関心を引こうとするのか。

まるで違う言葉で言えば、何かが変わるとでもいうのか。


『お前は、君は、おまえは。オマエは、おまえはおまえはおまえはおまえは…』


理由が無ければいけない事など何がある。

私が、何だといいたいのか。


私は途端に興味を無くし、

まるで、さも反省でもしているかのように視線を下げることで俯いて見えるようその角度にだけ苦心する。


必要ならこの乾いた目から涙さえ落としてあげよう。

ただいちどだけ、欠伸を歯で噛み殺して。安堵の息をつけば。

そうすれば一滴くらいは零れるだろう。

私のからからに乾ききったこの目でも。


親も兄妹も親戚も領地の人間も、初めて会う他人さえも。

私に失望し、溜息をつき、罵倒し、無視をする。

溜息を漏らすことで、私に何を気づかせたいのか。……気を引きたいのか。

そんな彼らは私にどんな期待をするつもりなのだろうか。


どうやら私には不具合があるのだと、気づいたのはいつの頃だっただろうか。

本を読んだときに見かけた単語だったか。それとも辞書を開く序の事だっただろうか。

そんなことばかりを考えてこのひと時をやり過ごす。


どう考えても使い道のない私を、ただ息子だという理由なだけで『北』へ送るという。

その言葉をぼんやりと聞き、私は…。

一体どう答え、どう思ったのだろう。

思い出せない程の昔話ではない筈なのに、そこから先が解らない。


**

しかし私は親の言葉|(いや、今となってはそれを言ったのが誰なのかさえ覚えてはいないが)に頷いたのだろう。


告げられた『北』へ行けというその言葉の意味が

ただ『死ね』と言われたものと同じだと、そう理解していても私は頷いたのだろう。


**

北という場所は想像していたよりもずっと見るものが多い。


そう伝えれば顔を包帯に包まれた少女は、その隙間から僕を見つめ呻く。

多分、手入れをすれば美しいのだろう髪は色あせたように埃じみていたし、

腫れた片目を隠すように巻かれただけの汚れた包帯はその顔立ちを隠すことにしか役立っていなかった。

残す腫れていない片目は私に興味を欠いた視線を送るだけだ。


まるで図鑑でしか見たことのない

猫科の大型動物のような温度の低い黄色に光る目を向けるだけだ。


それが、君との始まりだった。

つまり、それが君の、災難の始まりだった筈だ。


**

君は子供だった。

(当時そう言えば、嫌そうな顔をしてみせたけど私が子供だったのだから君だって子供だった筈だ)


私と違ったのは他人からの興味。ただそれだけだろう。

私は誰からも興味を持たれずに、君は誰からも興味を持たれ続けた。


そして、その興味という視線の重さに静かに潰れて壊れていこうとしていただけだ。

それを何故か、私だけが潰したいという願望になったのは。

何時の事だろう、やはり私はそれも忘れてしまった。


**

立ちこめる煙の臭い、流れる血の色が。目の前に立つ君の髪が。

……赤い。


「お前、何をしに来たんだ」


その科白に私は目を瞬かせる。

何をしに来たか?


私の目の前に立つ男の首を、ごとりと一閃で無造作に絶ち落とし君が平然とそう言った。

血が噴き出す前に、ぐらりとかしぐ重量のある体を無造作に蹴り倒して。


こびり付いた血を嫌うように君は眉を顰めて剣を一振りすれば、部屋の白い壁に、そして、私の白い頬に赤の球が歪な柄を描いた。

刀身を眺めて気に入らないとばかりに目を細めると、斬り倒したばかりの男の服で乱暴に拭い、そこでやっと鞘に戻す。

まるで剣を汚したことばかりを厭うような顔で。


剣を突き付けられ振りかぶられようと顔色を変えることもなく

悲鳴のひとつも上げなかった私に君が初めて興味を持ったのだろうか。

と、私は口角をにこりと上げる。君の婚約者に相応しい笑顔を作る。


これは、婚約者を前にしたときに必ずそうしろと言い含められ、習った動作のひとつだ。

貴人に会ったときに、こうべを垂れるのと同じ意味を持つ。ただの動作だ。

何年も同じことをしていれば、それはもう習慣になるだけの、条件付けられた、ただの動作だ。


「私が、ここへ、何をしに来たか?」


慎重な程、ゆっくりと聞き返せば、私の言葉につられた様に君がゆっくりと小さく頷くのが見える。


「君の、心を、掴む為、じゃないかな」


だから慎重にそう答えれば、君が驚いたような顔をして黄色の目を瞬かせた。


「その細腕で、どうやって私の心を掴もうとする?」

「子供であるところの私が、大人の命令の意味を考えることは無駄な事じゃないかな」


右には首が、左には体が転がる部屋で、私たちはそっと慎重に会話する。

私達二人ともが。

その首と体が、私に随行していた顔だと知っていても、そんな無粋で無駄な会話をしたりははしない。

光の消えた目が私を映して、まるで生きているかのように光って見えていても。

それはもう、魂の分だけ体重を減らした塊でしかない。


「お前は私を好きなのか?」


自分で言っておきながら、その実まるで自分の言葉を信じていない様子で、君がそう言うので僕はどうだろうと首を傾げる。


「私は、君を、壊したい」


徐々に消耗しゆっくりと壊れて潰れていくのは私の趣味ではない。

先ほどの、見知った顔の(おとこ)のように一閃でたおれる方が余程興味がある。

だって壊れかけているなら、そっと力を籠めるだけであっという間に、崩れてしまうだろう?

君はいつだって、崖の先でただ一人で立っているのだから、指先で背中を押せばすぐに、無様に放物線を描いて墜ちてくれるだろう?


「熱烈な愛の言葉を告げられるより、強烈だな」


私の科白に唇を上げてひっそりと小さく笑い、私の手を取るとその白すぎる手に君が顔を顰めた。


「こんな手では私の事を壊すことは出来ない」

「そうかな?」


取られた方ではない手をそっと、君の首に向ければ面白そうな目で私を見つめた。


「ここを押さえれば、簡単に壊せるだろう?」


強く脈拍を打つ、その個所に指先を押し当てて体温を。

いつも血を流し続ける彼女の血潮を確認する。

抵抗する気など一切なさそうな顔で私を見て、くすぐったいのか小さく揺れるのを指先だけで感じ取る。

そのまま力を籠めるけれどやはり抵抗の意思が見えなくて、私は途端に興味を無くす。

数年を経てすら、殆ど会話を交わすことのない、決められた許嫁に、興味を無くす。


「どうした?壊したいんだろう?お前も、私を壊さないのか」


指先から力が抜けたことに気付いたのだろう。

君は不機嫌そうにそう言って、私の指を無造作に払い除ける。

そうしてやっと、私は君への興味を取り戻すのだ。

私を、適当に扱う君を。私に何故とは言わない君を。


「抵抗をしないのでは面白くない」


そう言って、私は君の唇に唇を押しあてる。

お互いに目を閉じないので、至近距離で見つめ合いながら唇を触れ合わせていれば、小さく笑うような振動が伝わってくる。

釣られる様に笑おうとするけれど、私は残念ながら今までに笑った事が無かった。

口角を上げる動作しか、私は知らない。


笑い方は誰も教えてはくれなかった、と思いながらその唇を割り、舌を吸い上げようとする。

ああ、それもまた一つの動作だ。

しかし、それを許す気は無いのか、両手で肩を押されればあっさりと私達は距離を取る。


「完全に壊れたほうが、戦争が楽になると思ったが」


ちらりと、自分で落とした首を体を見つめ、君は小さく肩を竦める。

流石にこれは口づけをするのにそぐわない。と言って濡れた唇を乱暴に拭った。


「そんなことを言い出すのは意外だ」

「そうかな?これでも乙女だ。

 誰にも許していない唇を許してやったんだ、有難いと思え。

 残念だが、舌を切る事までは許してやれない。

 壊れるのは構わないが、死ぬのは困るからな」


その言葉に、…ああ。と、私は女の溜息のような落胆の息を吐く。


「ああ、あと、お前の長兄が戦場で亡くなったそうだ」


そんな私に、君が序のように言うので私は感情なく目を瞬きする。

兄が、戦場へ行く?

私よりも濃い銀を持つ兄の姿を思い浮かべようとして、諦める。


「兄が、戦場で、亡くなった?」


何故、文官の兄が戦場などに行く事があるというのだろうか。

王付きの生え抜きであった兄が、あの、王家の所縁の娘を娶ることが決まっていた兄が、

戦場などに行くはずもないことを知っている私が君の言葉を、間違えたりしないようにゆっくりと復唱する。


「ああ。戦場へ行けば死ぬこともある。本来はそれを告げに来ただけだ」


そうと知らない君は、私の言葉にあっさりと頷く。

何故、長兄が、死んだのか。

その婚約すらも興味なく参加した私はその時を思い出す。


柱の模様すら、花びらの一枚ですらも鮮明に思い出せる光景。

あの時の私の興味は、多分、見たことのない花と、珍しい文様を彫られた柱だったのだろう。

そこばかりが記憶の中で鮮明で、あとは寿(ことほ)ぎの言葉のひとつすら思い出すことが出来ない。


あとは、婚約のヴェールを被った兄の婚約者となる、幸せな女性の顔立ちは何も思い出せないのに。

艶やかに黒い髪が印象的で、神聖だと習った黒をわざわざ曇らせるその姿が、私の興味を引いた。

王家の色を汚していると思った記憶が、紙用のインクを一滴だけポツリと落としたようにあるのを思い出す。

そして、そんな私と同じ目で見ていた男の顔は、一体どんな顔をしていただろうか。


もうすぐ、結婚するはずだった長兄が、死んだ?


「次男は放逐した (期待出来ない)とのこと。だから、お前を『南』へ戻せとの連絡があった」


先ほどまで口づけをしていたことなど記憶の先にも残っていないかのような声で君がそう言う。

ちらりと、君に斬られた兵の首を見て息を吐く。

この男は確か、次兄の幼馴染だ。話を聞きつけ……殺しに来たか。


なんの感慨もなく、かつて次兄の友人であった今はただの血だまりの肉の塊。を、眺め。私は溜息を吐いた。

鉄の、君の匂いが部屋に広がっていく。そのことが不快で。


「………ジーク」


今まで名前を呼ばれたことなど無かったので、思わず顔を上げ彼女を見つめる。

黄色の目が私を映している事に気付いて、初対面を思い出した。


「この『北』へ(とつ)ぐ為に来たんだろう?」

「ああ、そうだ」

「私は、私の『夫』となるお前を手放す気は無い。お前は面白くはないが使えるからな」

「ああ、解ってる」


情熱など欠片もない顔で告げられ、私は全ての言葉に頷きで返す。

これは感情ではなく、義務である事の確認作業だ。

私達はその一つ一つを工程を惜しむことなく、ゆっくりと、吟味する。


「そうだね。私は、ここで君の夫をしなければならない……」


そのために、何年も君と並び、帝王学や掌握術を学んできたのだ。

君を壊すために、君を抱くために。

欠伸の代わりに、この世界では誰も殺すことが出来ない君の、舌を嚙み切るために。


「どうする?『南』はお前を狙っている。どうやらここで学んだ事がお気に召したらしい。

 少しは喜んで見せろ…戻りたいか?それとも…残るか?」


望めば潰してやってもいい。と、あっさりと君が呟いて目を細める。

天才として今よりもずっと子供の頃から戦場で旗頭を挙げ首級を打ち取っていた君がそう言い、

先ほど兵に殺意を向けられた私ですら覚えなかったぞくりと背筋を震わせるような寒気のするような獣の目でうっとりと笑う。


「戦うことを知らない『南』がよくも『北』の『私』に姻いできた夫を奪おうとするのか私には理解できないな」

「まあ、内政は傲慢だから」


だから内政は嫌いだ。と、珍しく感情を載せた声で君はそう言いその科白に私は肩を竦める。

君が嫌うこと全てを行うために、私が、ここにいるのだから。


「私が『南』を継いだら、君は私を夫にする気はないというのか?」

「何を…言っている。

 『北』の長子である私に『南』の嫁になれというのか?」


その憤慨し許さないとばかりの言葉に、笑った事も無いのに笑ってしまいそうになりながらかぶりを振った。

それは、君が私の妻になるという返事以外の何物でもないと、私は勝手に受け取る。


「君は『北』を継げばいい。『北』で君以上に相応しい人はいない。

 私は『南』を継いで、『北』へとつごう」


その言葉には流石にぽかんとした顔を見せ、次第にじわじわと面白そうに歪んだ顔が堪え切れず笑い声を立てた。


「『南』を馬鹿にするというのか、片手間に『南』を扱うと?」

「それで、初めて君と対等になる。君は『北』を継ぎ『南』へ姻ぐのだから」

「ああ、それは面白い。

 お前にも面白いところがあったのか。ジーク。

 意外だが、それも悪くない誤算だ。

 そんな馬鹿げたことを認めさせることが出来ると本当に思っているのか?」


くつくつと、噛み殺しきれない声を漏らしながら君が笑う。

その君に手を伸ばし抱きしめると、ややして背に腕が回された。


「ああ。私は君と対等になって君を壊す」

「そうか、ああ。それがいい。邪魔をするものは全て私が潰してやろう」


だから、安心して『南』を継げばいい。

そう腕の中で笑った君の首に口づけた僕もやっと君の真似をして笑う。


「だから、君はもう少し少女らしくして待っていて。リシュリア」

「ああ、そうだな。今のままでは『南』が文句を言い出すか。

 お前が望むなら『南』が仰天するくらいの『淑女』になってやろうじゃないか。

 しかし、私はそう気が長い方ではない。

 そして、『北』もそれほど気が長い方ではない事位は……解っているな?ジークハルト?」


そう私を名前で呼んだ天才で気高い君を対等に、そして地に落とし躙り扱い、そして私も君の足元に平伏してその足を舐めるだろう。

私が君のものになるのだけではなく、私が、君を求めるから。


「そうだね、すぐに。すぐに私を、君の『夫』にしよう。

 私が君の役に立つ事を楽しみにだけして、私の『妻』になるため、待っていればいい。

 もし、君が長いと感じたら、私から逃げても私は恨んだりはしない」


負ける事のない彼女が、私から逃げるというのも面白いということに気づいて。

ひっそりと君の首元で笑いながら、私はそう言った。

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