88話 かつてないピンチ?
ゴガガガガガガリガリゴリゴリズゴゴゴゴとすごい音と振動を起こしながら龍の皮を被った水ドリルが地上に向けて驀進して行く。これで仕留められてるといいんだけど、不安だし一応追ってみるか。
「ここで見たことは誰にも言うんじゃないぞ。武器の代わりはあとであげるから」
「あ、はい」
いつの間にかヘキサの能力から解放されて天井に空いた直径ニメートル程の穴を見上げていたオルトロスに声をかけると、とりあえず返しましたみたいな返事が聞こえてきた。良かったな、無意識でも拒否してたら行きがけにこの双龍刃の錆にするところだった。
というわけで水を使って空けたにも関わらず全く濡れていない穴に向かって飛び上がる。そのままトンネルの中を素早く左右の壁を蹴るようにして上っていく。
並列の思考で制御してた龍が抵抗を感じなくなった。多分地上に出たな。そのまま上空に昇らせて霧散させておこう。
下まで光が届くことはないけど晴れ渡る空が見えるかと思ったら、何かの葉っぱで遮られてしまってそんなこともなかった。そのまま地上へ出ると、案の定森の中だった。入り口があるあの森だろうな、多分。どことなく血の臭いもするし。
ふと、何かが頭の中を駆け巡った。これは、危機感? 何かまずい気がする。
「ちっ」
咄嗟に腕を掲げると、金属音と誰かの舌打ちが聞こえてきた。そして肩に奔る刺すような痛み。わけも分からないまま腕を振りぬくと、黒い影がその反動を利用して後ろへと跳んだ。それは、穂先を赤い血に染めた槍を持ち、全身の至る所から緑色の炎を燃え上がらせている悪魔。魔王ヘキサだった。
その身体は全身がずたずたに引き裂かれていて、腕や脚も千切れかけていた。その部分は特に炎が燃えてるから、身体を補強したり出来るのかもしれない。
「やっぱり生きてたか。うまく隠れてたみたいだな」
「あと少し気付かれなかったら心臓一突きだったのに、惜しかった」
どうやら仕留め切れなかったらしく、ヘキサはスキルか何かで隠れて隙を窺ってたみたいだ。直感を信じて腕を振ってみたら逸らすことは出来たけど、完全に防ぐことは出来なかったな。
っていうかやっぱりあの槍俺の身体に傷を付けられるみたいだな。頑強さももう少し高める設定にしとけば良かったか。あと【炎熱耐性】とっといて良かった。
「確かにお前は舐めてかかって良いやつじゃなかった。それは認める。だから全力で楽しませてもらうから、せいぜい長生きしてくれな」
「はやっ・・・!?」
ヘキサの中で俺がその辺の石ころから、遊び相手にレベルアップしたらしい。つまりさっきのは邪魔な石を蹴ってどかすくらいの意味しかなかったわけだ。
それを証明するかのように、ヘキサの動きが変わった。攻撃が来ると認識しても身体はついていかず、なんとか逸らしたり身体をずらしたりするのが精一杯だ数秒と経たない内に4ヶ所も刺されてしまった。
突きは軌道が読みづらい上に速さもあるせいで完璧に防ぐのが難しい。初撃と同じく逸らしきれずに刺されてるからな。達人の槍捌きってのはこんなにすごいのか。
「どうしたどうした、防がないと全身穴だらけになっちゃうぞ☆」
ヘキサはやたらと嬉しそうに槍を繰り出してくる。正直こっちは一杯一杯なんだけど、どうやらこいつはほんとに暇つぶしで忙しいみたいだ。つまり俺も暇つぶしの相手として認識したから、この戦い自体が楽しくって仕方がないわけだな。
自分の欲求を満たすためだけに他人を巻き込んで省みないなんて、とんでもないやつだな!
けど、こいつの強さは本物だ。傷のせいで動きが鈍って七箇所目を槍が貫いた。
どうやらこのままじゃ勝てそうにない。こうなったら正体バレも覚悟でムゲン態で片付けちゃうか? そしたら怪我も治るだろうし。
「まだそんなに経ってないけどここで終わりかなー? 多分これ受けたら死ぬから、死ぬ気で避けろよ! 【魔王五貫葬】!!」
全身から血を流して立ってるのがやっとみたいな状態の俺に向けられた槍の先がぶれたかと思えば、両肩、両腰、頭、計五箇所を目掛けて五つの槍が同時に迫ってくる。
なるほど、そういう技か。多分かわそうとしてもそれぞれが追ってくるんだろうな、多分。満身創痍のこの身体じゃ防御も回避も間に合いそうにないけど。とりあえず【炎熱耐性】のお陰で頭さえ守れば即死はしないだろうだし、そうするか。
「っづぅ!」
そのどれもがそれなりの威力をこめられているみたいだったから片手で弾くのは無理だと判断して、頭を目掛けて来る槍を両腕を使って横から逸らす。
両手で思い切り弾いたはずがぎりぎり逸らすのが限度だったみたいで、頬を深く掠めた刃が俺の頬に赤い線を残す。それと同時に、防御を諦めた残りの4つの刺突が俺の身体を貫いた。
貫通した瞬間に槍は消えたみたいで、残った衝撃が俺の身体を後ろへ吹き飛ばす。碌に着地も出来ずに背中で地面の上を滑って何かにぶつかって止まった。視線を上に向けると茶色い木が見える。ああ、これにぶつかったのか。まぁ森だしそうだろうな。
「おっとぉ、上手く急所は避けたみたいだけどもう一回やったらどうなる? ねぇ、どうなるかな?」
ヘキサは嬉々とした表情と声色でこっちに近付いてくる。うお、動きづらい。ていうか全身痛いなこれ。これだけ血を流してたら当たり前なんだろうけど、なんか危機感がなさ過ぎてどうしようこれって感じだ。とりあえずヘキサがうざい。
「気になるんなら試してみろよ」
なんとか立ち上がったけど、体中穴だらけで元の身体だったら絶対無理だぞこれ。滅茶苦茶痛いし。
「じゃあそうさせてもらおっかな、【魔王五貫葬】!!」
さっきと同じく穂先がぶれて、五つに増えて迫り来る。流石に本気出すか。このままだと殺されそうだし。あ、【弱体化】してる状態で死んだらどうなるんだろう。今度ジェノママに聞いてみようかな。
加速した思考でグダグダと考えていたところで、また何かを感じた。けどこれはさっきとは違う。これは、契約によって結ばれる主人と従魔の間に生まれる絆、それによって感じるお互いの存在だ。
瞬間、俺の頭上から煌く何かが飛来して五つの突きを全て弾いてしまった。あの突きを迎撃するなんて相当な威力だな。そして、頭の上に何かが乗る感覚。
「タゴォォォォォォォォ!!」
ヘキサからはきっと、プリズムの輝きが散りばめられた白銀のミミズクが羽を広げて雄叫びをあげている姿が見えるだろう。