84話 日中の暗躍
丁度ジェノとフィスタニスが相見えた頃、コウロの街を歩く者達がいた。時間は午前10時を周った辺りであり当然大通りには沢山の人々が行き交っている。そんな中をフードのついた薄汚れたローブを纏った四人の男達が合間を縫うように歩いているのだが、誰も気にした様子は無かった。
確かにコウロの街では様々な人種や職種、趣味嗜好の人々が入り乱れている。しかしそんなコウロでも今は領主の館が襲撃を受けた直後である為、街の各所に散らばった兵士達が警戒態勢を敷いている。それなのに兵士達は目の前を通り過ぎるフードを目深に被った男達に目もくれない。もし気付くことが出来れば、それは異常な光景だった。
やがて男達は大通りから外れて建物が乱雑に建てられた路地へと入っていく。そして足を止めた男達の視線の先には、一軒の店が建っていた。
表には客引きの為の板が置いてあり、看板には『インフィニティー召喚術店』と書いてあった。住居と一緒になっているのかその建物は奥に長く作られており、裏に回れば店とはまた別の入り口が用意されている。
「あそこに奴が運び込まれたようだ。まさか生きてるとはな」
四人の中で一際細い男が一言呟くと他の者達はその店を凝視する。細い男の声がどこか嬉しげであり口元が緩んでいたことに気付いた者はいない。
この男達こそが領主の館を襲撃してカリウェイの命を狙った者達であり、この細い男がカリウェイと執事長にトドメを刺さず擦れ違うジェノ達を見逃したことによってカリウェイ達は辛うじて生き延びる事が出来た。
しかし、この男達に与えられた任務は確実な暗殺。それ故、ジェノの家であるこの場所に運び込まれたことを察知したリグシェイムが改めて始末するよう再び送り込んだのである。
ちなみに、カリウェイが生きていることも、この場所へと連れてこられたことも細い男・・・リグシェイムの護衛騎士団長ヘキサがリグシェイムへと報告した。見逃した相手の情報を自ら流すヘキサに、大した理由があった訳でもない。
二人にトドメを刺しておかなかったのは、運が良ければ生き残り、生き残れば貴重な情報源となる。そしてその情報を得た何者かが展開を盛り上げてくれるかもしれないと、そう思っただけのこと。ヘキサにとって、リグシェイムに仕えていることを含めて全てがゲームに過ぎないのである。
そして実際に二人は救出された。姿を消している状態で擦れ違ったのでその者達の姿を見たヘキサは、正直その場で始末してしまおうかとも思った。何せ若い冒険者風の男に大した魔力を持たない少女の二人だったのだから、瀕死の二人の下へ駆けつけたところで何も出来ないだろうし面白くなりそうに思えなかった為だ。
しかし、少女の頭の上に止まっていた一羽のミミズクが、ジッとヘキサを見つめていた。姿を消し気配すら消して立っているヘキサを、角を曲がって物理的に見えなくなるまで首から上だけが向きを固定されているかのように見ていたのである。
見つかっているかもしれないという考えと、小さな一羽のミミズクから放たれるプレッシャーに負けてヘキサはただやり過ごした。そしてその判断は間違っていなかったと確信したのは、ジェノとコノミが二人を抱えて脱出するのを見届けた時だった。
そのまま店兼自宅へと運び込まれるところまでを追跡していたヘキサは、リグシェイムに報告したのである。面白くなりそうだという期待と共に。
「さぁて、まさか無防備に置いて行った訳もないだろうが、あんまり無用心だとさくっと殺っちゃうぞ☆」
口の中で小さく呟いたヘキサは、中の様子を窺う。護衛にどのような仕掛けや人物を配置していったのか、それを探るのが楽しみで仕方が無いのだ。
「ん・・・?」
しかし、ヘキサは訝しげな声を上げる。ヘキサが建物の中の魔力反応を調べたところ、カリウェイと執事長だと思われる魔力が建物の奥にある。そして、召喚術士の店であるのだから当然店の方にもいくつかの魔力が感知出来、召喚用の地下室と、店の主人であろう召喚術士の魔力。それしか感じられないのだ。
魔力を用いた罠や、護衛等が隠されている形跡も見つからず、ヘキサの顔からは段々と表情が失せていく。
召喚術士の魔力は確かにベテランの冒険者くらいは感じられたが、召喚術士というのは文字通り召喚術に特化した者をそう呼ぶ。街でも有数の召喚術士として評判なのはヘキサの調べで分かっていたが、それはつまり召喚術以外は大したことが無いということでもある。
戦闘用の魔法も普通に使えはするだろうが、普通程度の魔法ではヘキサはダメージを負わない自信があった。それ故に、ジェノが何の警戒も無しにただ知人か家族に預けて出かけたのだろうと、そう判断してつまらなく思ったのだ。
さっさと片付けてしまおう。
そう思ったヘキサは、召喚術士が移動を始めたことに気がついた。扉が開かれ、一人の女性が表に現れる。
うなじの辺りで切りそろえた美しい銀髪に、眼鏡をかけ、細く切れ長の瞳は氷のような冷たさを感じさせる。街でも美人と名高く、同時に氷のように冷たいとも言われて一部の性癖の人達に大人気の女性、ジェノの母親だった。
ジェノの母親は店の扉にかかっている準備中の札をひっくり返して営業中にした。その様子を下劣な笑み―ヘキサはつまらそうな顔で―を浮かべて見ていた男達は動きを止める。
店の中に戻ろうとしていたジェノの母親が、ヘキサ達のいる空間をじっと見つめているのだ。男達は装備している隠密ローブの性能を信頼している為、見つかったとは思わなかった。ただ何となく、動くのが、呼吸をするのが憚られた。
そして、ジェノの母親はフッと鼻で笑ったかと思うと店の中へと帰って行った。
「隊長、行きましょう」
その光景に苛立ちを覚え、早速発散しようと一人が歩き出そうとするが
「待った。待って待って、撤退しよう」
「え? どうしたんですか一体?」
ヘキサは肩を掴んで引き止めた。あまつさえキャラも忘れて撤退を告げる。流石の部下も急な宣言に混乱してしまう。
ヘキサは、今の一瞬で理解してしまったのだ。あれは手を出すべきではないと。己の持てる力を全て使えばどうとでもする自信はあったが、そうまでするつもりも無かった。ここは自分で乗り込むべきではなく、戦力として使えそうな者を差し向けようと、ヘキサはそう即座に判断した。
「いいから撤退だ。後は俺に任せとけばいいから先に戻っとけ」
「は、はい」
未だ混乱する部下に強引に言い聞かせてヘキサは踵を返した。
向かうのはリグシェイムとは別に仕えるフリをしている馬鹿な主人の下。その主人ならば勝てるか分からなくともある程度は善戦するだろうし、あの女を引き付けて辺り一体を混乱させれば良いだけだとヘキサは考えた。
「そろそろ役に立ってもらうからな、フィスタニス」