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83話 羊使い

戦闘はつい長くなってしまいます

そしてやっぱり苦手


 離れた空間を繋げるゲートを操るフィスタニスの手によってただ一人何も無い広い空間に放り出されたナムカラは、とりあえず一歩踏み出したところ突如現れた大量の魔物に包囲されてしまう。この部屋は侵入者を迎撃するための場所であったのだが、罠があることを承知の上であったナムカラは動じていなかった。


「作戦開始、蹂躙せよ!」


 幹部の一人であるアノリアンロードは右手に携えた剣を天に掲げて号令を轟かせた。その言葉には圧力を持って配下へと伝わった。一斉に行動を開始する。


 何かの皮で出来た簡素な鎧とそこらで拾ったような武器を手に持ったアノリアン達が走り出す。目指すは部屋の中央に立つ羊頭の魔法使い。四方の壁に沿って現れた軍勢の中でも一番数が多く二百体程の一般アノリアンは、段々とその密度を増すように包囲を狭めていく。


 アノリアンよりも上等な鎧と、駆け出しの冒険者が持つ程度の武器を装備したアノリアンウォリアー五十体程は、一般アノリアンの包囲の外側を追随しながら様子を窺う。


 そして、全員が壁に沿って並んでいたアノリアンメイジ達は号令と共に一斉に魔法を解き放つ。総数の半分が唱えたそれは地形操作の呪文。これによってアノリアンメイジとアノリアンアーチャー達の立つ壁際が、2メートル程せり上がった。


 それと同時に、残りのアノリアンメイジは己が得意とする属性の魔法を、アノリアンアーチャー達は手にした弓で鋭い矢を放つ。それらはさながら雨のように、ナムカラへと殺到する。


 アノリアンロードは号令を掛けた瞬間に、既に勝利を確信していた。何度もシュミレートして作り上げたこの罠は、極稀に迷い込んできた冒険者を容赦なく磨り潰してきた。複数人で組まれたパーティーであってもこの物量に対処できた者は存在せず、ましてやナムカラは一人で連れ込まれてしまっていた。故に、今回も同じように圧殺する光景しか思い浮かべることが出来なかった。


「これは、先にここに一人でこれたのは良かったかもしれませんね」


 ナムカラは、号令と共に動き出した状況を見てぽつりと呟いた。


 壁のように迫り来るアノリアン達と今まさに放たれんとする矢と魔法。しかし焦ることなく、どこまでも楽しそうにナムカラは魔法を行使する。


「メ゛エェェェェェェェェェェ!!」


 ナムカラに覆いかぶさるかのように現れたのは真っ白な巨大羊。その高さは五メートルの天井に背中の毛が届くどころか天井に押し付けられて潰れてしまっている。瞬間、ナムカラに殺到していた魔法や矢はその羊の周囲で見えない壁に阻まれるかの如く全てが弾かれる。


 その光景にナムカラとアノリアンロード以外の者は皆驚愕する。しかし、アノリアン達も呆然とすることはない。相手が何をしようと、どのような行動に出ようと、命令通りに戦うことのみがアノリアンの戦士の使命なのだ。


 続いてナムカラ地響きを立てて地上を迫り来る肉の壁を見やり、指を鳴らした。パチン、という小気味良い音と共に出現するは三百匹もの黄色い毛皮に緑の毛が混じる羊達。ナムカラを中心に円形に呼び出されたそれはアノリアン達を迎え撃つ形で飛び出していく。


「「「「「シュアアァァァァァァ!?」」」」」


「シャアアァ!?」


「シュシャア!!」


 パチパチと体表にスパークを奔らせながら突進する羊の速度はそこまで速くなくせいぜい時速四十kmほどだ。しかし、羊達はアノリアン達に向けて雷を放ち、走るアノリアン達は碌に反応することも出来ずその身を焼かれていく。近接攻撃しか出来ない一般アノリアン達は遠距離攻撃の前には成す術等無いのだ。


 そしてその突撃を援護する為の遠距離攻撃も巨大羊の防御により全てを防がれている。


「魔法部隊と弓隊は貫通に特化した魔法にて防御をぬ・・・何!?」


「「「ジャッ!?」」」


 このままではまずいと感じたアノリアンロードは、相手が一人だという侮りもこの罠は最強であるという自負も即座に投げ捨てて新たな指示を出そうとする。その判断はアノリアンを統べる者として流石と評されるものであったが、それでも少し遅かった。


 アノリアンロードの動きを察知したナムカラが更に一匹羊を呼び出した。それは青白くで、先程の羊よりも激しいスパークを身に纏いぼんやりと淡く光っている。そして優雅に散歩でもするように、部屋の壁沿いを一周した。


 たったそれだけのことで、壁に沿ってせり上がった床の上で砲台の役割を担っていたアノリアンアーチャーとアノリアンメイジはほぼ同時に全身を雷で焼かれて崩れ落ちた。即死である。


 アノリアンロードは背後から一際大きく聞こえた短い悲鳴に振り返った時、部下達は崩れ落ちる瞬間であった。何が起こったのかとそのままぐるりと身体を回して壁沿いを視線で追うと、即席の射撃地点に立つ者は誰もいなかった。


 そしてアノリアンロードは気付く。せり上がった地面を視線で追った時にあの巨大な羊が視界に入らなかったことに。地を掛け勇敢に戦う者達の声が一切聞こえないことに。


 一周して後ろを振り返るような体勢になっていたアノリアンロードはゆっくりと顔を部屋の中央へと向ける。そこには、ただ一人ナムカラだけが立っていた。アノリアンの戦士達の姿は影も形も無く、地面を均して出来た床に残骸が転がっているだけである。


「・・・よもやこの軍勢を一人で打ち破られるとは、見事だ。私も一人の戦士として戦おう。いざ、参る!」


 アノリアンロードは剣を握りなおして走り出した。アノリアンロードとしての誇りを持つ彼からすれば、配下が全滅したのは相手が強かっただけのことであり、それを認めないということは戦士として立派に戦った戦士達を嗤うのと同じことであった。


 故に、彼の表情に怒りの感情は無い。


「僕は多対一の方が得意ですからね、相性の問題ですよ」


 ナムカラはそう言いつつも、アノリアンアーチャー達を一撃で葬った青白く輝く羊を呼び出す。そして駆け出したそれは刹那の間でアノリアンロードへと着弾する。その地点から青白い閃光の残滓が辺りへ飛び散り砂を巻き上げる。


 そして光と粒子の幕を突き破るようにアノリアンロードが飛び出してくる。その手にはファルシオンと呼ばれる、片刃で背が真っ直ぐだが刃先に向かうほど幅が広がりカーブを描く剣が煌いている。


「なるほど、魔法無効化マジックキャンセラーですか。随分レアな物を持ってますね」


 そのまま射程距離まで到達したアノリアンロードは振り上げていた刃を真っ直ぐに振り下ろす。しかし、いつの間にかナムカラとの間に割り込むように空中に出現した小さなグレーの羊にぶつかり甲高い音を立てて弾かれる。


「ちっ、不思議な術を使うやつだ」


「ははは、生まれつきなんで許してください」


 アノリアンロードの持つ『無魔刀リアリティファルシオン』は持ち主に完全なる魔法耐性を与える。その存在を否定することであらゆる魔法を寄せ付けないその魔法具マジックアイテム神具ゴッズアイテムに匹敵する程強力なものであり、魔法使いにとって天敵とも呼べる武器だ。


 当然、その刃は魔法による防御も許さない。魔法による障壁は持ち主も含めてするりと通り抜けてしまうからだ。但し、岩や壁、武具を召喚したり作り出す等の物理的な防御までは貫けない。あくまで魔法を否定するだけで、魔法によって生み出された“物質”には効果が及ばないのである。


「おおおおおおおお!!」


「メエェェェ・・・!」


 ナムカラが羊によって防げたのも、そのグレーの羊が物理的な強度を備えていたからである。しかし、アノリアンロードが何度か剣を叩きつけると羊は砕け散ってしまった。打ち消せない防御を、純粋な力のみで打ち砕いたのである。


 通常のアノリアンロードならばここまでの力は持ってはいない。しかし、この個体は剛力の腕輪という魔法具を装備していた為にその力が強化されていたのだ。


 破片が更に砂となって崩れ落ちるのを確認したアノリアンロードは宝剣の切っ先をナムカラに向けた。それはさながら、勝利を確信したかのよう。


「魔法攻撃は私には効かないし、物理ダメージを与える魔法でも私のこの強靭な肉体の前では意味を成さない。つまり貴様の羊では攻撃手段に成り得ない。勝負あったな」


 魔法ではダメージを与えられず、かといってあまり得意ではない地属性魔法では簡単に打ち砕かれてしまった。アノリアンロードの言葉の通り、ナムカラの状況は絶望的であった。しかし、ナムカラは全く諦めていなかった。それどころか、付き合いの浅いアノリアンロードをして分かる程にその表情は楽しそうだった。


「僕は諦めが悪いんでね、やれるだけはさせてもらいますよ」


 そうして呼び出されたのは百体のグレーの羊。お返しとばかりに津波の如くアノリアンロードへ押し寄せていく。


「無駄な足掻きを!」


 宝剣を手にしている者もまた、魔法を使うことは出来ない。しかし、今これを手放せばすぐさま魔法を叩き込まれて敗北するのが分かっているアノリアンロードは群がってくる岩のような羊達を、その身体能力で迎え撃つ。


 羊達をけしかけて時間を稼ぐナムカラは、更に一匹の羊を召喚した。それは、毛も顔も真っ黒な羊。大きさは子羊程であるが、見た目だけは成体である。


 そしてナムカラは懐からいくつかの物を取り出した。この道具こそがアノリアンロードを妥当しうるナムカラの秘密兵器なのだ。





「切り札を使う間も無かったようだし、これで終いだな」


 最後の一匹が砕かれて、砂へと還る。アノリアンロードはナムカラが黒い羊を喚び出したのは気付いていたが、どうせどんな攻撃も通じないのだからと羊を砕くことに専念していた。そうして結局その黒い羊がアノリアンロードに向けて放たれることは無く、全ての羊を殲滅してナムカラへと向き直ったアノリアンロードが見たものは


「もぐもぐ、うーん、もう少し味をつけるべきでしたね、もぐもぐ」


 食事中のナムカラだった。


 床には包丁やフライパンが転がっており、明らかに殺されるだけの羊を使ってまで稼いだ時間で行ったのは調理だったと窺えた。これにはさすがのアノリアンロードもどうしていいのかすぐには分からなかった。


「一体、何をしているんだ?」


「何って、焼肉ですよ」


「最後の晩餐という訳か。ならば死ねぃ!」


 もはや興味は無いとアノリアンロードは剣を振り下ろす。剛力の腕輪によって強化されたその一撃は、魔法使いであるナムカラの貧弱な身体を一刀両断するのは充分過ぎる程の一撃。である筈だった。


「馬鹿な!」


 驚愕の声は、トドメとばかりに宝剣を振り下ろしたアノリアンロードの口から零れ出た。振り下ろされた宝剣をナムカラが右手で受け止め、そのまましっかりと握り締めているのだから無理も無いだろう。


 アノリアンロードは混乱しつつも引き抜こうと宝剣を引っ張るがびくともしない。ナムカラが片手で握っていることで動かないのだと、有り得ない事実を突きつけるかのように。


「一体何をしたというのだ!?」


 宝剣を手放せば先程までの形勢は逆転してしまう。それを理解しているアノリアンロードは武器を手放すことなく必死に押したり引いたりするが、やはり動くことは無い。剛力の腕輪で強化されているはずの自身が魔法使いであろう相手に力で敵わないという事実が混乱に拍車をかける。


 アノリアンロードの脳裏を駆け巡る情報の中で、一つの光景が浮かび上がる。ナムカラの食事風景が。その考えに至ったアノリアンロードは信じられないといった表情を浮かべてナムカラを見やる。ナムカラは楽しそうな笑顔を浮かべて宝剣をアノリアンロードごと振り上げ、勢い良く地面へと叩きつけた。何度も、何度も。


「ガハァッ!・・・ぐ、う」


 何度目かでついに宝剣を手放し地面に横たわるアノリアンリザードに、ナムカラは奪い取った宝剣の切っ先を向けた。アノリアンロードは力なくナムカラを見上げる。


「あの黒い羊は・・・攻撃の為のものではなかったのか・・・?」


 その質問は、アノリアンロードの自身の想像の答え合わせであり、死ぬ前に聞いておきたくなったのだ。それに対してナムカラは宝剣を突きつけたまま、肩を竦めておどけたように答えた。


「何言ってるんですか、羊は食べる物ですよ」




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