80話 鮮血の誓い
キャラが暴走してとんでもないことになりました。
きっと私のせいではありません
『さーて、こいつはどうすっか』
ジェノガイサは敗北宣言を聞いてもまだ警戒を解かずに、未だクレーターの中心で潰れたカエルのようになっているフィスタニスに歩み寄る。
『どうみても力尽きてるでござる』
『だな』
「うぅ・・・まさかワタクシが負けるだなんて・・・」
力なく横たわったままフィスタニスは竜である己が敗北したということを叩きつけられてさめざめと泣いていた。もはや起き上がる気力も体力も無いようだ。ジェノガイサは装甲モード(命名・スプリ)を解除した。
「で、とりあえずぶっ倒した訳だけども、スプリのとこまで案内する体力あるか?」
「あるように見えるのならその目玉を抉り取って差し上げますわ」
フィスタニスのすぐ傍まで歩み寄ったジェノがしゃがみこんで問いかけると、フィスタニスは僅かに回復した体力を振り絞って怒鳴り散らした。さすがにやりすぎたかと思ったジェノは手を差し伸べた。しかし、それを掴む体力も無いと察してフィスタニスの身体を抱き上げた。所謂お姫様抱っこと呼ばれているものだ。
「ふんっ、せいぜい丁寧に運びなさい。ワタクシは負けたのだから、きちんと貴方の相棒のところへ案内してあげますわ」
唐突に抱き上げられたフィスタニスはあっさりとジェノの腕を受け入れ、それどころか首に腕を回して身体を支える助けをする程だった。フィスタニスとて淑女。本来なら盛大に暴れて膝や肘の一発でもぶち込むところなのだが、負けた身である上に案内しようにも動けないのだから仕方ないと、負けた己が悪いのだと全てを受け入れていた。
転移のゲートすら開く余力も無いので歩くしか移動手段が無いのだ。
「任せとけって。けどターナやナムさんはどうすっかな。ナムさんはともかくターナを放っとくわけにもいかねぇし」
「あの野生児ならそろそろ効果が切れるから心配いらなくってよ」
「ほー。あ、ホントだ、もう立ち上がってらぁ」
フィスタニスが不機嫌そうに言うのを聞いたジェノが立ち上がり、ターナの方へ向き直ると立ち上がっているターナをその視界に納める事が出来た。その傍らにはマスターオレンジのシハンが立っており、ジェノと目(?)が会うやその姿を消した。
「助かったぜ、これからよろしくな、シハン」
ジェノは、またいつか頼るかもしれない相手への言葉を宙に浮かべてターナの方へ目を向け、そのまま歩き出した。
「おーい、大丈夫・・・ん?」
ターナの方へ歩み寄ろうとしたジェノは、何か違和感を覚えた。確かにターナはしっかりと立ち上がりジェノの方へ歩き出そうとしていた。いつも通りの明るい笑顔を浮かべつつも、その視線は真っ直ぐにジェノへと向けられていて。ジェノは、ターナと目が会ったのだ。
「きゃあ!?ちょっと、何して・・・!?」
フィスタニスは先程の渾身の一撃で出来たクレーターへと投げ捨てるように放り出された。そして、何か生暖かい物がフィスタニスの身体にぶちまけられた。フィスタニスが不快な感覚に眉を寄せながら文句を言おうとジェノの方へ顔を向けるとそこには、突如加速して大剣を振り下ろしたターナと、両腕の肘から先を切断され驚愕と苦痛を顔に貼り付けたジェノがいた。
「ぐ、があああああああああああっ!!!」
「うあああああああ!!」
「危ない!」
「ちっくしょ!!」
「っ!?」
そう、ジェノが歩み寄ろうとした時、ターナは真っ直ぐにジェノを見つめていたのだ。そしてジェノと目が合ったターナは爆発的な踏み込みで距離を詰めて剣を振り下ろした。
人間など容易く両断するその剛剣に、ジェノは咄嗟に反応することが出来た。とはいえ、激闘を終えて疲労の残る状態で格上の冒険者であるターナに不意を付かれ、その上両腕でフィスタニスを抱えていたのだ。
一人ならばぎりぎり回避出来たが、そのままではフィスタニスが両断されると判断したジェノは、半身を引くと同時にフィスタニスを放り出したのだ。その両腕を犠牲にして。
焼けるような激しい痛みを堪えるように歯を食いしばりながら絶叫するジェノにすかさず追い討ちをかけようと叫びながら大剣を振り上げたターナの顔面に、赤い液体を滴らせた物体がべちゃりと音を立ててぶつかった。鮮血が目に入りターナが怯んだ隙にジェノは転がるように距離を取って立ち上がる。
「武神・・・装甲!!」
再びジェノガイサと成って構えをとる。ターナが剣を振り上げる寸前、ジェノは両断された自身の腕を蹴り飛ばしてターナの顔面へ命中させたのだ。
『あぁ痛ぇなちくしょう! 肘から先が無くなっちまったけど手は動かせるか?』
『今はこの鎧そのものがジェノ殿の身体となっている故問題なく動かせるし、出血も痛みもしないでござる』
『そりゃありがてぇ』
『しかし、先刻の戦いの影響で魔力は心許無く、全身を維持するのがやっとで出力も三割程まで落ちているでござるよ』
『充分。後は気合と根性でなんとかしてやらぁ。 けどまずは』
「おい、ああ、名前わかんねぇ! おい謎の美女、ターナに何しやがったんだ!? この状況分かるか!?」
「分かるわけなくってよ! 私が仕掛けたのはトラウマを呼び起こして精神的なダメージを与えるスキルを持つ魔物をけしかけただけで、そのスキルは十数分しか持たないわ」
ジェノガイサは視界を取り戻したターナが豪快に振るう大剣を受け止め、力任せに弾き返しながら言葉だけでフィスタニスに問い詰める。その言葉を受けたフィスタニスは少し落ち着いたのか今度は困惑を浮かべ始める。
そして、心当たりに関しての情報をジェノに伝えるが、そのスキルは言葉の通り十数分の間対象のトラウマを呼び覚まして精神的に動けなくするというものだ。効果が解ければ影響は残らないはずで、フィスタニスには目の前の光景が信じられなかった。
「じゃあどうしたっつうんだよ、ターナ!」
「私は!私はもう、目を逸らしたくないんです!」
「はぁ!?」
ターナが横に思い切り振った大剣を、ジェノガイサはしゃがんで避ける。それと同時に、ターナの告知から出た言葉に困惑する。それを知ってか知らずかターナの叫びと攻撃は、激しさを増していく。
「目を逸らして、何も無いところばかり見て、嫌なんです!私だって、ちゃんと目を合わせて会話したり!」
「っと!」
ターナが大剣を真っ直ぐに振り下ろす。ジェノガイサは腕の甲を剣の腹に当てて軌道をずらすようにして受け流す。
「かっこいい男の人と見つめ合ったり!」
「ちっ!」
そのまま地面へめり込むかと思われた軌跡は急激に軌道を変えて直角に曲がり、地を這うようにしてジェノガイサの両足を切断せんと迫る。ジェノガイサは宙に飛んでそれを回避する。
「したかったんです!」
「ああくそ強ぇな!」
ターナはそのまま独楽のように一回転して未だ滞空しているジェノガイサ目掛けて大剣を横薙ぎに振るう。ジェノガイサの行動を全て織り込んだ上で、この一撃を当てる為の一連の流れだったのである。
ジェノガイサは感心したようにぼやきながら、遠心力を乗せた強烈な一撃を前腕で受け止めた。物理攻撃に関してはジェノガイサはほぼ無敵である。
『ジェノ殿、あと一撃受け止めたら装甲モードが解除されるでござる』
『マジかよ、回避し続けるのは無理だぞこれ』
疲弊していなければ。そして、本体であるジェノが大きくダメージを受けていなければ。
『このままでは不味いでござるな』
『嫌なもん見せられて混乱してるっぽいし、なんとか落ち着かせなきゃなんねぇよな』
「おらぁ!」
大剣を受け止めたまま着地したジェノガイサは、力任せに大剣を弾き返す。距離が空くが、ターナはすぐに攻撃を仕掛ける。
真っ直ぐにジェノを見つめたまま大剣を振るうターナに、ジェノは小さくため息を吐いた。先程のフィスタニスに対してのように容赦なく相手をすれば大人しくすることが出来るかもしれなかったが、ジェノはその気になれなかった。
敵対しているわけではなく、むしろ自分に協力する為について来てくれた。その事実と、目の前で真っ直ぐに自分を見つめて叫ぶターナの姿が、ジェノには怖い夢を見てしまって泣き叫ぶ女の子にしか見えなかったのだ。
それで両腕を切り落とされるのはたまったものではないが、甘いとは分かってはいてもジェノはその部分を曲げることは出来なかった。敵じゃない女の子には優しくするという信念を。
「どうして!どうして誰も私を・・・!」
再び大上段に剣を振り上げたターナに、ジェノガイサはゆっくりと歩み寄る。まるで朗らかな陽気の下で散歩でもするかのように。
大剣が振り下ろされる。
ジェノガイサは、片腕を掲げて一切の衝撃ごとその一撃を受け止めた。
そして力任せに弾き返す。
まるで焼き直しのような光景。
大剣を打ち上げられたターナは、その状態からもう一度大剣を振り下ろす。渾身の力を篭めて。
弾くと同時に装甲モードが解除されていき生身に戻りつつあったジェノは、ターナが大剣を振り下ろすまでの僅かな時間で、地面を蹴り、前に出た。そして、ターナの振り下ろした剣とターナの身体の間にその身を潜り込ませ、装甲モードを解除したことで再び血が噴出すのも気にせずにその短い両腕でターナを抱きしめた。
その瞳は、真っ直ぐにターナの瞳を見つめる。
「誰も見てくれねぇって言うんなら、オレが見つめてやる。誰も目合わせてくれねぇって言うんなら、オレが見詰め合ってやるよ」
「あ、あ・・・ジェノ、さん・・・」
「だから、誰の眼も見れねぇって言うんなら、オレの眼を見ろ。本能で襲い掛かっちまうにしても可愛い女の子の攻撃くらい、いくらでも受け止めてやるぜ」
目が合い、本能に従って襲い掛かろうとするターナを、身体に忍ばせた身体強化の魔法具を使い捨てて強引に押さえ込む。その最中でも、ジェノは目を逸らさない。やがて、ターナの瞳に正気が戻り、自分の行動を思い出して涙をこぼした。
「あ、あ、ああああああああ!!ジェノ、さん、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・!! 私・・・!」
「あー・・・腕のことなら気にすんな。よくわからねぇけどターナは変なスキルのせいで混乱してただけなんだからよ」
ターナはジェノの胸に顔を埋めてなきながらの謝罪を始めた。両腕を切り飛ばしたなど、謝って済む問題ではないのだが、ジェノ本人は軽く慰めつつ抱きしめた腕を解かないのでターナはせめて恥ずかしさを誤魔化す為に顔をジェノの埋めているのである。ターナは、今顔を見られたくないのと、ジェノの顔を見たら今度こそ殺してしまうのではという思いで一杯だった。
「あぁ、けど痛みと出血で意識が朦朧としてきた・・・」
「大変じゃないですか!」
「ごふっ!」
「きゃー!ジェノさんしっかり!」
「やっぱりとんでもない獣ね・・・」
苦笑混じりのジェノの言葉にガバッと顔を上げるターナ。目と目が合う。
ターナは本能のままにヘッドバッドをジェノの顔面へと叩き込み、ジェノは意識を手放し崩れ落ちた。クレーターに放り出された後なんとか這い出て横たわっていたフィスタニスがその光景を見て一人ため息をついた。
どうしてこうなった