79話 太陽の拳
ついに、漆黒の球体が渦巻く暴風域を突破してジェノガイサがフィスタニスを間合いに捉える。駆け抜けた勢いのままに拳を叩きつけようとしたジェノガイサは、フィスタニスの瞳が人間の物では無くなっている事に気が付いた。
縦に割れた瞳孔に金色の瞳。それは、本来の姿であるドラゴンの瞳。獰猛さを秘めた竜の眼。
ジェノガイサが構わず叩き付けた拳に響く感触はとても硬く、人を叩いた感触では無いのは明白であった。それは、ジェノガイサとフィスタニスの間を隔てるよう空中ににいつのまにか出現した銀の鱗を重ねて出来たような大きな盾に止めの一撃を防がれたことを意味していた。
その盾は大きく、フィスタニスの姿を覆い隠してしまう程。そして、盾の向こうにいるであろうフィスタニスの身体から膨大な魔力が渦となって噴出し始めた。
『一旦退くでござる!』
「ちぃっ、仕留め切れなかったか!」
その魔力の渦は段々と形を作っていき、銀の盾と一体となるように顕現した。
「ギャシャアアアアアアアアアアアアアア!!」
咆哮を上げるのは銀色の鱗に覆われ、金色の瞳をぎらつかせた伝説級のモンスター。頭部には紫色の角が真っ直ぐの生えたものが額に一本と、水牛のような曲がった角が二本一対禍々しい魔力を放っている。四本の脚に大きな翼を供えたそれはまさしく様々な伝説で語られているドラゴンそのものだった。
先程ジェノガイサの拳を防いだ盾は、この真の姿の胸部を具現化して盾としたもので、多節鞭は尾を武器として具現化したものだ。
『こいつ、ドラゴンだったのか』
『先程とは比べ物にならない程の力を感じるでござる』
『なぁに、心配いらねぇよ。巨大化は負けフラグだって、スプリが言ってたからな!』
加速された思考によってジェノとガイサの念話もごく僅かな時間で行うことが出来る。スプリに教わった知識で己を奮い立たせたジェノガイサは、その巨体を見上げる。高さは五メートルはあり、全長は頭から尾の先までを合わせると十メートルを優に超える。
その遥か上から見下ろす金色の瞳を真っ直ぐに見つめ返すジェノガイサは、銀竜の出方を見ることにした。真の姿を現した以上はこれが本当の戦いであり、僅かな油断も許されないのだ。
「ゴオオオオオオオオオオオオ!!!」
焦れたのか、それとも怒りで染まった思考に他の選択肢は無かったのか、銀竜はその巨体とドラゴンの持つ強大な膂力から生み出される爆発的なパワーを持って、飛び掛ると同時に強靭な爪をジェノガイサへと振り下ろした。
本来の姿のフィスタニスの全力の一撃。これは、並大抵の存在なら耐える事など有り得ない。その爪は鋼鉄ですら簡単に貫くほどの強度と鋭さを誇っており、そこにその肉体から生まれる力の前にはいくら頑強であろうと木っ端微塵である。仮にSランクの頑強さがあったとしても、致命傷は免れない。
それほどまでに、怒りと力の篭った一撃だった。矮小な存在である人間にここまで追い込まれたという事実と、侮っていた自分と、そして己のプライドに傷をつけた目の前の存在に対する壮絶なまでの怒り。その感情が、威力をワンランク上へと押し上げていた。
しかし、この世界にはパラメータだけでは計れない強さがある。
ジェノガイサは右腕を掲げ、爪を受けた。
しかし、銀竜は不思議な体験をした。
来るはずの手ごたえが来ない。肉がひしゃげ、骨が潰れる感触がしない。
標的を押しつぶして地面すら砕き凹ませる程の衝撃が、響かない。
ただ、いつかずっと幼い頃の経験が頭を過ぎる。
それは、鋼鉄の塊を一生懸命変形させようと突いていた光景。
銀竜の身体が、爪を支点にして重力に引かれて大地に降り立つ。爪の下には、右腕を掲げたままで平然と立っているジェノガイサがいた。
銀竜は、目の前の光景が理解出来ず、何度も、何度も、目の前の存在へと自慢の爪を振り下ろす。
自慢の腕で、自慢の力で。
しかし、相手は微動だにしない。ただ掲げた腕で、何の反動も、何の衝撃も生み出さずに、ただ受け止める。
怒りのままに本来の姿へと立ち返った銀竜には理解し得ない。物理攻撃に対してほぼ無敵とも言える存在が目の前に立っていることを。己の武器が通用しない相手が存在するということを。
フィスタニスは、判断を誤ったのだ。自分の本来の姿ならば、受けることなど許さず一方的に屠れると、そう思ってしまったのだ。実際、フィスタニスがその魔法の技を存分に振るっていたならば、勝負の行方は分からなかっただろう。
『そろそろ十分でござる!』
『おっけい、でっけぇの決めてやろうぜ!』
銀竜が一心不乱に振り下ろす爪を受けていたジェノガイサが、腕を入れ替えて左腕で受ける。やはり一切の衝撃すら生み出すことも無く、銀竜の剛爪は受け止められる。そして二度、三度と受けたところで、受け止めた爪に対して流れるように左の裏拳を叩きつける。
「ガイサ反射撃!!」
「ゴゴガァ!?」
銀竜の誇る一撃の三回分の威力を持って放たれたそれは銀竜の右手を砕きながら横へ吹き飛ばす。その勢いに銀竜の身体が横に流れ、踏ん張ることも出来ず蹲る様に地面を削った。そして、その隙にジェノガイサは大きく跳躍する。
銀竜の頭上へ飛んだジェノガイサは、太陽の煌きへ魔力を込める。ジェノガイサと成ることで高められたありったけの魔力を。
銀竜は頭をもたげてジェノガイサの姿を追うように頭上を見上げる。そこにあったのは、幅が三メートルもある巨大な拳。太陽の如く煌くそれは、装着する為のものではない。完全に中身が詰まっており、拳の形をした金属の塊である。
「行くぜ、ガイサ太陽拳!」
ジェノガイサは渾身の力でその巨大な拳を蹴りだした。その質量と速度が合わされば絶大な威力となるだろう。
銀竜に鉄槌が迫る。だが右腕が満足に動かないせいで崩れた体勢を持ち直すには時間が足りない。その巨体が仇となったのだ。避けることは不可能。
しかし、銀竜の攻撃方法はその強靭な肉体だけではない。怒りで直接叩き潰すことに固執していたせいで使わなかっただけなのだ。
銀竜はその竜眼で頭上の太陽を捉えると、大きく口を開いた。そこに、銀色の魔力光が収束していく。
全てを穿つドラゴンのブレス。それが今まさに放たれた。
太陽の拳に直撃した瞬間、僅かに沈んだ後拳はその動きを止め、ブレスが徐々に押し返し始めた。銀竜が勝利を確信した瞬間、ジェノガイサの声が響く。
「ガイサ全力反射撃!」
太陽の拳が停滞している間に落下してきたジェノガイサの拳が、金属で出来た巨大な拳の底を殴りつけた。右腕で受け止めた銀竜の攻撃全ての威力を解き放ち、身体強化の魔法具を使い捨てにして。
絶大なる腕力を幾重にも折り重ねたその一撃は、拳を砲弾と化した。
「ギヒイイイィィィィィィィ・・・!!!」
太陽の拳は押し返そうとしていた銀竜の放つブレスを物ともせずに弾き散らしながら突き進み、ブレスを放ち続けていて開いた状態の銀竜の口へと辿り着き、そのまま長い首をひしゃげさせて地面へとめり込ませた。その口からはブレスの残滓と断末魔の叫びもかくやという悲鳴が漏れた。
「ふぅ、勝ったぜ・・・・!」
ジェノガイサが大地へと降り立ち、嬉しさを滲ませた勝利の声を上げる。そして太陽の煌きを回収すると、横たわっていた銀竜が姿を消し、代わりに満身創痍のフィスタニスが転がっていた。
「オレの勝ちでいいか?」
「ワタクシの、負け・・・ですわ・・・」
明らかにもう戦えるような状態ではないが、一応確認として声を掛けるジェノ。フィスタニスは喋るのも辛く、それくらい分かれと思いつつも、息も絶え絶えに答えた。
こうして、ジェノガイサの初陣は勝利で飾られた。