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75話 雑魚モンスターには要注意


「とりあえず、邪魔者は余所で始末させていただきますわね」


「あ」


「ナムさん!?」


 フィスタニスが腕を振るう。瞬間、隣に立っていたターナの姿がぶれたかと思ったら突然現れた空間の穴がナムカラを飲み込んで消えた。ターナのところに現れたそれは何を飲み込むでもなく消えていった。


「まさか直接開いたゲートすら避けるなんて、呆れた反射速度ですこと」


「ナムさんをどこへやった!?」


 一対一の状況を作り出せなかったことにため息を付いたフィスタニスを、ジェノは睨む。天性の勘で不意打ちを回避したターナもジェノの隣で低い唸り声をあげて威嚇している。まるで獣のように。視線を真っ直ぐフィスタニスへと向けたまま。


 そんな二人の威圧もどこ吹く風のフィスタニスはジェノを品定めするかのように見つめている。


「あの羊ならワタクシの部下に相手をさせているわ。本当はそこの猫娘も隔離したかったけれど、かくなるうえは仲間割れでもさせて!? 人が話している時に襲い掛かってくるなんて、まるで獣ですこと」


「あなた、やっぱり中々やりますね!」


 フィスタニスの言葉にナムカラはただ転移されただけだと理解したジェノが安堵した時、フィスタニスは話の流れでターナの方に視線を向けてしまった。そして重なる視線。全力で叩き潰すために隙を窺っていたターナだったが、目が合ったことで隙も何も無く真っ直ぐに飛び出した。


 ケモミミの獅子族の中でも指折りの戦士であるターナは、己の素の身体能力を十全に発揮して互いの距離を一息で詰める。そして一見華奢な美女のフィスタニスに対してターナが選択したのは手刀。武器を持たず、僅かに曲げた手のひらを叩きつけるだけのそれは、ターナの手にかかればそこいらの刃物よりも強靭な刃となる。


 【肉体武器化】による、文字通りの肉体の武器化である。本来このスキルは武器が使えない等の止むをえない状況下や、手数や速度を重視する時など限られた場面での補助としての役割が大きくメインで使う者はほとんどいないものだ。しかし、一部の肉体派は鍛え上げた技と肉体によりこのスキルの価値を何倍にも高める。


 ターナもその一人で、ターナの手刀の切れ味はDランクの魔物の硬い甲殻を一刀両断する程である。薄いドレスしか身に纏っていない人間が受ければただでは済まないだろう。目が合ってしまったターナはそこまで考えて判断した訳でもなく、重くて大きな愛剣よりも素手の方が手早く確実に当てられるだろうと短絡的な思考の結果だったのだが。


 しかし、そんなターナの手刀はガキィンという金属音を響かせて、防がれてしまった。突然襲い掛かられたことに驚きつつもフィスタニスがいつの間にか手にしていた、いくつもの太く短い刃のようなものが縦に連なっている銀色の鞭の根元で受け止めたのだ。先端まで3mはあるそれは、残りの部分をフィスタニスの周囲を囲うように地面に投げ出されている。


 本能のままに襲い掛かったターナは攻撃を防がれたことに動揺することなく、むしろどこか嬉しそうに笑いながら即座にジェノのいる場所まで跳び退った。ジェノは内心ではフィスタニスの言葉に全くだと頷きながら、相棒を連れ去ったと思われる相手に愛用の武器を向けた。魔力を流されたそれは、先端からオレンジ色に煌く刃が生み出された。


「さぁ、スプリは返してもらうぜ!」


「目が合ったんであいつは私の獲物ですよ!」


「スプリを攫ったのがあいつならオレの獲物、ってそんなこと気にしてる場合じゃねぇだろ!?」


 啖呵を切るジェノに、今にも飛び掛らんとしていたターナが思わず突っ込みをいれる。彼女の中では、自分と目が合った=自分の獲物なのである。戦う相手を前にしてどっちの獲物とかいう話ではないだろうとジェノがこれまた思わずツッコんでしまう。


「貴女にはこの者達に相手をしてもらいますわ。せいぜい、足掻くことね」


「なんだこいつら、くそっ、ターナ!」


「私のことは心配しないでください!」


 そんな二人を尻目にフィスタニスが傍らに開いたゲートから岩のような質感の大きな象と、無数の襤褸切れが飛び出してきた。宙に浮く大量の襤褸切れは二人へ雪崩のように殺到して二人を分断する。そしてそのままターナの周囲を旋回するように漂い、象は真っ直ぐにターナへと突進を開始する。その巨体は高さは4mを越え、水晶のような二本の牙を突き出した状態でターナへ迫る。


「させるか!」


「貴方のお相手はワタクシですわよ、忘れないでいただきたいですわね」


「ちっ、こんな風にモテたって嬉しくねぇぜ。まぁ、ターナならあれくらいなんとかするだろうけどな!」


 象の進路上に躍り出ようとしたジェノに、銀色の閃光が襲い掛かる。咄嗟に手にした愛剣で弾くも、先程ジェノが見た長さよりも明らかに射程の長い銀色の鞭は執拗にジェノへと襲い掛かる。それは正に銀色の嵐のようで、ジェノが神経を集中させてなんとか弾くことが出来る速度と精度の攻撃で、一歩たりとも動くことが出来ない。


 もし強引にターナへ意識を割けば即座にズタズタに引き裂かれてしまうだろう。気軽に助けに行くことの出来ない状況に、フィスタニスの妖艶な笑みにも思わず愚痴が口を付いて出てしまう。実は手段が無いことも無かったが、ジェノはターナの実力を信頼して無理に動かないことに決めた。


 無数の襤褸切れに向かって手刀を振るうターナだったが、効果は芳しくない。何故なら、余りにも軽すぎて手ごたえが無いのだ。地響きすら引き連れて、岩象の突進が迫る。ジェノはフィスタニスの猛攻を凌ぐのに精一杯でターナの助けに入る余裕は無い。


 現状を正しく認識したターナは、おもむろに大剣を抜いた。そしてそれを横に一閃したかと思えば、そのまま渾身の力を込めて一回転する。


 瞬間、ターナの周囲を埋め尽くす勢いで円状に漂っていた襤褸切れは無残にも細切れにされ、そのまま剣圧で周囲に吹き散らされてしまう、しかし、もはや岩象はターナの目の前にまで迫っていた。襤褸切れは、遮蔽物としての役割をきちんと果たしたのだ。


 避けるにせよ、迎撃するにせよ、回転を止めて次の行動に移る頃には牙がその身体を貫いてしまうだろう。もはや間に合わない。だが、ターナの身体は減速しない。それどころか、回転を止める素振りすら無かった。


 そのまま凄まじい速度で二回転目に入ったターナの身体は、岩象の正面に己の大剣が来る直前に大きく傾き、回転の勢いのまま大剣も地面に対して垂直に向けられる。そしてその刹那、ターナは横の回転を勢いを全て生かしたまま縦の回転へと繋げ、駆け抜けていく岩象の頭上ギリギリを身体を水平にして飛び越した。


 もちろん、回転の勢いを全て乗せた大剣で頭から背中にかけてを切断しながら。その姿はさながら丸ノコであり、ジェノが目撃していたなら「えげつねぇ・・・」と顔を青ざめさせていることだろう。幸いにもジェノはターナの実力を信頼してフィスタニスの攻撃に集中している為目撃することはなかった。岩象が死んだ気配は察知していたが。


「う・・・?」


 頭部を縦に切り裂かれて突進しながら絶命した岩象の死体を満足げに眺めて次なる獲物のところへ向かおうとしたターナが、突然崩れ落ちて膝を付いた。何が起きたのか自分でも分からないといった表情で、手で頭を押さえたまま地面を見つめている。


「まず、一人」


 ジェノへと鞭を打ち据えながらその姿を確認したフィスタニスが妖しく笑む。その呟きは、激しい音を響かせて迫り来る鞭打を迎え撃つジェノの耳には届いていなかった。



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