73話 刺激的なランデブー
気まぐれで追加したキャラがシナリオを引きずっていくのは何故なのか
勘の良い皆様ならどのキャラのことかきっとすぐ分かると思います
「なんじゃこりゃ・・・あああぁぁぁぁぁぁああ!?」
ジェノは思わず絶叫した。向こう側の見えない入り口に飛び込んだと思ったら突然身体が落下を始めたのだから無理も無い。身体を支えるものは何も無く、そこにあるはずの大地は逆さになったジェノの一km程下に広がっている。少し下には、ジェノより先に飛び込んだターナの姿も見える。
何らかの罠があるとは予想していたジェノだったが、遥か上空に放り出されるのは予想外だった。それでも、とにかくターナに合流しようと腰のホルダーに収めてある魔石の中から一つを手にとって真っ逆さまのまま、それを上に翳す。それは、ガイサ討伐の際にも使用した緑色の魔石。
魔石から強烈な風が発生し、勢いを増したジェノはターナに追いつき、その身体を抱きしめた。
「!?」
風圧を目一杯受けているターナは碌に言葉を発することも出来なかったが、突然現れたジェノが自分を抱き寄せてがっちりと捕まえたことに目を回している。そんなターナに、落ち着けとでも言うように腕に力を込める。すると、意図が伝わったのかターナは力を抜いて大人しくなった。
そして時を同じくして上空では、空に開いた漆黒の穴からナムカラが羊と共に飛び出して来ていた。ナムカラは重力に吸い寄せられながら現状を素早く把握し、落下が始まる寸前に茶色い羊と上下に足を合わせて思い切り膝を曲げる。そのまま膝を伸ばせばナムカラは下へ凄まじい速度で落下し、茶色い羊は穴へと跳び上がる。
空間に空けられたゲートまで舞い戻った茶色い羊は輝きを放ちながらゲートに飛び込み、そして爆発した。その爆発はゲートに溶け込んだ状態で引き起こされた為に音や衝撃は一切発生しなかった。ただ表面が波紋の様に波打ったかと思えば、そのまま消えていった。
ナムカラは次に薄緑の羊を呼び出した。落下しながらもその羊の背中の毛に手を埋める。羊が下を向いたまま空を蹴ると、なんと羊の身体は加速した。二度、三度と蹴る度に地面へと向かう速度が上がっていく。それはまるで大地を駆けているかのような自然さだ。
ナムカラは十分に加速して、ついにはターナとジェノをも追い越して落下していく。ターナはジェノに抱きしめられていて足元を見れなかったのと向きが悪かったので見ていないが、ジェノは羊に掴まって地面に向かって驀進するナムカラの姿を見た。絶体絶命の状況で非常に焦っているジェノは、やはりどこか楽しそうに笑いながら落ちていくナムカラに呆然としていた。
ターナが自ら罠に飛び込んで行ったのを見て思わず身体が動いて飛び込んでしまったジェノであったが、反射的に動いただけで特に何か考えがあったわけでは無い。今も、とりあえず追いついてターナを確保したはいいものの、これからどうするかはまだ決まっていない。控えめに言って、絶体絶命だった。
ジェノは自らが所持している魔法具に考えを巡らせる。そして使えそうだと判断したのは風を起こす魔石が一つと、障壁を展開する魔石が二つだけであった。それを組み合わせてどうにか生きて着地しようと考えているところに、ナムカラが通り過ぎていった。まるで羊と散歩でもしているかのような気軽さで。
ジェノが呆然とするのも仕方のない話だろう。そして、地面まで残り100mを切った。ここで薄緑の羊が今度は地面に足を向けて跳び上がるように足を動かすと、僅かに減速する。何度か繰り返して速度を微調整すればジェノの少し下を、位置を修正しながら付かず離れず落ちていく。ナムカラは最初からこのポジションに付きたかったのだが、勢い余って通り過ぎていた。付き合いの浅いジェノは知る由も無い話だが、つい楽しくなって本来の目的を忘れるのは、ナムカラにとってはよくあることなのである。
「メ゛ェェェェェェェェ」
身体を地面に対して水平に保ち始めた為に風に煽られて落下地点がずれるジェノとターナに合わせて移動しながら、50m程に迫った地面に向けて片手を振るう。すると、落下地点に巨大な薄緑色の毛の羊が現れた。その高さ、なんと30m。
ナムカラは己が掴まっていた小さい方の羊を消して巨大な羊の毛へと落下した。一本一本が細やかな風で出来ている毛がみっしりと高い密度で集まって出来上がったその体毛は、着地の衝撃を全て殺してナムカラの身体をふわりと受け止めた。
決死の覚悟で着地に挑戦しようとしていたジェノもそれを見て、ただターナの身体を強く抱きしめてナムカラの呼び出した羊に全てを掛ける。ターナもジェノの背中に腕を回して、着地の時を待つ。風の煽りを受けて微妙に横に流されてしまうが、羊が二歩位置を修正しただけで二人も無事に巨大羊の背中へ収まった。
「無事に着地出来て良かったです」
巨大羊がその身体を柔らかな風に変えて姿を消して行く。巨大羊の名残なのか、羊が消えても背中の毛に埋まっていた三人は地面に叩きつけられることもなくふわりと今度こそ大地に降り立った。そこで、やたらと楽しそうなナムカラが未だ寄り添ったままの二人に声を掛けながら歩み寄る。
「・・・はっ! いやー、死ぬかと思ったぜ」
「あ、あの、すみません、私のせいで! 助けに来てくれてありがとうございます。ナムさんもありがとうございます」
呆然としていたところにナムカラに声を掛けられてやっと意識を取り戻したかのように動き出してターナを離すジェノと、照れたような笑みを浮かべつつもやはり視線は定まらず頭を下げるターナ。
ジェノは若くて可愛くはあるけど視線が常にトライアスロンでもしているかのように大暴れしているターナに対して女の子に対する感情をほとんど持っていなかった。なのでナムカラにもいつも通りに応対しているのだが、ターナの顔は紅葉し、その笑顔には恥じらいが混じりその可愛さは正に極上。・・・目の動きが普通ならば。
「いえいえ、大丈夫ですよ。いい物も見れましたし。しかしここは、森の手前の平原のようですね」
「まさかこんな仕掛けがあるとはな。他の連中まで落ちてこねーよな?」
辺りを見回した三人の視界には、先程皆で突き進んでいた筈の森が映っていた。どうやら、すぐ近くの上空に繋がっていたようだ。ジェノが残されたメンバーの心配をしていると、ナムカラがあっけらかんと言い
放つ。
「ああ、あのゲートなら僕が通った時に破壊しておいたのでただの入り口に戻っていると思いますよ」
「おお、さすがナムさんだぜ。それじゃあさくっと戻って合流を」
とジェノが言いかけたところで、ズドンという音が鳴りジェノの言葉を遮った。その音の発生源はターナで、先程までの恥らう乙女の姿はもうなく、大剣を地面に叩きつけて亀裂を入れているその様は屈強な戦士の姿だった。
今度は何だとジェノがターナを見つめていると、三人から少し離れた位置に黒い穴が空いてそこから一人の女が現れた。抜群のプロポーションを誇る身体を谷間を強調させた漆黒のドレスで包み、銀色の髪を靡かせて。
長い銀髪は首の辺りで二つに分かれて大きな渦を巻いて膝程までの長さを持つ二房の大きなクロワッサンがついているような状態なのだが、その美貌や容姿と相まって王侯貴族の令嬢のような優雅さを醸し出している。リアクースやリクルース、レルカが目撃した時と髪型はがらりと変わってはいたが、まさしくスプリを連れ去った謎の女であった。
「まったく、転移先を察知して剣を叩きつけてくるなんて恐ろしい勘していますわね」
女は透き通った声で呆れたように呟く。言葉の通り、先程のターナの行動は女がその場所に現れるのを察知して先手必勝とばかりに剣を振るったのだ。目が合えば誰彼構わず襲ってしまうターナだが、目が合わなければ攻撃しないかというとそういう訳でもない。天性の野生の勘で今のように視認するより早く切り捨てることもある故に、一流の戦士なのだ。
ターナの異常な戦闘力に呆れながらもジェノは目の前の女を睨む。女好きでハーレムを作るのが夢のジェノでも、スプリを攫った相手となれば話は別。油断無く腰に携えた武器に手を伸ばす。
女は三人が警戒しているのを眺めながら、怒りとも、恐れともとれる不思議な感情を瞳に灯して微笑んだ。
「ワタクシの為にあなた方にはここで死んでいただきますわ!」