70話 森の中に潜む獣
レルカのキャラが定まらない。すみません、レルカに限った話じゃありませんでした
「本当か!?」
「もちろん、本当だよ」
目を力いっぱい開いてレルカの肩を掴みかかる勢いで食いついたのはもちろんジェノだ。短く乱雑に切ったくすんだ金髪で、目つきは悪く身長は180cm程度で筋肉もしっかりついている。対してレルカは150に届くかどうか。傍から見たら完全に子供に絡んでいるならず者といった構図にしか見えない。
実際はジェノの方が若い上に、レルカの方もジェノが一刻も早くスプリの元へ駆けつけたいというのを理解していた為、気にしたそぶりもなくむしろウインクすらキメて返事とした。なので周りも特に止めたりはしない。それよりも、気になるのはレルカの発言の方である。割とせっかちなのか、ナムカラが二人に近づきレルカへ挨拶がてらに話しかけた。
「どうも始めまして、ナムカラといいます。アジトというのは、盗賊達かもしくは怪しい女性がいたんですか?」
「あ、はじめまして、レルカです。えっと」
詳しく話を聞こうとするナムカラにレルカは軽く頭を下げてから自分の見てきたものを話し出した。昨日、リアクース達と別れてどうしたのかを交えながら切々と。
レルカが走り去るリアクース達を見送った辺りまで時は戻る。
「ようし、犬族の誇りにかけて頑張ろうか!」
「ヴォウ!」
一人と一匹、ついでに馬一頭になった寂しさや不安を紛らわすようにレルカがクードに声をかけながら頭を撫でると、クードは一声吠えた。そして一人と一匹と一頭がまず手始めにと盗賊達が飛び出してきた森へと入って何かしらの痕跡を探していると、不意に濃い鉄の臭いが一人と一匹の鋭敏な嗅覚を刺激した。それは、血の臭い。
人間で考えても一人や二人なんてものでは済まないだろうと簡単に判断出来る程の臭いに、レルカはこの先に何かがあると確信した。しかし、血の臭いというものは魔物を集め、更に興奮させる作用を持つ。レルカは仕方なく、近くの木に目印として傷をつけた後迂回してそのまま右に逸れるようにして街道の方へ向かった。一旦この森自体から離脱することにしたのだ。
レルカは戦闘が得意ではないし、スプリのことはもちろん心配とは言ってもレルカが残ったのはあくまでもリアクース達が応援を呼んでくるまで少しでも何か分かればと思ってのことだ。危険を冒して二次被害のリスクを増やす訳にはいかなかった。もし凶暴な魔物が血の臭いで集まっていて風の向きでも変わって存在がばれたらそれは死を意味するのだから。
森を抜けても街道を挟んで近くにあるもう一つの森へと移動してしばらく調べるも、何の痕跡も見つけることが出来なかった。
「やっぱりあっちの森に何かあるのかな」
何も見つけられず落ち込むレルカの脳裏に過ぎるのはやはり最初に入った森で感じた血の臭い。もう一度あの場所へ行くことを決意しながら、街道まで戻ってこの日は野営をすることにした。レルカは保存食の干し肉を齧ってクードにも分け与える。馬に与えるものは持っていなかったが、レルカが謝りながら撫でると近くの草を食べ始めた。
そして翌日。
クードとレルカは互いに見張りを交代しながら一晩を過ごした。朝7時頃になって簡単な朝食を摂り、レルカ達は最初に調べた森へと向かった。もちろん、血の臭いが漂ってきた場所の、その先を調べる為に。わざわざ最初に通った道を通る為に遠回りして同じ場所から森へと入り、レルカは馬に跨ったまま奥へと進む。
「うーん、目印もあるしここで間違いないはずだけど、何も感じないなぁ・・・」
やがて昨日レルカがつけた目印の場所までやってきた。風向きは変わらないが血の臭いは微塵もしなかった。まるで夢だったかのように、レルカとクードの鼻は何も捉えない。
「森の中だし、もう魔物や虫に全部処理されちゃったかな。何か手がかりになるようなものがあるといいんだけど」
もし昨日の時点で大量の血を流した何かが死んでいたとしても、一晩もあれば食べつくされていてもおかしくはない。それでも確認しに向かうのは、もし人間だった場合は道具や武器などが残されている可能性が高いからだ。
ちなみに、レルカは血を流していたのがスプリだとは考えなかった。殺すのが目的ならわざわざ連れ去るようなことはしないし、そもそもスプリが死ぬとはレルカにはとても思えなかったからだ。大量の隠密狼を蹴散らし、ボス狼に止めを刺したのはリアクースでもそれはスプリがくれた手袋のおかげだと聞いていたレルカの中ではスプリが最強だったのである。ガイサやコーキンのことは早々に離脱して見ていなかったとは言え、偏見が強いのは考え物である。あながち間違いでもないのが恐ろしいとことだが。
そうして更に奥へ進むと、レルカは素早く馬から飛び降りて身構えた。クードも何かを察知したように進行方向から見て左の方を睨みつけている。馬とクードを手で制したまま身を低くしたレルカがクードが睨んでいる方へ進み、様子を窺う。何者かが走って近づいてくるのを耳と鼻が捉えたのだ。
「どうして私がこんなことを・・・!ああ憎らしい・・・!」
森の中の茂みに身体を隠して木々の隙間を覗いていると、5m程向こうを一人の女がイラついた表情で走って来るのを見つけた。女は抜群のプロポーションを持ち、更に森の中には相応しくない胸を強調するような漆黒のドレスを着ていた為にその巨乳はバルンバルンと暴れて今にも零れ落ちそうな程。女は長い銀髪を振り乱しながら怒りを吐き出すように何かを呟きながら通り過ぎていく。幸い怒りと焦燥からか、レルカ達に気付くことなく走り去っていった。
レルカはしばし呆然とした後、己の胸に手を当て、しかし僅かに感じる膨らみに絶望しかける。そして今はそんな場合ではないと頭を振って雑念と憧れを吹き飛ばし、見守っていたクードに手で合図を出した。
「いい? さっきの女をこっそり追いかけて、どこか拠点に着いたらすぐに戻って来るんだよ。場所を見つけるだけで良いし、危ないと思ったら迷わず逃げてね」
「ヴォフ」
すぐさま駆け寄ってきたクードの頭を両手で撫でながら指示を出す。クードは小さく鳴き、駆け出すと同時に姿が見えなくなった。隠れ、潜み、追跡することは隠密狼の本領である。その為、レルカは自ら駆け出したい衝動を必死に押さえ込んでクードを単身送り出したのだ。尾行はばれた時のことを考えるとリスクが高いが、居場所さえ分かればクードにゆっくり案内してもらうことも出来る。レルカはそう考えたのだ。
「おかえりクード。よしよし、それじゃあ案内お願いね」
そして待つこと10分程。クードが音も無く帰還し、レルカの胸に飛びついた。レルカは笑顔で頭を撫でて
から立ち上がる。クードも、任せとけとばかりにレルカを先導する。ちなみに、隠密行動を取る為に馬は放置である。
クードの案内で五分程歩いたレルカの視界に、不自然な物が飛び込んできた。そこは木の生えていない開けた場所で、その中心に巨大な岩を組んで作った入り口のようなものがあり、奥は闇に包まれていて見えないが辛うじて階段になっているのは確認出来た。
レルカがクードをチラリと見ると、クードは大きく頷いた。クードが女を追って辿り着いたのはここで間違いないようだった。レルカはそれを確認すると素早く踵を返して放置してきた馬のところまで戻った。もちろん、女や盗賊達に気配を察知されないよう慎重に。
何事も無く馬のいる場所へと戻ってきたレルカ達は、目当ての場所を見つけたものの一応血の臭いのした方へも向かうことにした。馬へは跨らずに徒歩で馬を引きながら。
クードと馬と共に進んでいると、レルカは何か違和感を覚えた。何とはっきりと言えないものの、何かがおかしいと、そう思ったのだ。どうやらクードや馬も感じたらしく、首を傾げつつも何かを探すようにキョロキョロしている。
そこから更にもう少し進むと、赤く染まった地面を発見した。そこには何かの生き物の残骸と見られる骨や綺麗とは言いがたい武器や服の切れ端も散らばっている。やはり何者かがここで襲われるなりしたのだろうとレルカがしゃがみこんで考えていると、首筋に水滴が落ちた。レルカがピチャリと音を立てたそれを手で拭いながら雨でも降って来たかと上を見上げると、そこには木に突き刺さった盗賊や馬の姿があった。
レルカの手は、赤く染まっている。首筋に落ちたのは、木に突き刺さっている人間から滴った血だったのだ。
「っ・・・!?」
異常な光景に息を呑んだレルカは、違和感の正体を悟った。臭いが感じられない。地面どころか生えている木の幹も真っ赤な上に頭上には人や馬が串刺しになっているというのに昨日感じた鉄の臭いが全くしないのだ。自慢の鼻が捉えているのは、少し離れた場所から漂ってくる樹と土の混ざった森の香りのみ。
「!?」
何が起きているのかというレルカの思考は、首を引きちぎられた馬の短い悲鳴と液体が撒き散らされる音によって吹き散らされた。レルカの全身から汗が一斉に吹き出る。レルカは考える前に生存本能に従って目の前にある木に向かって走り出し、そのまま駆け上った。
次の瞬間、レルカの上った木を激しい衝撃が襲う。何かが先程までレルカのいた空間に向かって突進し、そのまま木に激突したのだ。レルカはその寸前に木を蹴ってバク宙しながら突如襲い掛かってきた何者かの三メートル後方に着地した。
その姿は全身が黒い毛に覆われ、所々から岩のような硬質的な突起が生えている。レルカの位置からは見えないが、その胸元には真っ赤な毛が三日月を横にしたような形で生えている。それはまるで、悪魔が微笑んでいるかのよう。
立てば三メートルはあろうかという巨体ではあるが、四つん這いで突進していた為にレルカは辛うじて回避が間に合ったのだ。襲撃者は木を粉砕した後、手に持っていた馬の首を座ったまま食べ始めた。知能はあまり高くなく、本能のままに生きている魔物のようだった。それでも力の差は歴然である。
レルカはクードが無事であることを確認して、馬に夢中になっている間に全速力で離脱した。
「っていう感じです」
「偉い!レルカ最高!マジ愛してる!」
「ジェノくんジェノくん、そんなに褒められると照れちゃうよ」
説明し終わったレルカに、またしてもジェノが真っ先に口を開いた。レルカの手を取ってブンブンと振り回している。それはスプリを連れ去った女と、その女が潜むであろう拠点を突き止めたことに対してのジェノの最大の賛辞であった。
レルカはそういうところは大人なのかジェノの軽口に照れ笑いで返すが、リアクースとリクルースは顔を引きつらせながらピクリと反応していた。二人はレルカよりも更に年上なのだが、エルフ族の中ではまだ若い方なのだ。
レルカからの情報をまとめた後、一行は森に入ることにした。目指すは拠点らしき洞窟。ジェノの嵌めているスプリのものと対の指輪が指し示す場所へ。
レルカを襲った魔物や、臭いで察知出来なかったこと、殺されていた盗賊達と不可解な点はいくつもあったが、ジェノが立ち止まろうとしなかったのだ。ここにいる者達は皆スプリを救いたいというジェノの想いを知っていた。故にジェノを止める者はいなかった。全員の目的は一緒なのだから。
そしてジェノ達は、死が待つ森へと足を踏み入れた。